亜人の説得
先日、投稿の順番を間違えてしまったので、「ファブリ 前半」の前に「大切断」という話が追加されています。
まだ見ていない方は、そちらをお読みください。
俺とソフィは、未だに気を失っているビューレを連れて、大司教のいる教会に来た。
「ビューレ! 大丈夫か!?」
大司教は、俺に抱えられているビューレを見た瞬間、慌てた様子でこちらに歩いてきた。
そして、俺がビューレとファブリのことを説明すると、「そうじゃったか……」と呟き、下を向いてしまった。
「大司教、どうしました?」
俺は、突然静かになった大司教に声をかけた。
「魔王殿、儂はおそらく、レクイエムのボスとしてのファブリに、一度会ったことがある。まあ、その時の儂は洗脳されておったがな」
「そうでしたか。まあ、洗脳されていれば記憶は曖昧になりますから、思い出せなくても仕方ありません」
「儂はダメじゃな。大司教なんて地位にいるが、孫娘一人守れない。自分の弱さを嘆くことしかできないんじゃ」
大司教はビューレの頭を撫でながら、噛みしめるようにしてそう言った。
実際に、大司教は、ビューレに何度も苦労をかけていた。だがそれは、ジンたちの目論見のもと操られていた訳で、決して大司教の意思ではない。それでも責任を感じてしまうのは、仕方ないことだとは思うが。
「思い詰めるのはよくありません。人間も魔族も弱いんです。だから群れて、協力して生きていく。俺だって今回、ソフィがいなければビューレを助け出せていたかはわかりません。魔王である俺がそうなんですから、大司教も一人で悩む必要なんてないんですよ」
「…… まさか、魔王に慰められる時が来ようとは…… 人生、なにがあるかわからないものじゃ」
大司教は、しみじみと天を見上げた。
「それが時代です。俺は人間と魔族の争いを止めますし、ジンとも決着をつけます。その先に平和が…… 俺の居場所があると信じて」
ジンを倒して、オリヴィアを取り戻す。そして、なにがあっても、自分の大切なものを守る。
気がつけば、いつの間にか大層な夢ができていた。元はと言えば、自分の居場所を作るために戦っていたんだがな。
ようやくできた俺の居場所、ハイタス王国。それを失うわけにはいかない。
俺が、俺たちが作り上げてきたものを守る。それが、俺の信念だ。
「アル君、どうするの?」
「…… 明日出よう」
帝国に向かうなら、なるべく早い方がいい。
「なんじゃ? 明日には出ていってしまうのか?」
「ええ、急ぎで帝国行かなければならないので…… ビューレの看病はよろしくお願いします」
俺はそう言って、ソフィとともに教会をあとにし、亜人たちの泊まっている病棟に向かった。
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俺が病棟に着くと、心配そうに周りをキョロキョロとしている亜人に、優しく微笑んでいるエレナを見つけた。
「へぇ、いい笑顔じゃないか」
あんな幼い年で、スパイとして、裏の世界を見てきた人とは思えない笑顔だ。
「あ、アルフレッド、おかえり。みんなのこと、ありがとね」
「気にするな。見たら助けずにはいられないからな」
「それで、ここにはなんの用で来たの?」
「ああ、それなんだが。〈エリアヒール〉」
俺はおもむろに回復魔法を発動させ、傷つけられた体が瞬時に治っていく亜人の様子を見ていた。
亜人たちは自分たちにつけられていた、一生消えないと思っていた傷までもがさっぱりなくなり、困惑しながら俺に注目が向いた。
「長耳族、小人族、獣人族諸君、まずは自己紹介からだ。私は現魔王アルフレッド。君たちに尋ねたいことがある」
俺が魔王と名乗ると亜人たちは、恐怖と不安を顔に出しながらざわめき始めた。まあ、せっかく助かったと思ったのに、突然目の前に魔王が現れたらそうなるか。
「安心しろ。私は人間と協力して国を作り、その代表として、教国と同盟を結んでいる。君たちを取って食ったりはしない」
亜人たちはその言葉を聞いて、多少信じられない顔をしながら、俺に耳を傾けた。
「さて、先ほど話した尋ねたいことなのだが…… 君たちは、私の国の国民になる気はないか?」
俺がそう尋ねると、亜人たちは完全に黙り込んでしまい、警戒の色を示している者もいる。
「私の国は、人間と魔族が共存している。だが、建国したばかりで生憎国民が少なくてな。君たちがいいといいのなら、住む場所を提供してもいいのだが…… どうだ? それとも、魔族は信用ならんか?」
すると、奥の方から叫び声が聞こえた。
「当たり前だ! 信用なんてできるか!」
「そ、そうだ! 魔族なんて信用できないぞ!」
それを皮切りに、俺や魔族に対する罵倒が次々に飛んでくる。魔族は皆卑怯だの、軽薄で信頼できないなどと、亜人たちは、事実ではないことまで罵倒し始めた。
「…… そうか。では、これだけは言っておこう。君たちが今発言したこと、それはすべて、人間が、君たち亜人に対して抱いている感情だ」
そう言った瞬間、この場を再び静寂が支配した。
人間がどうして、裏取引で亜人の奴隷を作ったのか。それはひとえに、亜人が信用ならないからである。
もともと人というのは、自分とは異なる種の生物を嫌う傾向がある。これが差別のもとであり、この世界だけではなく、俺がいた前の世界でもあったことだ。
この世界の人間は、亜人や魔族という、人間とは違う種族がいることで一体感が強く、人同士での差別というものがほとんど存在しないのだが、その代わりに、亜人に対する差別が存在している。
この差別が元となり、亜人の奴隷が生まれた。
そして今、亜人たちが魔族を信用していないという話は、これに完全に当てはまるのだ。
なぜなら、魔族が今まで襲っていた土地に、亜人の所有している土地が含まれないからである。
つまり、魔族は人間に狙いを絞っていたにも関わらず、亜人は魔族が信用できない。これはおかしな話だ。亜人同士でも、亜人対人間でも、今まで戦争があったというのに、なぜ魔族だけが信用されないのか。
まあ、魔物から進化しているということも理由になるだろう。それに、歴代魔王たちがもし人間を滅していたら、亜人の土地までもを奪っていたかもしれない。
だが、これは未遂であるし、なにより自分たちを助けたのは魔王なのだ。この事実を持ってしても信用ならないというのなら、これは種が違うことによる差別意識というものが最も大きな理由なのだと、俺は思う。
「人間と魔族は今まで争ってきた。だが、今は手を取り合って生きようとしている。君たちがそれをどう思うかは、私にはわからない…… しかし! これは、人間と亜人の差別問題をなくす最初の一歩にもなり得るのだ! さあ、もう一度聞こう。私の国の国民になるつもりはないか?」
「アルフレッド、私はなる」
俺の問いかけに一番最初に反応したのは、エレナだった。
「私は、アルフレッドが私のなんかを助けてくれるいい人だって知ってるし、差別もなくなれば、私の同族だって救われる。だから、私はあなたの国の民になる」
「そうか、歓迎しよう」
「…… 私もなります。もう二度と私のような奴隷が生まれないように、あなたについていきます」
「お、俺もだ! よくわからんが、奴隷がなくなるのはいいことだろ!?」
「わ、私も……」
「僕も魔王様についてくぞ!」
そこからはドミノ倒しのように、次々に国民が増えていった。
「君たちの勇気に感謝する。君たちは教国の協力のもと、我がハイタス王国に送り届けるつもりだ。それまでは少し大変かもしれんが、気長に待っていてくれ」
こうして、ハイタス王国の国民が一千人増加した。