後ろから……
俺は、こちらに歩いてきたシャルの頭をぐしゃぐしゃっと撫でてやった。
「そこは、『ありがとうございます』だけでいいんだよ。まったく、すぐふざけるんだから」
「えへへ、少し格好つけてみたくなってしまいました」
シャルはだらしなく表情を崩し、俺に頭を撫でられていた。決め手を打って褒められて、かなり満足のようだ。
「フィリップもいい剣筋だったぞ。これは俺に追いつくのも近いな」
「……! うん! 兄さんを越えるために、もっと頑張る!」
フィリップの方も褒められたことが嬉しいのか、少し前かがみになって、両手を体の前で握り込んでいた。
こうして見てみると、なんだか犬みたいだな。幻視で、激しく揺れている尻尾が見えてきそうだ。
アンゲロスは、シャルとフィリップのコンボによって、全体を崩壊させながら倒れた。
「そんな馬鹿な……」
それを見たエドは、本日何度目かの放心をしてしまったようだ。
「さあ、ジン、三度目の正直だ。投降してもらおうか?」
俺の言葉を聞いて、諦めたようにため息をついたジンは、俺の方を見て口を開いた。
「いいでしょう。ですが、タダで捕まるのも面白くありません。せめてもの抵抗はさせてもらいますよ?」
ジンは懐からなにかのボタンを出すと、それを押した。
「今のはなんだ?」
「帝都爆破ボタンですよ。一時間後に、この帝都は跡形もなく消え去ります」
例え負けたとしても、帝都だけは滅ぼす、か。信念を曲げない男だ。
ジンはオリヴィアの前に出て、構えを取った。どうやら、体術で抵抗するらしい。
アレックスやナディアたちは、それを見て警戒を強くしたが、俺が腕を軽く上げて、それを制した。
「みんな、あの二人は俺一人でやらせてくれ」
「魔王様、なぜです? ここは一斉にかかった方が……」
疑問を口にしたナディアに、俺は振り向かずに答える。
「ケジメをつけるためだ」
俺の真剣さを認めたのか、アレックスも味方になってくれた。
「ナディア、ここはアルフレッドに任せよう」
「アレックスさん……」
「俺たちの標的はあっちだ」
アレックスはエドを指差し、ナディアを振り向かせた。
悪いな、気を遣わせて。アレックスだって自分が操られていたぶん、ジンを倒したいだろうに。
エドは、狙いが自分に向いたのを悟ったのか、すぐに後ろを向いた。
「ジン! 協力関係はここまでだ! 俺は退散させてもらう!」
そう言い残すと、一目散に逃げ出した。
勇者パーティと魔族組は、その後ろを追いかけていく。
俺はそれを横目に、ジンの方を見た。
「さて、オリヴィアを返してもらおうか?」
「と、言ってますが、オリヴィア。どうします?」
「…… アルフレッド…… 私は……」
オリヴィアは俯いてしまった。
「オリヴィア、お前がなにを思ってジンについたかは知らん。前世で兄妹だったとか、そんなことも関係ない。お前は俺のものだ。お前の意思がどうであろうと、取り戻す」
ジンは、下を向いたオリヴィアを庇うようにして、一歩前に出た。
それに合わせ、俺も前に出て構える。剣もナイフもなしの徒手格闘の構えで、ジンと対峙する。
「あまり、妹をいじめないでほしいですねぇ?」
「そうなるように仕向けたのはお前だろ」
「そう言われると、ぐぅの音も出ません…… ねぇ!」
ジンは、言葉が終わるとともにこちらに走ってきて、俺の顔めがけて正拳突きを繰り出した。
俺はそれを左腕で受け流し、ジンの顔に向けて右フックを繰り出す。
ジンはそれを後ろに飛んで避け、俺を正面に見て構え直した。
「体術はできないんじゃなかったのか?」
「これでも、初代魔王のダンジョンをたった一人で攻略していますからねぇ。誰にも習っていなくとも、勝手に身についてくるものですよ」
ジンはもう一度俺に近づき、次は下から右アッパーを繰り出した。
俺は上がってくる拳の上から抑え、ジンの顎を狙って掌底を突き出す。
ジンはそれを紙一重で躱し、上段回し蹴りを繰り出した。俺を下がらせようとしているのが、丸わかりだ。
俺は、ジンの思惑に乗らないように、それをかがんで避け、蹴り終わりの隙の大きいジンの腹に拳を埋め込んだ。
「がはっ!」
ジンは後ろに数メートル転がり、腹を抑えながら立ち上がる。
「はは…… 勝てる気がしませんねぇ……」
ジンが再び俺に向かって構えを取ると、それを見たオリヴィアは、中級の風魔法〈ウィンドショット〉を手のひらの上に作った。
「はぁ…… オリヴィア、牽制は頼みました…… よ……?」
牽制を頼もうとしたジンの試みも虚しく、オリヴィアのウィンドショットは、ジンの腹を貫いた。
腹に風穴の空いたジンは、腹を抑えながら倒れ込んだ。
「…… 兄さん、ごめん……」
「…… オリ、ヴィア……」
オリヴィアはジンが倒れるのを確認すると、地面に膝をついた。
俺は倒れたジンのもとに近づき、屈み込む。
「はぁ…… はぁ…… 皮肉なものですねぇ…… 数々の人間を裏切らせてきた私が…… まさか裏切りで致命傷をもらうとは……」
「きっと、お前の行いに、あの女神様がお怒りだったんだよ」
「はは…… これから死にゆく人間を見ての一言がそれですか…… まあ、なにも言い返せませんが……」
ジンは一度目を瞑り、今度はオリヴィアの方に目を向けた。
「オリヴィア…… 最後に、顔を見せてください……」
オリヴィアは涙を流しながら立ち上がり、ジンに近づいてきた。
「オリヴィア…… 私の野望に、最後までつきあってくれてありがとうございました…… おかげで、私は寂しくありませんでしたよ……」
「…… 兄さん…… 私も…… また兄さんに会えて嬉しかった……」
「…… 今世での出会いは最悪でしたが…… 私はいつまで経っても、あなたの兄です…… たとえ死んだとしても、私はオリヴィアのことを見守っていますよ……」
息も絶え絶えの状態でそこまで言うと、ジンは空を見上げた。
その目はすでに虚ろで、もう長くないことが理解できた。
だが、今死んでもらっては困る。俺は聞きたいことがあるのだ。
「ジン、最後に教えろ。お前はなぜ、この大陸を滅ぼそうとした?」
ジンは、焦点の合わない目のまま笑い、語り出した。
「…… 人の進化は、止まりま、せん…… いくら魔物がいたとしても…… この世界は、いずれ滅ぶ…… 私は…… 人間も魔族もいない…… 自然に溢れた世界に…… 戻さなければ、ならなかった…… それが私が…… この世界に転生してきた…… 理由ですから……」
「転生した、理由か……」
「ふふ…… 私が、この世を滅ぼすために、転生したのなら…… あなたは、この世を救い…… 人間と魔族を、共存させるために、転生してきたのでしょう…… ねぇ…………」
ジンは最後に、俺のことを羨ましそうな目で見つめて、ゆっくりと息を引き取った。