最終兵器
床をぶち抜いて下の階に降りると、大きく分厚い鉄の扉が開いており、中は暗闇に染まっていた。
俺は剣を構えつつ、ソフィを後ろに連れて中に入った。
「やっぱりホムンクルス程度じゃ、少しの足止めにしかならないか」
ファブリは部屋の奥の方で、巨大な魔道具をいじりながら俺の方を見た。
「ファブリ、もう諦めて投降しろ」
「それは、これを見てから言った方がいいんじゃないかな?」
ファブリがそう言うと、ファブリの後ろにあった真っ黒ななにかが青白く輝き始め、ゆっくりと動き出した。
「なんだあれは……?」
青白い輝きは徐々に人型に変わり、高さが十メートルはありそうなほどの大きさになって、光は収まった。
「ひはは! これが夢にまで見た、魔族を殺すための最終兵器! 魔導兵士アンゲロス!! さあ、魔王を滅ぼしたまえ!!」
アンゲロスと呼ばれた魔導人形と思わしき兵器は、ファブリの言葉に反応し、両手を前に出した。すると、アンゲロスの手の間に紫色の光が発生し、どんどん大きくなっていく。
「ソフィ、後ろに下がってろ。リペルでかき消す」
「わかった。反撃は任せて」
ソフィが魔法の発動準備をし始めた時、紫の光は収縮し、俺に向かってビームのようなものを発射した。
俺は、そのビームがリペルの射程距離に入るのを確認し、魔法を発動した。
「〈リペル〉!」
だが、俺の無効化魔法はビームをかき消すことも、威力を弱めることもなかった。
「な!?」
ビームは俺に向かって一直線に飛んでくる。そして、俺の後ろにはソフィがいる。
だが、リペルの射程距離まで待っていたせいで、ガードが間に合わない。ならせめて、ソフィだけでも守る!
俺は、後ろにいるソフィに向かって手を伸ばし、シールドを使おうとした。
しかし、それより早く、ソフィの魔法が発動した。
「〈エレキシールド〉!」
俺とソフィの周りを、半円状の電磁波が覆い、ビームはその周りを滑るようにして上方向に軌道が逸れた。
ビームは、俺たちが開けた扉の上の天井にぶつかり、凄まじい破壊音とともに瓦礫が落ちてきた。
「ソフィ! 助かった!」
「うん! 私もアル君を守るから!」
あの威力を直接くらっていたとすると、死にはしないまでも、戦線復帰に時間がかかるほどの怪我を負っていただろう。本当に助かった。
「ちっ、外れたか。なら、もう一度だ! いけ! アンゲロス!」
ファブリの声で、アンゲロスは再びビームを溜め始めた。
俺は、アンゲロスの溜め動作が終わる前に魔眼を使い、ビームの特性を確認する。
すると、ビームは魔法ではなく、魔力そのものを発射しているということがわかった。
なるほど。リペルは魔法を無効化する魔法。魔力そのものは消せないのか。
「アル君! もう一発来るよ!」
「問題ない。もう解決法はわかった」
「蹴散らせ! アンゲロス!」
アンゲロスは、先ほどよりも大きくなったビームを俺に向かって発射した。
俺はビームの方に向かって、右手を前に出す。
俺の右手と飛んできたビームが接触した瞬間、ビームは弾け飛び、バラバラになって消え去った。
ファブリの方を見ると、口と目を大きく開けていた。
俺の魔力操作の技術を甘くみていたようだな。
他人の魔力を最大で百人ぶんは操れる俺の技術なら、このビーム一発の魔力を拡散させることくらい、造作もないことなのだ。
そして、ソフィが構えていた魔法を発動させようとした。
だが、俺はその瞬間、大変なことに気がついてしまった。
「コキュートーー」
「ソフィ、待て!」
ソフィは俺の声を聞いて、魔法を解除した。
「どうしたの?」
「そのまま魔法は構えておけ」
「わ、わかった」
ついビームの方に気を取られていたが、あの魔導人形、ビューレの魔力で動いてやがる。
「おい、ファブリ! ビューレはどこだ!?」
「…… ふ、ふふふ、今更気がついたか、アルフレッド! だが、もう遅い! ビューレはアンゲロスの心臓となったのだ!」
俺はもう一度アンゲロスを魔眼で見る。すると、胸のあたりから魔力が放出されているのが見えた。
「アル君!? どういうこと!?」
「あの魔導人形、おそらくビューレが核になって動いているんだ。うまく取り出してからトドメを刺さないと、ビューレまで死ぬ」
俺が剣を構えながら、ソフィに説明をすると、ファブリは不敵な笑みを浮かべて、挑発的に肩をすくめた。
「それが君たちにできるかな?」
「このためにビューレを攫いやがったのか……」
アンゲロスは三度ビームを溜めると、今度は魔力を変化させ、槍のような形状に変化させた。
「アンゲロスは接近戦も可能! さあ! やれぇい!!」
