信頼とは
ホムンクルスの数は、剣持ちが三人、槍持ちが五人、弓持ちが五人の計十三人だ。
太陽の光が直接届かない場所なので、〈クリスタルレーザー〉は使えない。どうやら、体術でなんとかするしかないようだ。
「体術だけか…… 得意分野だな!」
俺は正面にいる剣持ちに突っ込み、逆袈裟に斬り込んだ。
ホムンクルスは、俺の一撃を剣で受け止め、衝撃を殺しきれずに横に吹き飛んだ。
俺はすかさず、空中に浮いているホムンクルスに追い、上段からの一撃で真っ二つに斬り裂いた。
俺が剣を振り終えると、横から矢が飛んできた。
俺はそれをはらりと躱すと、続いて横から二槍の槍。
こちらは剣を横に振り回しながら避け、躱すと同時に槍を叩き折った。
ホムンクルスは、槍を失ったのを認識すると後ろに下がり、新たに剣持ち二人と槍持ち二人が前に出てきた。
「悪いが、正々堂々付き合ってやる暇はないんでな。〈フラッシュ〉」
俺は手のひらに魔力を集め、その魔力をそのまま光に変えて閃光を作った。
人造であっても、五感を持ち合わせているホムンクルスが怯んだところで、俺は弓持ち五人のところへ走り、すべての首を跳ね飛ばすことで殺した。
そして次に、音楽堂の窓を拳で割り、外に手を出す。
俺は、もう一度手のひらに魔力を集め、それで正十二面体を形成し、光を集めた。
「〈クリスタルレーザー〉」
溜め時間が短いため、威力は低いが、俺の魔法はすべてのホムンクルスを焼き払った。
「さて、ファブリはどこだ?」
俺は魔眼を使い、音楽堂の地下を透視する。すると、ファブリは例の分厚い壁で囲まれた部屋に入ろうとしていた。
「あいつ、あの中にビューレを連れていって、いったいなにをする気だ?…… 考えるのはあとだ。とにかく、急がないとな」
俺は時間短縮のために、右拳を強く握り、そこに魔力を込めて、思いっきり床を殴ろうとした。
「ふんーー」
「アル君!!」
「ん?」
床すれすれで拳を止めて、音楽堂の入り口を見てみる。するとそこには、息を切らした様子のソフィが立っていた。
「ソフィ、どうしてここが……」
「はぁ、はぁ…… どうしてじゃないよ! いったいなにをしてるの!?」
ソフィは一度喉を鳴らすと、俺を怒鳴った。
俺は、ソフィになるべく動揺が伝わらないように振り向く。
「今から決着をつけに行くところだ」
「決着? いったいなんの?」
ソフィは怒りのオーラを納めず、怪訝そうな顔をした。
「レクイエムのトップ、ファブリとな」
「え? ファブリ君がレクイエムの……?」
ソフィは、初耳の情報を聞いて驚いた顔をすると、下を向き、こちらに向かって歩き出した。
「ああ、話している暇はない。ビューレが攫われているんだ。急がないとーー」
ドスッ…… と、俺の胸に衝撃が走った。
ソフィが、俺に向けて拳を突き出したのだ。
「ソフィ?」
「どうしていつも…… そうやって、アル君一人で解決しようとするの!?」
ソフィを見てみると、こっちを睨んでいるパッチリとした目には、大粒の涙が溜まっていた。
「ファブリ君がレクイエムのリーダーで、ビューレさんを狙っていたのなら、それを言ってくれればいいじゃない! 私だって探るのに協力したし、最初からここにいれた! どうせアル君のことだから、今度また私が危ない目にあったら、なんて考えてたんだろうけど、そんなの余計なお世話だよ!」
「……」
「いい、アル君! 私は将来、アル君のお嫁さんになる女なんだよ! だから私は、アル君のこと信頼してるし、そりゃ危ない目にあってほしくないとも思ってる。でも、夫婦になるんだから、私のことも信頼してよ! 少しでもいいから、私を頼ってよ!」
ソフィは、俺に反撃の余地を与えず、一気にまくし立てた。
俺の胸に額を当て、悔しそうに叫んだ。
俺は、ソフィの言葉を理解するのに、少しばかり時間を要した。殴られたことも、ソフィが泣き叫んでいる意味も、よくわからなかったのだ。
しばらく放心して、俺は、ソフィが息を荒げて話した内容が、頭のすみずみにまで行き届くのがわかった。
ソフィを頼る。
確かに俺は、ソフィを危険な目に合わせないように、ということしか考えていなかった。守ろうとするあまり、ソフィに任せようとはしなかった。
ソフィだって強いのに、俺は、ソフィを極力戦いに巻き込まないようにすることばかりを意識していた。
これでは、守るということはできても、ソフィを信頼しているとは言えない。
信頼というのは文字通り、こいつならやってくれると、信じて頼ることだ。
なら、俺がするべきことは……
「ソフィ、悪かった。ソフィが思っていることを、俺は自分の利益のために、まったく考えもしなかった。ソフィはあんなにも、俺のことを信頼していたってのにな…… 今更かもしれんが、協力してくれるか?」
「…… うん!」
ソフィはみるみるうちに笑顔になり、大きく頷いた。
帰ったら、結婚生活について色々考えないとな。
そんなことを思いながら、俺はもう一度拳に魔力を込め、床を殴り抜いた。