エレナの過去
エレナの尋問にあたり、念のためにビューレには部屋から出て行ってもらった。
これで心置きなく話せるな。
「さて、エレナ、お前には選択肢が二つある。一つは死ぬこと。これはおすすめしない。なにもいいことがないからな」
一言目に脅し文句が出るのは、俺の悪いところかもしれない。これでは尋問ではなく恐喝だ。
「……」
エレナは、俺と目を合わせたまま動かない。
「もう一つは、俺たちの仲間になることだ。ちなみに、俺はこっちを強くおすすめする」
「仲間になろうにも、信用される可能性がない」
エレナは、俺の言葉を強く即決で否定した。
死にたいわけじゃなかろうに。
「信用を得る方法がないのなら、俺はエレナを誘ったりしない」
「…… どうすればいいの?」
エレナからは、疑いのオーラが溢れ出ていたが、俺は気にせず説明をする。
「闇魔法の洗脳を自分自身にかけてみろ。俺たちの質問に、正直に答えられるようにな」
エレナは、帝国にいた頃は人間を姿をしていた。それはつまり、自分の見た目を変える闇魔法を使える、ということである。というか、俺の魔眼が見ているエレナの魔力は、黒い。
この方法で自身を軽い洗脳状態にし、嘘偽りない情報を吐いてくれれば、エレナの不信も消える。
「その私の状態を、いったいどうやって確認するの?」
「俺の魔眼を使う。こいつなら、お前の状態の確認くらいは容易だからな」
エレナは俺の目を見て、俺たちが信用できるのかを確認していた。
誰かの命令で、自身に洗脳の魔法をかけるというのは、はっきり言うと自殺行為である。なぜなら、自分の意思で動くことができなくなるからだ。
つまり、完全に相手に従う人形になってしまうということだ。
エレナは、それからしばらく悩んだが、突然開き直ったかのようにして、こちらを見上げた。
「やるわ」
「わかった。なら、すぐに始めてくれ」
エレナは俺の言葉に一度頷き、自分の頭を掴んで一呼吸置いた後、自身に軽い洗脳魔法をかけた。
すると、エレナは両手をだるんと脱力したように腕を落とし、目は虚ろで、洗脳状態にかかっているのが魔眼を使わなくてもわかった。
一応魔眼を使い、エレナの状態を確認する。
エレナの頭には、黒いモヤのようなものがかかって見えた。洗脳魔法が効いている証拠である。
「アル君、質問しても大丈夫?」
「ああ、これなら問題ないだろう」
「それじゃあ、エレナちゃん、質問に答えてね」
ソフィが尋ねると、エレナは頭を一度だけ縦に揺らした。
俺とソフィは、確認するように目を合わせ、エレナへの質問を開始する。
「エレナちゃんが今まで体験してきたこと、色々教えて」
「…… 私は……」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
私は、帝国にある貧困な村に生まれた、ハーフエルフだ。
この村は、教会に行くこともできないほど貧しいが、みんなで協力して作物を育てている。いい暮らしではないかもしれないが、なかなかに幸せな村だった。
そんなある日、唐突に村に山賊が押し寄せ、村の人たちを次々と殺していった。
父を殺された私は、母の言う通りに、クローゼットの隙間に隠れ、山賊が去るのを震えながら待っていた。
目を覚ました時、私は綺麗な病院のふかふかのベッドの上だった。
私は恐怖に耐えかね、途中でいつのまにか気絶していたのだ。
「おや、気がつきましたか」
「誰ですか?」
私のベッドの横には、真っ白な服を着た人間が座って、本を開いていた。
「私はジンという者です。ちなみに、軍所属で階級は少佐です」
「!? し、失礼しました!」
私はジンという男の階級を聞き、急いで立ち上がろうとした。
しかし、少佐は私の肩に手を置き、ベッドから立ち上がらせなかった。
「辛かったでしょう。村があんなことになって」
私はその一言で、現実に引き戻された。
「あ…… お、お母さんは!?」
「残念ながら……」
少佐は首を横に振り、私の母がもう死んでいることを告げた。
「あ、あぁ…… あああっ……」
私の目からは大粒の涙が溢れ出し、それから声が枯れるほど泣いた。
私は泣き疲れて、また意識を失ってしまい、再び同じ場所で目を覚ました。
「おはようございます。寝起きのところ申し訳ないのですが、お名前を聞かせていただいても?」
私はガンガンと痛む頭を振り、眠気を吹き飛ばした。
「エンリです」
「ありがとうございます。ではエンリ、あなたに任命します。私の部下になりなさい」
それを聞いた時、私はなにかの間違いかと思った。
「そ、それはどういう……?」
「そのままの意味です。あなたには優秀な魔法の才能があります。それもその歳で、人間の目を欺けるほどの闇魔法を」
「や、闇魔法…… ですか?」
私の故郷では、教会に行けるほどのお金がない。そのため、自分の魔法適正など知るよしもなかった。
「ええ、気がついていないようなので言っておきますが、あなたの村を襲った山賊。やつらは、あなたの村の人間を、食料の確保のために一人残らず殺しました。あなたを除いて…… なぜだかわかりますか?」
「わかりません……」
「あなたは無意識のうちに闇魔法を発動させ、自らの存在感を極限まで薄めました。そのおかげで、私たち軍が助けに行くまで、あなたは生き残っていた。これは素晴らしい才能です。私はあなたが欲しい。そして、あなたは生きる術が必要なはずです。悪い話ではないと思いますが?」
私は当時八歳だったが、これからの生活が保障され、仕事ができるというのは、とても良い状態なのだということは理解できた。
「わかりました。私、頑張ります!」
「そうですか。では、今日からあなたの名前はエレナです。ちなみに、あなたの過去の情報については、すべて抹消しておきます。その歳でこの経歴となると、周りの人に虐められますから…… ねぇ」
こうして私は、魔法とスパイの訓練を受け、いくつもの任務を遂行していくことになった。