レクイエムの目的
エレナが泣き止み、ソフィがエレナの頭を撫で続けて十分が経過した。
俺はその間、レクイエムについて思考を巡らせていた。レクイエムは結局、どういう目的のために作られた組織なのか、ということについてだ。
ビューレによると、レクイエムができたのは大体二年前だそうだ。いつのまにか結成されていたらしいので、正確な時期はわからない。
人身売買だとか密売だとか、そんな金稼ぎはともかく、レクイエム の目的はやはり、あの魔道具によってなにかをすると考えるのが妥当だろう。
魔道具は、分厚い壁で覆われた部屋の中にあった。
魔眼でしか確認ができず、魔法陣しか見えなかったのせいで、パッと見ただけでは全体を理解することができなかった。だが、ヨハンならあるいは…… いない人物に頼っても仕方ないか。
魔道具の全貌がわからない。あの魔道具が、目的を知る鍵だとなると、その目的はなんだろう?
考えはぐるぐると回り、魔道具以外で目的を知る糸口がないかと、記憶を探る。だが、そう簡単には出てきてくれない。
「…… アル君」
「ん?」
俺は、ソフィに呼ばれる声で、思考の渦から帰ってきた。
「また考えごと?」
「ああ。結局、レクイエムの目的がわからないままだったからな」
「奴隷売りじゃないの?」
目を腫らしたエレナが、積極的な姿勢で話に混ざってきた。
「それが本当の目的じゃない。レクイエムは、謎の魔道具を隠し持っているからな」
「その魔道具でやることが、レクイエムの目的?」
「確証はないがな」
エレナは首を傾げて悩むと、なにかを思いついたように、人差し指を立てた。
「わかった。浄化装置だ」
「浄化装置?」
訳がわからん。なぜレクイエムの魔道具が、浄化装置に繋がるんだ?
「うん。だって、レクイエムってそういう意味なんでしょ?」
「そんな馬鹿な」
レクイエムの言葉の意味が浄化装置だったら、一体あの鎮魂曲はなんだと言うのだ。確か、ヴェルディだかなんだか……
「違うかな?」
エレナは心配そうに、ソフィの方を向いた。
ソフィは一瞬困った顔をしたが、エレナの表情を見て、なるべく傷つけないように言葉を選びながら、話し始めた。
「少なくとも、浄化装置ではないと思うけど…… でも、それに近い意味はあった気がするね」
こう、人を思いやる絶妙な言葉選びというのは、俺にはできない。俺は、割とスパッと言うからな。
こういうところが、ソフィのいいところだと思う…… というのはさておき、
「レクイエムって音楽用語じゃないのか?」
そんなような意味があることを、俺はまったく知らなかった。
そんな無知な俺に、ソフィは優しげな目を向け、口を開いた。
「レクイエムは確か、最初は鎮魂曲って意味ではなかったんだと思う。そのもともとの意味は、私もちょっとわからないけど」
「ほう。鎮魂曲と言うと、なんだか宗教チックだな」
何気なく呟いた一言だったが、これがソフィの顔つきを変えた。
「…… ミサ」
「誰だ?」
ソフィがボソッと呟いた一言に、俺がすかさずに疑問を投げかける。
「人名じゃなくて、儀式のこと!」
「儀式? 一体なんの?」
「鎮魂のだよ! そっか、レクイエムってそういうことだったんだ!」
ソフィには、俺のわからないなにかがわかったらしく、なにやら興奮していた。
「ソ、ソフィ? なにかわかったのか?」
「うん! レクイエムの意味、アル君よりも早くわかっちゃった!」
俺に勝てたことがそんなに嬉しいのか、今にも踊り出しそうな様子で、ソフィは満遍の笑みを浮かべた。
「ソフィ、教えてくれ」
「うん! ええとね……」
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ソフィの説明を聞いた俺は、我が婚約者の意外なおてんば力を見せつけられた気分で、頭を抱えていた。
「あ、あの、アル君…… ごめんね」
「いや、いいんだ。ソフィにとって、俺に勝ったっていう事実が、まさか物事の意味を理解する前に喜ぶレベルの幸福であったとは、思いもしていなかっただけだから」
「あぅ……」
変な角度からの愛情(?)を受け取ったと思いこんで、俺は顔を上げた。
「それにしてもなるほどな。悪魔か……」
「真神教的に言うと、悪魔じゃない」
俺と一緒にソフィの話を聞いていたエレナが、俺に対してツッコミを入れた。
なんだか、仲間になった途端、急に態度が柔らかくなったな。これもソフィのおかげか?
「いやまあ、魔法を実力って意味では、人間よりも才能があるのは確かだがな」
それがレクイエムの目的となると、あの魔道具は一体どんな兵器なんだろうな? 作戦が始まるまでに、もう一度確認してくるか。
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《悪魔》
デーモンという魔物は、この世界に、いそうでいない。