魔物の正体
俺は、上半身だけのクローキャットの死体の傷を観察していた。
傷の付き具合で、どのような攻撃を受けて死んだのか判断するためだ。
「何か鋭利なもので切断されているな……」
「アル君、鋭利なものって?」
「普通に考えて爪だろうな。あ、魔石発見。魔物が犯人なのは、これで確定だろう」
人間は金になる魔石を回収し、魔物は自分に不必要である魔石を取り残す。
このクローキャットには魔石があったので、犯人が魔物であるということは分かった。後は、その魔物の正体を暴くだけだな。
Dランク以上で、鋭利な爪を持っていて、体長八十センチはあるクローキャットを一刀両断できる魔物……ウィンドマンティスとかかな?
まあウィンドマンティスの場合、爪ではなく鎌なのだが。
「一旦戻りましょう。もうすぐ昼になります。食料は木の実しかありませんが、この状況では肉は手に入らなさそうなので、仕方ないですね」
「ボクは、またあの酸っぱいのを食べないといけないのか……」
「食べないよりはマシですよ、リューリク王子。早く戻りましょう」
グガアアァァァァァッッ!!!
「今のはなんだ!?」
「魔物の鳴き声ですね。行ってみましょう!」
あっちは…… 確かヨハンのいる方だ。まずいかもしれないな。
無事でいてくれよ……
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〈一時間前〉
このサバイバル訓練が始まってから、誰とも話していない。
いつもなら、アルフレッドやソフィアさんがいるから、会話に困ったりしないのだが。
まあ、もともと友達はいなかったんだ。この三日間だけの辛抱だな。
「あのヨハンってやつ、全然何もしてなくない?」
「あいつは魔道具専門だからな。それ以外は何もできないんだよ」
「使えないわねえ、魔道具と友達ってやつかしら?」
「最近はあの無能とも友達らしいぜ」
「「「うわあ」」」
あいつら、わざと聞こえるように喋ってやがる。
俺はともかく、アルフレッドは無能じゃないぞ。魔力が少ないだけで、優秀な剣士であり、魔道具技師(仮)だ。
自分で見た事も無いくせに。
自分で採ってきた木の実を食べる。かなり酸っぱい。できれば肉を食べたいが、食べ物がこれしかないため、仕方なく食べている。
それにしても、魔物をまったく見かけないとは…… 食料の確保が一気に困難になったな。酸っぱい木の実しかない。
ホーンディアーの肉は美味しいから、結構楽しみにしてたんだが。
さて、もう一回木の実を採ってくるか。護身用に魔法杖を持って行こう。
僕は何気に、風と火の魔法が使えるのだ。だが、雷は使える気配すらない。才能が無いんだろう。
まあ、僕には魔道具技師としての才能があるから、あまり気にしてないのだが。
「さてと、こんなもんか」
一時間ほど森を歩き回って、木の実を袋いっぱいに集めることができた。これで今日も腹はもちそうだ。
グガアアァァァァァッッ!!!
「なっ!?」
すごい音が聞こえたと思って、僕は音が聞こえた方を振り向いた。するとそこには、デカイ魔物が立っていた。
僕は急いで、木の陰に隠れる。
魔物は鼻を鳴らして臭いを嗅いでいたが、しばらくすると、その場から立ち去っていった。
危なかった。見つかってたら、確実に死んでたな
それにしても、あの魔物が向かった方向、確実に僕の班がテントを張っていた方なんだよね。
これ、地味にやばくね? 俺に帰る場所が無くなるという意味で。班員? そんなのは知らない。
とにかく助けを呼びに行くか。教師に報告するとなると、一旦森を抜けないとな。
あの魔物がいたってことは、他の魔物はほとんどいないだろう。いたとしても、Fランク程度なら対処できる。
さて、さっさとルイ先生の所に行こうか。
ガサガサッ!
