クラリスの思惑
俺は、体全体を包み込まれるような、暖かいなにかによって意識を取り戻した。
「ごほ…… アルフレッド、さん…… ソフィアさんは、お返ししますね……」
俺は、獣の姿から人の姿に戻り、胸に穴の空いたクラリスを腕で支えた。
「クラリス……」
「あはは…… 最後まで、迷惑をかけてしまって、すみません…… お詫びに、私の魔石をあげますから…… 自由に使ってください……」
クラリスは苦しそうにしながらも、無理やり笑顔を作った。
ナディアを庇ったことといい、自分の魔石を俺に渡すと言ってきたことといい、クラリス、お前はもしかして……
「最初から裏切ってなんか…… いや、復讐なんて、考えていなかったのか?」
クラリスは、一瞬びっくりしたような顔になると、また笑顔に戻った。
「バレ、ました……? ただ、リッチである私には、こうするしかなかったものですから……」
「バレるもなにも、俺に魔力を送らせて、自分の状態をわからせてきたのはお前の方だろ」
クラリスは、魔力の凝縮されていた俺の角をわざと体に受け、そこから俺に魔力を送らせることで、自分の体の状態を把握させてきた。
クラリスの種族はリッチ。不死身と言われている種族で、アンデットの最上位の進化系だ。
アンデットの弱点は光属性であり、このリッチを殺す方法は一つだけ。
それは、心臓に直接、光魔法を流し込むことだ。
そう、クラリスは俺の一撃をわざと心臓で受け、致命傷を貰ったのだ。
「私はずっと、死ねませんでした…… いくら死にたくても、会いたくても、それは許されませんでした…… 利用、してしまって、すみません…… ですが、これで、ようやく、会いに行けます…… アーサー、あな、たに…………」
クラリスは最後に、かけている赤縁のメガネに触れると、そのメガネとともに、光の粒子となって消え去った。
消えたクラリスを支えていた俺の手のひらには、クラリスの魔石が握られていた。
アーサー。
一千年前に活躍した勇者で、魔王と和解協定を取りつけた人物である。俗に言う、初代勇者のことだ。
クラリス、一千年前の人物に、ずっと恋い焦がれていたのか…… せめて安らかに眠ってくれ。そして、あの世でお幸せにな。
俺は、魔石を持ってまま合掌した。
しばらくしてから目を開けてみると、俺の周りをふわふわと飛んでいる魔力を発見した。
それを魔眼を使って見てみる。
やはり、間違いない。
「ソフィ、こっちにおいで」
その魔力は、俺の近くに来ると輝き出し、人型に変化した。その外見はもちろん、ソフィだ。
「アル君、私が死んだからって、怒り狂って暴走しちゃだめでしょ」
ソフィは、変化して早々に、俺にお叱りの言葉を浴びせてきた。
俺は、せめてもの言い訳をすることにする。
「それは仕方ないだろ? 最愛の人を失ったと思ったんだから」
「気持ちは嬉しいけど、クラリスさんがいなかったら、ナディアさんは死んでたよ?」
確かにその通りだ。
これは、自分の意思の崩壊を防げなかった俺の責任である。
「…… 反省してます」
「なら、よし!」
ソフィは、人型になってもふわふわと浮いており、藍色で綺麗だった目は、今では真っ赤に染まってしまっていた。
見てわかる通り、ソフィの体は魔族化しているのである。
原因はもちろんクラリスだ。
これは予想だが、クラリスはおそらく、ソフィの心臓を潰すとともに、魔石を取り出したのだろう。
そして、その魔石を使って魔物を生成した。この時、人の魔石を使ったおかげで、その魔物はすぐに魔族に進化。結果、新ソフィア・バレンタインが誕生したわけだ。
俺のことを覚えているということは、記憶の方も大丈夫だろうし、体が魔族になった以外の変化は、おそらくないだろう。
見た目と魔力の性質から判断して、種族はおそらくゴーストだ。
肉体がない分、魔力によって体を作っている種族で、その気になれば、壁のすり抜けなんかもできる。
俺は一通りソフィを観察したあと、ナディアの方を向いた。
「さて、ナディア、さっきはすまなかった。大丈夫か?」
「魔王様! ご無事で!」
俺は、尻餅をついていたナディアに手を差し伸べたが、ナディアは自分で飛び起きて、自分より俺の心配をしてきた。
ナディアの喧騒に若干押されつつも、魔王としての威厳を崩さないようにしながら、聞き返す。
「お、おう、俺は大丈夫だが、ナディアは平気か?」
「私のことなどお気になさらず。魔王様のために死ねるのなら、私は本望でしたから」
ナディアはなんのためらいもなく、そんなことを言ってきた。
「…… あんまり、無茶しないでくれよ?」
「ありがたきお言葉」
さすがの忠誠心ではあるが、俺のために自分の命まで投げ出すとなると、俺も少し気をつけて行動しないとだ。
俺は、こちらに向かって跪いているナディアを見て、そう思った。
ナディアに立つようにと指示を出し、みんなのいる方を振り向くと、こちらにアレックスが近づいてきた。
「アルフレッド! ソフィア! 大丈夫なのか!?」
「アレックス、心配かけたな。俺はもう大丈夫だし、ソフィも無事だったみたいだ」
「うん、私も大丈夫。まあ、一回死んじゃったけどね」
一回死んでいるという割に、かなりけろっとしているソフィ。
一体、どんなメンタルを持っているんだ?
