血の繋がっていない兄妹
亜人たちを説得した翌朝、俺たちは、ビューレが目を覚めたという情報を聞き、大司教の館に向かった。
「ビューレ、目が覚めたか」
「ビューレさん、大事にならなくてよかったね」
「あ、アルフレッドさん、ソフィさん。おかげさまでよくなりました。ありがとうございます」
ビューレは、昨日に比べて顔色はよくなり、かなり元気そうになっていた。だが、一応安静を取って、ベッドからは立たせなかった。
「すみません。アルフレッドさんは、二度も助けてくれた恩人なのに……」
「婚約者を死なせるわけにはいかないからな。あまり気にするな」
「あうぅ…… ありがとうございます……」
顔を真っ赤にして俯いてしまったビューレと、心なしかこちらを睨んでいるような気がするソフィ。
ソフィよ、言ったことは本当のことなのだし、そんな嫉妬のこもった目で見ないでくれ……
「ビューレ、今日は頼みごとと、別れのあいさつを言いに来たんだ」
ビューレは、俺の一言で、ちょっとした絶望感を漂わせた。
「え……」
「まず頼みごとだが、これは亜人のことだ。ハイタス王国に亜人を、なるべく早く送り届けてくれ。一応ダンとエレナはここに置いていくから、あいつらと相談すれば、なんとかなるだろう。そして、俺とソフィは、今日のうちに教国を出て帝国に行く」
ビューレは、希望と困惑の込もった瞳で、俺を見つめた。
「また…… 会えますよね?」
「当たり前だ。帝国の一件が終わったら、俺はハイタス王国に戻るし、ビューレとの婚約もある。これから何度でも会えるさ」
それを聞いて、パァっと表情が明るくなるビューレ。
「わかりました! 亜人たちのことは任せてください! 絶対になんとかしてみせます!」
「頼りにしてる、任せたぞ」
「はい! って、ひゃっ!?」
俺は、ビューレの頭をぐしゃぐしゃと撫で、出口に向かって歩き出す。そのまま右手を軽く上げ、ビューレに別れを告げた。
「それじゃあ、次は王国でな」
「頑張って来てくださいね!」
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俺は、初日に泊まっていた宿屋から馬と荷馬車と運転手を回収し、帝国に向かわせた。
教国にいた期間は五日。そして、ここから帝国までも五日かかる。合わせて十日となると、ヨハンたちよりも早く到着するかもな。
帝国に着いたら、そこにいるリベリオンたちと連絡して、情報を収集するとしよう。
しばらく馬車に揺られていると、ポーチの中に入っていた連絡用魔道具が鳴りだした。俺は魔道具を取り出し、耳にはめ込む。
『アルフレッド、こちらヨハン。勇者一行は、魔族の幹部とクラリスを連れて、帝国に移動中。急げば、あと五日で到着しそうだそうだ』
「そうか。それはちょうどよかったな。こちらもあと五日だ。それにしても、普通なら二週間はかかるところを、ずいぶんと早くできたな?」
『クラリスが馬を魔物に変えたからな。普通の馬とは、スピードもスタミナも段違いだ』
へぇ、ゼロからだけじゃなく、動物も魔物にできるのか。便利な能力だな。
「というか、ヨハンは来ないのか?」
勇者一行は、などという言葉を使うあたり、ヨハンは、アレックスたちと一緒に行動していないのだろう。
『俺は少し遅れて出発だ。特別な移動方法があるんでな』
「へぇ、是非とも教えてもらいたいな」
『見てからのお楽しみだ。きっと驚くぞ』
ヨハンの声が事務的な口調から、まるで子供のような弾んだ口調に変わる時、それはだいたい魔道具の話だ。
「わかった、楽しみにしてるぞ」
『任せとけ!』
俺は魔道具を耳から取り外し、ソフィの方に振り向いた。
「ソフィ、アレックスたちとは、帝国で合流できそうだ。こっちも急ぐぞ」
「わかった。ねぇ、アル君。ジンって、オリヴィアのお兄さんなんだよね?」
ソフィが突然、当たり前のことを聞いてきた。
「ん? そうだが、それがどうした?」
「私が洗脳されてた時に聞いた話なんだけど、オリヴィアとジンの出身地が違うって言ってて…… それで、どうして兄妹ってわかったのかなって」
洗脳中なのに記憶がはっきりしてるのは、ソフィの魔法耐性の高さゆえだろうか? なんにしろ、厄介なことを覚えているらしい。
「それは……」
この世界ではなく、前世で兄妹だったからだ。
これは予想ではなく、リベリオンで調査した結果わかっている。
俺はリベリオンに、オリヴィアとジンと出生を探らせた。その結果、オリヴィアはラント王国出身。ジンは帝国出身で、血筋も繋がっていなかった。
つまり、二人はこの世界においては兄妹ではないのだ。
この調査結果のおかげで、オリヴィアがジン側についた理由が、前世でなにかあったのだろうと納得できたのだが…… それを、純ディヴェルト大陸出身のソフィに話してもいいのだろうか?
「ソフィ、実は前世で兄妹だった…… なんて言ったら、信じるか?」
「どういうこと?」
ソフィは眉間にしわを寄せ、首を傾げた。
「いや、やっぱりなんでもない。忘れてくれ」
このことについて話すとしても、俺一人では話しきれないだろう。なにせ、なぜ俺がこの世界に転生したのかもわかっていないのだ。
そういえば、オリヴィアならなにか知っているだろうか? 今は敵だとしても、話だけでもしたいな。
「アル君、オリヴィアは、ちゃんと取り戻そうね」
相変わらずエスパーだな、ソフィは。
「ああ、もちろんだ。あのエドという男が、帝国で待っていると言っていたからな。おそらく、ジンもオリヴィアもそこにいるんだろう。今度は必ず取り戻してみせるさ」
王国の魔王としてではなく、オリヴィアの恋人として。必ず俺の元に戻らせてやる。
待っていろよ、オリヴィア。