実行
聖騎士たちは、レクイエムの基地の周りを覆うようにして広がり、正面の舞台が松明を準備している。
時刻は深夜零時。
この時間が、寝込みを襲うのが最も効率がいいと判断した。
まず最初に、侵入チームである俺たちが中に入り、問題がなければダンに連絡。それから聖騎士が一斉に動く手立てだ。
「よし、ファブリ頼む」
「わ、わかった」
「あんまり緊張するな。見つかる確率は低い」
俺はファブリの緊張をほぐすように、背中をポンと一回叩いた。ファブリはそれを受けて一度深呼吸し、「よしっ!」と気合を込めると基地の中に潜入した。
俺とソフィは、落ち着いた様子のファブリの真後ろをついていく。
音楽堂の窓から下を除き、誰もいないのを確認して、音を立てないように窓枠を壊す。そこからロープを投げ、それを伝って下まで降りた。
中には人は誰もおらず、ステージにある楽器類と椅子しかなかった。
しばらく周りを見渡していると、ガタンという音がした。振り向くと、ファブリがステージ上の椅子を倒していた。
ファブリは慌てて、椅子を元の場所に戻す。
「ふ、二人とも、こっちだ」
ファブリの案内でステージに上がり、垂れ幕の裏を見る。するとそこには、横幅が三メートルもあるような、大きな鉄の扉があった。
「垂れ幕で扉を隠してたのか」
「そう。そして、ここからがレクイエムの基地になってる」
「ファブリくん、案内よろしくね」
「ま、任せておいて」
ファブリは音を立てないように慎重に扉を開け、俺たちはそれに続いて中に入った。
俺たちが入ると、ファブリが扉をゆっくりと閉めた。
中には地下に続く梯子がかかっており、下は暗くてよく見えない。
「一人ずつ下るのは、時間が惜しいな」
「風魔法を使って飛び降りる?」
「そうしよう」
ソフィはすぐに魔法を用意して、俺はソフィをお姫様抱っこで抱えた。
「二人とも、どうするの?」
「ファブリ、俺に続いて飛び降りろ」
「わ、わかった」
俺はソフィを抱えたまま下に飛び降り、ファブリもそのあとに続いた。
数秒の間、重力による加速で落ちると、ソフィが魔法を発動させ、下からの強い風を受けて減速した。
落下の勢いが完全に消えた時、足には、地面の感覚があった。
「さすがはソフィ。ぴったりだな」
「えへへ。すごいでしょ?」
「ああ、すごいよ」
「うわ」
「〈シールド〉」
「……」
俺とソフィが惚けていたところで、落下の衝撃はほとんどないはずなのに、恐怖で声を出そうとしたファブリの口を、俺のシールドが塞いだ。
ファブリは尻餅をついたが、すぐに立ち上がり、俺がシールドを消すと、安心したようなため息をつき、軽く尻を手で払った。
「ごめん。ありがと」
「気にするな」
視線をファブリから前に戻すと、すぐ正面は行き止まりになっており、道は左右に分かれていた。
「ファブリ、道順は覚えているよな?」
俺は確認のため、小さな声でファブリに話しかけた。
「ああ、大丈夫」
ファブリは頷き、右側の通路の方に歩き出した。
俺とソフィもそれについていく。
俺は念のため、左側の通路を魔眼で見た。すると、その奥にたくさんの魔力が確認できた。
おそらく、亜人たちだろう。
俺は、普通の視界でファブリを捉えながら、今度は魔眼の視界で、右側の通路を見ていく。
気になるものはいくつかある。
通路の左側にある、例の分厚い壁と魔道具。右の壁に仕込まれた魔法陣と、その回路。床の下から感じる、謎の威圧感。
しばらく歩いていくと、道は土で塞がれた場所があり、通り抜けることができなくなっていた。
「そ、そんなばかな……」
「ファブリ、本当にこっちであってたんだろうな?」