『三人とも、安心したのならすぐにこっちを警戒しなさい』
ジュリアがこちらを見て、呆れたようにそう言うと、地面が大きく揺れ始めた。
「まさかクラリスさんを失うとは…… やはり思っていた以上ですねぇ……」
ジンが、こちらを見ながら肩をすくめた。
俺は、もう一度降伏の勧告を出す。
「そっちにはもう、俺たちに勝てる見込みはない。いい加減降伏したらどうだ? ジン」
「そう簡単に、私の目的は捨てられないものでしてねぇ。エド、準備はいいですか?」
ジンは、その勧告を適当に流し、エドの方を見た。
「ああ、もうとっくに動いてる」
エドも、ジンの方を見て頷いた。
「一体、次はなにをする気だ?」
時間が経つにつれて、地面の揺れは次第に大きくなっている。
すると、俺たちとジンたちの間の地面に、大きな亀裂が入った。
そのヒビを破るようにして地面から出てきたものは……
「アンゲロスか?」
教国で見たものよりは小さいが、それでも見上げるほどの大きさがある。
「ええ、出力が低いぶん、聖女の魔力も必要のない完成品です」
「最終兵器ってわけだ」
ファブリに貰ったってところか。
「ええ、このアンゲロスが負けたのなら、私にはもう、生きて帰る手段がありません」
それは朗報だ。
俺はジンの説明を聞きながら、アンゲロスよりも上を眺める。そして、ある物体を発見した。
それを見て、俺は思わずにやけてしまった。
「なにを笑っているのですか?」
「俺の出る幕はなさそうだと思ってな」
「どういう意味です?」
「そのままの意味だ」
俺がジンの後ろの空を指差すと、そこには飛空艇と呼べるような、巨大な船が浮かんでいた。
俺は、アレックスの方に顔を向ける。
「アレックス、あれってヨハンだよな?」
「ああ、あれは、ヨハンが作ったリベリオンの飛行艇だ」
見てからのお楽しみとか言っていたが、なるほど、確かにこれは驚きだ。まさか飛空挺を作るなんてな。
「アンゲロス! 撃ち落としなさい!」
ジンのアンゲロスは、ファブリが使っていた時と同じように手を合わせ、魔力を溜め始めた。
そんな中、オウル・リベリオンから二つの人影が飛び降りた。
そのうちの一つの人影は、美しくクルクルと宙を舞い、魔法を発動させた。
「〈ヘル・ブリザード〉」
ヘル・ブリザード。
氷の最上級魔法の中で、最も取得難易度が高く、威力の高い技である。
魔法によって巻き起こった吹雪は、アンゲロスに触れると、アンゲロスを中心として氷の竜巻を巻き起こした。
その竜巻が収まると、もう一つの人影が剣を大上段に構え、それを大きく振り下ろした。
その一撃で、アンゲロスは凍ったまま真っ二つに割れた。
降ってきた二つの人影は、風魔法を使って減速すると、華麗に地面に着地する。
俺はそちらに振り向き、手を叩く。
「さすがは俺の妹と弟だ。綺麗だったぞ、シャル、フィリップ」
「最高の褒め言葉を頂きました、お兄様。このシャーロット、感激で涙が出てきそうです」
シャルはスカートの裾を少しだけ上げ、こちらに向かって礼をした。
「ありがとう! 兄さん!」
一方でフィリップは、嬉しそうな笑顔でこちらに走ってきた。
そして、そのついでに、ヨハンの乗った飛空挺が着陸した。