「……っ!」
今度はいったいなんだ!? もう一度木の陰に隠れ直す。
「そこに誰かいるのか?」
「アルフレッド……?」
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魔物の鳴き声で方向を予測して来たのだが、何故か木の陰にヨハンが隠れていた。
「ヨハンか。どうしてこんなところに?」
「アルフレッド! 魔物がいたんだ! 俺の班のテントの方に行った! あっちだ! 行こう!」
「分かった! 案内してくれ!」
これは本格的にまずいな……
「アルフレッド、ここだ!」
「これは……」
ヨハンに案内されて来た拠点にあったのは、壊れているテントと、周りの地面や木についている、爪で切りつけたような跡。そして、五メートルはあるだろう巨大な熊だ。
「ディザスターベアー……」
Bランクの魔物だ。こいつが犯人だったのか。
こちらの声に反応し、巨大熊がゆっくりとこちらを向く。すさまじい迫力だ。
口元が赤く汚れている。学院の生徒を食っていたようだ。その証拠に、巨大熊の後ろには、学院の生徒の死体が転がっていた。間に合わなかったか。
「リューリク様! ここは危険ですわ! 私が相手をしているうちに逃げてください!」
アリスが身を挺して、王子を守ろうとする。
俺はその声を聞き流しながら、愛剣である片手半剣を引き抜き、一歩前に出た。
それに続いて、ソフィも俺の横に並ぶ。
「な、何してるのですか! その魔物は私が相手をしますわ!」
「アリス、あんたじゃ十秒ももたない。引っ込んでた方がいい」
「なんですって!? 私にはリューリク様をお守りするという義務があるのですよ!」
「なら、リューリク王子と一緒に今すぐ逃げろ。あんたは護衛だろうが」
護衛がなにをすべきかを、どんな時でもわすれるなよ。
王子は状況を確認している。恐怖で立ちすくんではいないようだ。なかなかの胆力である。
そしてギランは、巨大熊から王子を守るようにして立っていた。こちらは護衛として、自分のやるべきことを分かっているようだ。
「ボクはここで、戦闘を見させて貰うよ」
「リューリク様!? 危険ですわ!」
「君とギラン君がいるから、問題ないだろう?」
どうやら王子は逃げる気が無いらしい。まあ、死ななければ何でもいいが。
「アル君、隙を作れる?」
「もちろん。トドメは任せた」
「了解」
ソフィとの連携には自信がある。うまくいけば、ディザスターベアーでも倒せるだろう。
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《ウィンドマンティス》
ウィンドマンティスとは、Dランクの蟷螂の魔物である。
風属性の魔法を操ることができ、鎌に風を纏わせて切断力を上げて攻撃する。
《ディザスターベアー》
ディザスターベアーとは、Bランクの大型の熊の魔物である。
魔法は使えないが、身体能力が高く、その巨体から繰り出される攻撃は全てが強力。特に、前足に付いている爪は、鋼鉄をも簡単に切り裂いてしまうほど危険である。
《魔物と魔族》
魔物と言うのは、魔石を持った生物の中でも、外から魔力を吸収しなければ生きることができない生物の総称である。
魔物の特徴は三つある。
まず一つ目が、魔力の吸収を、魔力を持った生物を捕食する事によって行うことである。これにより、他の魔力を持った生物を襲う。
だが、捕食するのは、その生物の肉だけである。たまに骨も喰らう奴はいるが、魔石だけは絶対に食べない。
なぜなら魔石とは、高密度な魔力の集合体なので、体内に取り込んだ瞬間に、自分の体を循環している魔力が魔石によって狂い、暴れ始める。
そうなってしまったら、自分の体が魔力に耐えられず、体内から破裂してしまう。
これを、魔物は本能的に理解しているため、魔石だけは絶対に食べないのである。
二つ目は、どの魔物も目が赤いということだ。どんな形をしていても、どんな個性を持っていようと必ず、魔物の目は赤い。
そして魔物の三つ目特徴として、急激な進化というものがある。
例を挙げよう。例えばゴブリンだ。
ゴブリンは最弱の個体だが、他の生物の魔力を吸収し続けることにより、ホブゴブリンに進化する。
そして、ホブゴブリンが更に魔力を吸収すると、ゴブリンロードに進化する。
これが、急激に起こる進化だ。
そして、ホブゴブリンからの進化の過程で、もしホブゴブリンが、一定以上の知恵や知識を身に付けていた場合、ゴブリンロードではなく、ハイゴブリンへと進化する。
このハイゴブリンは、知能と呼べるものを持っている。そのため、魔物ではなく魔族なのだ。
つまり、魔物と魔族の違いは、知能を持っているか否かなのである。