「本当だよ! 僕が前に来た時には、ここには道があったんだ!」
その言葉を信じるのなら、この道はここ一週間で埋まったことになる。
「とりあえず、その壁を調べてみないことには、なんとも言えないな」
俺が壁に近づき、手を触れようとした時、俺たちが歩いてきた方の床が突然割れ、なにかが飛び出した。
「なんだ!?」
ファブリが驚きを口にする。
「……」
そこには無表情でこちらを見つめる。人間がいた。
「レクイエムに見つかったか」
俺が振り向いても、無表情の人間はこちらをジッと見つめたままだ。
「……」
現れた人間は、無表情のまま俺たちを見渡すと、突然ファブリの方に顔を向けた。
「ひっ!」
叫びたくなる気持ちもわかる。なんの感情もわからない顔が、自分の方を向いたのだ。当事者にしたら、相当不気味だろう。
無表情の人間は、不気味に首を傾げると、なんの予備動作もなく、右手を伸ばしてファブリに突撃した。
「うわぁ!?」
戦闘経験がないであろうファブリは、当然驚いて、頭を腕で覆ってしまった。
まずいな。あの体勢は視界が塞がるから、戦闘中にやっていい行動ではない。相当危険な状態だ。
俺は、ファブリの正面にシールドを張ろうとした。しかし、その必要はなかった。
無表情の人間は、突き出した右手を、ファブリの正面に立ったソフィに捻られ、あっさりと投げられたのだ。
さすがはソフィ。あれは、俺が父様と組手をやった時に覚えて、それをそのままソフィに伝授した技だ。しかも、かなり綺麗に決まっている。
美しく投げ技を決めたソフィの立ち姿は、まさに大和撫子といったところだ。髪が黒いわけではないのだが。
俺は、ソフィによって転がされた人間の首を剣ではねると、剣を鞘に収めた。
「ファブリ、もう大丈夫だ」
「あ、ああ…… ありがとう」
「ソフィ、いい投げ方だったぞ。百点だ」
「咄嗟にやったけど、上手くいってよかったぁ」
胸に手を当て、ホッと一息ついたところを見ると、あの立ち姿に似合わず、緊張したらしい。
そんなソフィを、俺は褒めちぎる。
「実戦であれができれば完璧だ。次もよろしく頼む」
「うん!」
ソフィを笑顔を見て満足し、俺が再び土の壁に手を触れようとすると、次は通路全体の床が割れ始めた。
「おいおい、冗談だろ?」
冗談だと言って欲しかったが、これは現実である。
俺たちの来た道には、数十人の無表情の人間が飛び出してきた。
狭い道でこの数。しかもこちらは、ファブリというお荷物までいる。俺はさすがに、本気を出さねば切り抜けられないと思い、気を引き締めた。
「…… そうか。こいつらが……」
「アル君? なにかわかったの?」
「ここに来る途中、下からの威圧感があったの、気がついてたか?」
「まあ、なんとなく感じてはいたけど。気のせいじゃなかったんだね」
「ああ、それも、人間にしては威圧感が強すぎると思ったんだ。そうしたら、こいつら全員、戦闘用のホムンクルスだぞ」
はたして、戦闘用以外のホムンクルスがいるのかはわからないが、少なくとも、普通の人間よりは身体能力は高いだろう。
「ど、どうするんだよ!? この数じゃあ!」
「ファブリ、突破口は作ってやる。全力でここを脱出するぞ」
「わ、わかった!」
ファブリは、意を決したように頷いた。
「ソフィ!」
「わかってる! 〈ライトニングボルト〉!」
ソフィの魔法が発動した瞬間、俺たち三人は、出口に向かって全力で走り出した。
途中、少しだけ振り向き、ソフィの魔法によって傷のついた土の壁に、魔法陣の回路が通っていることを確認すると、俺は剣を引き抜き、前から襲ってくるホムンクルスを斬りつけた。