ソフィとの連携
俺はソフィの前に出て、巨大熊の正面に立った。
俺と巨大熊の距離は約五メートル。一瞬で到達できる距離だ。
ソフィとの連携を完璧にするため、呼吸を合わせる。同じタイミングで息を吸い、吐きだす。
風が吹き、木の葉が一枚空を舞った。ひらひらと落ちていき地面についた瞬間、俺は一歩だけ横にずれた。
ゴウッ! と言う音を立てて、火の玉が俺の顔のすぐ横を通り過ぎる。
ソフィの放った初級の火魔法だ。
巨大熊はいきなり現れた火の玉に驚き、反応が遅れた。
火の玉は、驚いている巨大熊に向かって真っ直ぐ飛んでいき、顔面に直撃する。
俺はソフィの前に立つことにより、巨大熊からソフィを見えないようにしていた。そのため、魔法の発動を察知させなかったのだ。
俺は、火球が巨大熊に当たった瞬間に姿勢を低くし、剣を左薙ぎに構えて、最短距離で巨大熊のいるところまで走った。
次に発動するソフィの魔法は、上級の氷魔法。発動までの時間は、約二十秒だ。
それまで時間を稼ぐ。
「ハァッ!」
剣に魔力を込め、横薙ぎに左脚を斬る。
手に肉を断つ感触が伝わってくる。だが、さすがはBランク。筋肉のせいで深く切れなかった。振り抜きはしたが、傷が浅い。
脚の痛みのせいで、巨大熊が顔の火傷から立ち直った。俺に向かって左腕を振り下ろしてくる。
あの爪が掠っただけでも、俺は大怪我をするだろう。
俺は、巨大熊の繰り出した腕の一撃を、後ろに下がることによって紙一重で避け、剣を構え直す。
すると、巨大熊がこちらに向かって突進してきた。
あの巨体で体当たりをされたら、人間など、ひとたまりもないだろう。
俺は突進を横に避け、振り向きざまに一線。背中に浅い傷がついた。
どうやら、今の俺では、この魔物に致命傷を与えられないらしい。
できることなら、ソフィに頼らずともこいつを倒したかったんだが、仕方ない。
巨大熊は俺に向かって吼える。傷をつけられたことによって、激昂しているようだ。
これなら、ソフィの方には行かないだろう。時間稼ぎもしやすい。
俺は地面を踏みしめ、巨大熊に突っ込む。
巨大熊は大きく振りかぶり、右腕を振り下ろしてきた。
俺は振り下ろしてくる腕を、しゃがみながら左に転がることで回避し、腕を振り下ろしたことよって、低い位置にきた巨大熊の目に、剣を突き立てた。
「ラァッ!」
「ガァァァァァッッ!!!」
目を失った痛みで、巨大熊は闇雲に暴れる。俺は急いで剣を引き抜き、後ろに大きく下がった。
「ソフィッ!!!」
「うん! 〈コキュートス〉!」
そして今、ジャスト二十秒。上級の氷魔法〈コキュートス〉が発動する。
発動した瞬間、周辺の気温がいっきに下がった。木に霜がつき、吐く息が白くなる。
巨大熊はあたりの異常を感じ、逃走しようとしたが、もう遅い。
〈コキュートス〉は、巨大熊を一瞬で氷漬けにした。
「ふぅ……」
「アル君、大丈夫?」
「なんとか大丈夫だ。それにしても、さすがはソフィだ。Bランクの魔物を、一瞬で氷漬けにするとは」
「アル君が時間を稼いでくれたおかげだよ」
実戦は初めてだったが、なんとかなった。ソフィとの連携も完璧だったし、上出来だろう。
「アルフレッド君にソフィ君! どちらも素晴らしい!」
「お褒め頂き光栄です。リューリク王子」
俺は王子の方を向き、一礼をする。
「久しく興奮してしまったよ! 生でこんな戦いが見れるなんてね!」
王子は、戦闘を見るのが好きなのだろうか? 意外な趣味だな。
「アルフレッド…… すごいな、お前」
ヨハンは、若干放心しながら言ってきた。
「俺は大したことないないぞ? 魔法の方は、ソフィみたいにはいかないしな」
「いやすごいよ! 専門が剣士っていうのは嘘じゃなかったんだな!」
「嘘だと思ってたのかよ!?」
心外である。
まあ、剣を振っている時はいつも一人だったから、ヨハンは見たことないし、仕方ない…… のか?