アンゲロスは槍を構え、俺の方に突撃してきた。
構造がわからないぶん、アンゲロスに触れて自分の魔力を流さなければ、取り出す方法も検討がつかない。
俺は、真っ直ぐこっちに向かってくるアンゲロスを見ながら、ビューレを取り出す方法を考え始めた。
「ソフィ、とりあえずあいつの動きを止めてくれ」
「わかった。〈コキュートス〉」
ソフィが左手で放った最上級の氷魔法によって、アンゲロスの手足は氷漬けになった。
しかし、ソフィの魔法はまだ終わっていない。
「もう一発! 〈インフェルノ〉!」
ソフィは凍った手足を狙って、最上級の火魔法を発動させた。
すると、物体の温度が急上昇したことにより、氷とともにアンゲロスの手足が破壊された。
俺はその隙を見て、アンゲロスの胸部に接近し、手を触れて魔力を流し込んだ。
アンゲロスの体の性質や状態などを確かめつつ、その構造から、どのような方法でビューレを救えるかを思考する。
いくら頭が良かろうと、相当な時間が必要な作業だが、アンゲロスもファブリも、それを待ってはくれなかった。
「くらえ! 特性シビレ玉!」
ファブリは、パチンコのような魔道具を取り出し、玉を俺に向かって撃ってきた。
俺はその玉を剣で切ったが、切断部分から大量の電気が体に流れ込んできた。
「ぐぅ……」
俺が痺れて動けない間、アンゲロスは自己再生を進め、そろそろ完全に手足が再生する頃だった。
これ以上は調べられないので、俺は一度アンゲロスから離れ、ソフィの近くに着地する。
「アル君、大丈夫? 〈ウィンドショット〉」
「ぬおっ!?」
ソフィは、ファブリに向かって風魔法を使い、ファブリはそれをヘンテコに仰け反って躱した。運のいいヤツめ。
「情報はどうだった?」
「アンゲロスの胸部を綺麗に切り取れば、俺のリペルを使って、ビューレを吸収している魔法陣を止めて、救えるかもしれない。あくまで予想でしかないが……」
ただの仮説ではあるが、他の方法は今のところ思いつかない。とりあえず、試してみるしかないだろう。
「でも、少しでもわかったなら十分でしょ? アル君、また動きは止めるから、上手く斬ってね」
「了解」
ソフィが再び魔法の構えを取ると、アンゲロスはソフィを狙い、小さなビームを連続して放ってきた。
「〈シールド〉」
小粒ビームは俺の魔法によって遮られ、一発もソフィに届くことはなかった。巨大なビームならともかく、豆鉄砲を防ぐのは簡単だな。
アンゲロスは遠距離攻撃が効かないとわかると、再び槍を作り、突撃して振り下ろしてきた。
俺は振り下ろされた槍を、十分に魔力を込めた剣で受け止める。その衝撃波だけで、ファブリは後方に飛ばされていた。
俺は槍を弾き返し、アンゲロスの足を狙って剣を振る。だが、アンゲロスは巨体な割に素早く、華麗なステップで避けられた。
「なかなかいい動きをするな。しかも巨体を生かした振り下ろし、普通の魔族だったら確実に潰れるだろう…… だが、俺は魔王だ!」
俺は、アンゲロスに向かって走り、剣を叩きつけるように振った。
アンゲロスはそれを受け止めようとしたが、剣の威力に負け、後ろの壁まで飛ばされた。
「アル君! いくよ! 〈ラントニングボルト〉!!」
ソフィによって放たれた収縮された電気弾は、アンゲロスに触れた瞬間、閃光と爆音を起こした。
俺は、戦闘不能状態のアンゲロスに近づき、頭と手足を斬り落とし、胸部を掴んで、ソフィの方に投げる。
ソフィがそれを風魔法で受け止め、着陸したのを確認し、俺もソフィのもとへジャンプして戻った。
そして、着地と同時にアンゲロスの胸部に魔力を送り込み、状態を完全に理解する。胸の中では、ビューレが体の正面で、祈るように手を組んで眠っていた。
だが、ビューレとアンゲロスは融合しかけていて、半分一体化している。物理的に取り出すことはできそうにない。
「なら、これでどうだ…… 〈リペル〉!」
俺がリペルを使うと、アンゲロスの外殻は少しずつ溶け始め、ビューレの輪郭が徐々に見えるようになってきた。
「く、そ…… 僕の計画を…… シビレ玉!!」
「〈ライトニングショット〉」
「ぐあっ!?」
ファブリは俺に向かってシビレ玉を撃とうとしたが、ソフィの魔法によって逆に痺れさせられ、地面に倒れこんだ。
その間にリペルの効果によって、ビューレをアンゲロスから取り出す。
「ビューレ! 起きろ!」
「ビューレさん! しっかりして!」
「う…… 私は……」
「よかった。なんとかなった、みた、い…… は?」
俺は、立ち上がった無機質な目をしているビューレに、貫手で胸を貫かれていた。
「私は…… アン、ゲロ……ス?」