答え合わせ
「みなさん、種族ごとにちゃんと並んでくださいー!」
エレナは、俺たちが聞いたこともないような大きな声で、騒めいている亜人たちをなだめていた。
あの後、亜人救出の作戦はなんの問題もなく進んだ。
俺たち潜入チームは戦闘用のホムンクルスに襲われたが、音楽堂の扉をくぐると、追ってくることもなく、三人無事に逃げ切ることができた。
ホムンクルス…… 無表情で死ぬことを恐れずに襲ってくるとは、まるでゾンビだな。
俺たちが帰ってきたことを、聖騎士とリベリオンが知ると、作戦失敗かと思ったそうが、ラッキーなことに道は二方向しかなく、俺も亜人たちの魔力を確認していたので、そのことを伝え、全員で地下の左側の通路を進んだ。
ホムンクルスによる妨害や戦闘があったが、さすがは聖騎士とリベリオン。ホムンクルスたちを次々に倒し、無事に亜人たちを救出した。
亜人たちは全員地下にいて、鉄製の檻に閉じ込められていたが、聖騎士とリベリオンの協力のもと、鍵を破壊してなんとかなった。
「あれ? そういえばファブリ君は?」
ソフィの素朴な疑問。
俺は、ビューレがいないことも確認済みだ。
「ソフィ、エレナを頼む」
「え? うん、わかった。アル君はどうするの?」
「少しやり残したことがあってな。片付けてくる」
「そっか。じゃあ、頑張ってね」
「おう、ありがとな」
そう、レクイエムとの戦いは、まだ終わっていない。
組織というのは、頭を叩かなければ再生するからな。
ソフィに見送られ、俺は音楽堂へ走り出した。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
俺はさっきと同じように、外の壁から中に侵入すると、ステージに置いてある椅子に腰かけた。
そのまましばらくの間座っていると、足音が聞こえ、誰かが外側から表の扉を開けた。
中に入ってきたのは、知っている顔。
奴は、聞いたことのない声のトーンで話しかけてきた。
「アルフレッド…… か」
「こんなところでなにをしているんだ? ファブリ。しかも、そんな荷物まで抱えて」
力なくうなだれているビューレを抱えたファブリは、真っ直ぐこちら側に歩いてきて、ステージの手前、俺の正面で止まった。
俺はそれを見て椅子から立ち上がり、ステージから降り立った。
「俺はレクイエムと聞いた時、真っ先に鎮魂歌のことだと思った。だからこそ、それがなにかしらの音楽集団だと思ったし、実際に音楽集団でもあった」
「まあ、表向きはそうだからね」
ファブリは仕方なさそうに、俺の話に乗ってきた。
「だが、この世界のレクイエムというのはもともと、そういった意味でつけられたものじゃない」
「へぇ……」
「これはソフィからの情報だが、レクイエムは、死者のためのミサだそうだ。これは、魂の安息を願う儀式のことらしい。ならなぜ、この組織がレクイエムという名前なのか……」
肩をすくめて、ファブリは口を開いた。
「そのままの意味じゃないか? 人間の魂を安らげるための組織だ」
「その人間の魂を堕とそうとするのはなんだと思う?」
「悪魔だね」
「そうだ、悪魔だ。そして、真神教の悪魔は、魔を司るもののことを指す。つまり……」
「魔族」
そう答えた瞬間、ファブリの口は三日月状に歪んだ。
「レクイエム…… いや、お前の目的は、魔族の全滅…… 違うか?」
「ふふ、さすがは魔王だ。こんなにも早く見破られるなんて…… なんで僕だとわかったんだい?」
ファブリは、表情を崩さずに聞いてきた。
「まず、お前がビューレを探していたのにも関わらず、俺のポーチを盗もうとしたこと。そして、お前がレクイエムの情報を知りすぎていたことだ」
「お父さんの話は信じてもらえなかったのかな?」
「お前の父が本当にレクイエムの幹部で、お前がレクイエム基地に何回もバレずに侵入していたのなら、もう少し潜入の手際がよくてもいいんじゃないか? あれじゃあ、どんな間抜けな門番でも侵入に気がつく」
俺は、椅子を倒したファブリの様子を思い出す。
「なるほど。僕を潜入チームに入れたのはそういうことか」
「それに、お前は魔道具を見たといったな。どうやってだ?」
「そりゃもちろん、隠れながら様子を伺ってたんだよ」
今更逃げようもないのに、適当なことを言う。
「それは不可能だ。あの分厚い壁に囲まれた部屋には、覗き込む穴なんか存在しない」
「僕が行った時には土の壁はなかったし、扉が開いてたんだよ」
「あの五メートルもあるような扉を開けっぱなしにしていたのか? 秘密の魔道具だって言うのに、随分と警備が薄いもんだな」
俺が扉のサイズを言い当てたことで、ファブリはここに来て初めて、驚きの表情を顔に出した。
「どうして扉のことを……」
扉は、潜入チームとして侵入した時には発見できなかった。いや、ファブリによって、意図的に発見できないようにされていた。
「お前は魔眼を甘く見過ぎだ。扉が埋められていたとしても、それを開くための回路があれば、それを伝って仕組みを見抜くことなど、俺の魔眼にとっては簡単なことだ」
通路の右壁に埋まっていた魔法陣の回路。それは壁を伝って、音楽堂の垂れ幕の裏にあった扉と繋がっていた。
「どんな回路かは全体が見渡せなかったせいで、これは予想でしかないが、垂れ幕の裏の扉が閉まると、通路が土で塞がれる、といった仕組みか?」
「……」
「まだ不思議そうな顔をしているな。回路がわかっただけなのに、扉のことまでなぜ知っているのかと…… なに、難しいことじゃない。魔王の魔眼なんだ。透視くらいできてもいいとは思わないか?」
「なるほど。僕は根本的に、魔王の能力を低く見積もっていたわけだ」
俺は、腰にさしているミスリルの剣を引き抜き、剣先をファブリに向ける。
「それが命取りだったな。ファブリ」
ファブリは、しばらく不気味な笑みを浮かべていたが、俺が剣を向けたのを見て真顔に戻った。
「ところで、アルフレッド。ここに、なぜソフィさんを連れてこなかったんだい?」
「もう、離れたくはないからな」
俺は端的に答えた。
「ふふ、そうかい。アルフレッド、君は確かに脅威だ。だが、詰めが甘い!」
ファブリは指をパチっと一度鳴らした。
「なにをする気だーーうお!?」
俺は突然、真横から現れた人影に蹴られ、壁に激突した。
「さあ! 僕を捕まえてみるといい!」
ファブリはその間にステージに登り、垂れ幕の裏に入っていった。
「ちっ! 待て!」
俺はそれを追おうとしたが、俺の目の前に人影が立ちはだかった。
「……」
すると、どこに隠れていたのか、音楽堂の様々な隙間から人がぞろぞろと出てきた。しかも、全員が戦闘態勢で、剣や槍、弓を持っている。
俺は、出てきた奴らの無表情ぶりに、見覚えがあった。
俺は魔眼を使い、無表情の人間たちを確認する。すると、音楽堂の中から出てきた人間は、全員が魔力を持っていなかった。
「やはりホムンクルスか……」
「……」
一言も発さないホムンクルスたちは、俺に無感情な目線と、それぞれの武器を向けてきた。
「一匹残らず倒さないと、ファブリのもとへはたどり着けないってか。厄介だな」
俺は剣を構え直し、左目を閉じて、ホムンクルスに対峙した。