表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/169

後ろから……

 俺は、こちらに歩いてきたシャルの頭をぐしゃぐしゃっと撫でてやった。


「そこは、『ありがとうございます』だけでいいんだよ。まったく、すぐふざけるんだから」

「えへへ、少し格好つけてみたくなってしまいました」


 シャルはだらしなく表情を崩し、俺に頭を撫でられていた。決め手を打って褒められて、かなり満足のようだ。


「フィリップもいい剣筋だったぞ。これは俺に追いつくのも近いな」

「……! うん! 兄さんを越えるために、もっと頑張る!」


 フィリップの方も褒められたことが嬉しいのか、少し前かがみになって、両手を体の前で握り込んでいた。

 こうして見てみると、なんだか犬みたいだな。幻視で、激しく揺れている尻尾が見えてきそうだ。

 アンゲロスは、シャルとフィリップのコンボによって、全体を崩壊させながら倒れた。


「そんな馬鹿な……」


 それを見たエドは、本日何度目かの放心をしてしまったようだ。


「さあ、ジン、三度目の正直だ。投降してもらおうか?」


 俺の言葉を聞いて、諦めたようにため息をついたジンは、俺の方を見て口を開いた。


「いいでしょう。ですが、タダで捕まるのも面白くありません。せめてもの抵抗はさせてもらいますよ?」


 ジンは懐からなにかのボタンを出すと、それを押した。


「今のはなんだ?」

「帝都爆破ボタンですよ。一時間後に、この帝都は跡形もなく消え去ります」


 例え負けたとしても、帝都だけは滅ぼす、か。信念を曲げない男だ。

 ジンはオリヴィアの前に出て、構えを取った。どうやら、体術で抵抗するらしい。

 アレックスやナディアたちは、それを見て警戒を強くしたが、俺が腕を軽く上げて、それを制した。


「みんな、あの二人は俺一人でやらせてくれ」

「魔王様、なぜです? ここは一斉にかかった方が……」


 疑問を口にしたナディアに、俺は振り向かずに答える。


「ケジメをつけるためだ」


 俺の真剣さを認めたのか、アレックスも味方になってくれた。

 

「ナディア、ここはアルフレッドに任せよう」

「アレックスさん……」

「俺たちの標的はあっちだ」


 アレックスはエドを指差し、ナディアを振り向かせた。

  悪いな、気を遣わせて。アレックスだって自分が操られていたぶん、ジンを倒したいだろうに。

 エドは、狙いが自分に向いたのを悟ったのか、すぐに後ろを向いた。


「ジン! 協力関係はここまでだ! 俺は退散させてもらう!」


 そう言い残すと、一目散に逃げ出した。

 勇者パーティと魔族組は、その後ろを追いかけていく。

 俺はそれを横目に、ジンの方を見た。


「さて、オリヴィアを返してもらおうか?」

「と、言ってますが、オリヴィア。どうします?」

「…… アルフレッド…… 私は……」


 オリヴィアは俯いてしまった。


「オリヴィア、お前がなにを思ってジンについたかは知らん。前世で兄妹だったとか、そんなことも関係ない。お前は俺のものだ。お前の意思がどうであろうと、取り戻す」


 ジンは、下を向いたオリヴィアを庇うようにして、一歩前に出た。

 それに合わせ、俺も前に出て構える。剣もナイフもなしの徒手格闘の構えで、ジンと対峙する。


「あまり、妹をいじめないでほしいですねぇ?」

「そうなるように仕向けたのはお前だろ」

「そう言われると、ぐぅの音も出ません…… ねぇ!」


 ジンは、言葉が終わるとともにこちらに走ってきて、俺の顔めがけて正拳突きを繰り出した。

 俺はそれを左腕で受け流し、ジンの顔に向けて右フックを繰り出す。

 ジンはそれを後ろに飛んで避け、俺を正面に見て構え直した。


「体術はできないんじゃなかったのか?」

「これでも、初代魔王のダンジョンをたった一人で攻略していますからねぇ。誰にも習っていなくとも、勝手に身についてくるものですよ」


 ジンはもう一度俺に近づき、次は下から右アッパーを繰り出した。

 俺は上がってくる拳の上から抑え、ジンの顎を狙って掌底を突き出す。

 ジンはそれを紙一重で躱し、上段回し蹴りを繰り出した。俺を下がらせようとしているのが、丸わかりだ。

 俺は、ジンの思惑に乗らないように、それをかがんで避け、蹴り終わりの隙の大きいジンの腹に拳を埋め込んだ。


「がはっ!」


 ジンは後ろに数メートル転がり、腹を抑えながら立ち上がる。


「はは…… 勝てる気がしませんねぇ……」


 ジンが再び俺に向かって構えを取ると、それを見たオリヴィアは、中級の風魔法〈ウィンドショット〉を手のひらの上に作った。


「はぁ…… オリヴィア、牽制は頼みました…… よ……?」


 牽制を頼もうとしたジンの試みも虚しく、オリヴィアのウィンドショットは、ジンの腹を貫いた。

 腹に風穴の空いたジンは、腹を抑えながら倒れ込んだ。


「…… 兄さん、ごめん……」

「…… オリ、ヴィア……」


 オリヴィアはジンが倒れるのを確認すると、地面に膝をついた。

 俺は倒れたジンのもとに近づき、屈み込む。


「はぁ…… はぁ…… 皮肉なものですねぇ…… 数々の人間を裏切らせてきた私が…… まさか裏切りで致命傷をもらうとは……」

「きっと、お前の行いに、あの女神様がお怒りだったんだよ」

「はは…… これから死にゆく人間を見ての一言がそれですか…… まあ、なにも言い返せませんが……」


 ジンは一度目を瞑り、今度はオリヴィアの方に目を向けた。


「オリヴィア…… 最後に、顔を見せてください……」


 オリヴィアは涙を流しながら立ち上がり、ジンに近づいてきた。


「オリヴィア…… 私の野望に、最後までつきあってくれてありがとうございました…… おかげで、私は寂しくありませんでしたよ……」

「…… 兄さん…… 私も…… また兄さんに会えて嬉しかった……」

「…… 今世での出会いは最悪でしたが…… 私はいつまで経っても、あなたの兄です…… たとえ死んだとしても、私はオリヴィアのことを見守っていますよ……」


 息も絶え絶えの状態でそこまで言うと、ジンは空を見上げた。

 その目はすでに虚ろで、もう長くないことが理解できた。

 だが、今死んでもらっては困る。俺は聞きたいことがあるのだ。


「ジン、最後に教えろ。お前はなぜ、この大陸を滅ぼそうとした?」


 ジンは、焦点の合わない目のまま笑い、語り出した。


「…… 人の進化は、止まりま、せん…… いくら魔物がいたとしても…… この世界は、いずれ滅ぶ…… 私は…… 人間も魔族もいない…… 自然に溢れた世界に…… 戻さなければ、ならなかった…… それが私が…… この世界に転生してきた…… 理由ですから……」

「転生した、理由か……」

「ふふ…… 私が、この世を滅ぼすために、転生したのなら…… あなたは、この世を救い…… 人間と魔族を、共存させるために、転生してきたのでしょう…… ねぇ…………」


 ジンは最後に、俺のことを羨ましそうな目で見つめて、ゆっくりと息を引き取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