「確かに、アル君はなんでもできるし、剣士かどうかは、最初はわからないよね〜」
「ソフィまで…… って冗談言ってないで、早く先生呼びに行くぞ!」
森を出て、ルイ先生にディザスターベアーが出たことを話すと、先生はめちゃくちゃ動揺していた。
「なななななんだって!? デ、ディザスターベアーだと!? い、いったいどこに!?」
「もう倒しました」
「…… は?」
先生を、ディザスターベアーの死体まで案内する。
行くまでの道で何が起きたのかを話すと、頭を抱えてしまった。
「はぁ、まじか。死人まで出たのか。俺、これから教師続けられるのかな……」
お疲れ様です。
でも、今回は仕方なかったと思う。むしろ、死人が四人で済んで良かった方だろう。
これから先生は忙しくなるな。遺族への謝罪とか、学院への報告書とか、いろいろあるだろう。
現場に到着し、ディザスターベアーと生徒の死体を見せたら、先生は青ざめていた。
生徒の死体が食われていたせいで、ぐちゃぐちゃになっていたというのもあるだろうが、なにより、これからの気苦労を予想したのだろう。大きなため息もついていた。
少しだけ同情しますよ…… 先生。
「これだと、今回のサバイバル訓練は強制終了だな。この森にも、調査団が入るだろう」
先生は、疲れた顔で振り絞るように言った。
俺たちは森を出て、先生は学院長に状況を報告しに行った。
すぐに訓練終了の笛の音が鳴り、生徒たちが次々と森から出てきた。みんな不思議そうな顔をしている。死人が出たなど、まったく思ってもいないのだろう。
クラスごとに出席をとり、全員いることが確認されしだい、学院に帰ることとなった。
まあ、ヨハンのクラスだけは四人足りないのだがな。
ほとんどの生徒が、なぜ訓練が終了したのか理解していないまま、サバイバル訓練は終わったのだった。
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サバイバル訓練が強制的に終了し、学院に帰っている途中、周りの生徒が、なぜ訓練が終了したのか、自分の想像を膨らませながら話している。的外れなものもあれば、近いものもあるな。
特に、なにか強い魔物が出たんじゃないか、なんてのは、ほとんど正解だ。
だが、死人が出たって思っているやつは、ほとんどいないみたいだな。
「ルイ先生も、いろいろと大変だな」
「アル君は、これから有名になるかもよ? ディザスターベアーを倒したからね」
「そうなれば、少しは認められるかな?」
「少しどころか、きっとファンもできるよ! 顔もいいし!」
ソフィに顔を褒められるとは。こんな美少女に言われると照れるな。
顔がニヤついてしまいそうになるのを、全力で抑える。
「アルフレッドさん、なんで私に戦わせてくれなかったのですか?」
アリスが言葉に怒気を含ませて、いきなり俺にそんなことを聞いてきた。
「なんでって、危ないからに決まっているだろ」
「あなたは戦いましたわ!」
「俺は怪我ひとつしなかった」
「私が戦っても、そうだったかもしれませんわ」
「それはないな」
「なぜ、そう言い切れるんですの!?」
はぁ、なぜ戦わせなかったのか。そのくらい、自分で考えてくれよ……
「お前が、俺よりも、剣が未熟だからだ」
俺は、アリスの剣術をサバイバル訓練で見たわけではないが、剣術の授業では見たことがある。
けっして筋が悪いわけではない。だが、まだまだ未熟者だ。実戦なんか、危なっかしくてできやしない。
「それでも、私には魔法がありますわ。あなたとは違いますのよ!」
「どうやって発動させる気だったんだ?」
「それはもちろん、無詠唱ですわ!」
はぁ、やはりなにもわかっていない。
「つまり、魔法を使えば、自分一人でも倒せたと?」
「ええ! もちろんですわ!」
「そうかわかった。じゃあ、学院に帰ったら、俺と決闘しろ。俺を倒せたら認めてやるよ。お前は、ディザスターベアーを一人でも倒せるってな」
「望むところですわ!」
やれやれ、これは少しわからせる必要がある。なぜ魔法師が実戦で剣を使わないか、ということをな。
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《魔法のランク》
魔法のランクは初級、中級、上級、最上級の四つがある。これらは、必要な魔力の量と、発動の難易度によってランク付けされている。
しかし、難易度が違う魔法は、まったく別の種類の魔法なのかというと、そうではない。
例えば、初級の火魔法である〈ファイアーボール〉に、魔力を必要以上に込めると、中級の〈フレアボール〉になる。そして、これを続けていくと、最終的には最上級の〈ビックバンボール〉になる。
だが、同じく初級の火魔法の〈ファイアーブラスト〉に魔力を込めても〈ビックバンボール〉にはならず、これは〈ビックバンブラスト〉になる。
つまり、同系統の種類の魔法のランクの違いは、魔法の発動に必要な魔力の量の違いだけで決まるのだ。
そして、このランクにより、自然魔法は名前が変わる。
だが、特殊魔法は使用できる者が少なく、独自で開発した魔法を使っていることがほとんどなため、使用者自らが魔法の名前を考える。
よって、魔法にランクがつくことはない。
《自然魔法》
火、水、風の三つの種類の魔法のことを指す。
初級から最上級までのランクが適応される魔法で、ランクが違えば、魔法の名前も変わる。
この世界のほとんどの人間が、この自然魔法を使う。