魔物がいるはずの森
サバイバル訓練の趣旨は、魔物を自分の手で倒すことや、その支援をすること。そして、森の中でも、自給自足で生活できるようにすることだ。
この訓練では、五人一組の班を作り、そのメンバーで二泊三日を過ごすことになる。班は、同じクラスの人を五人集めて一班となる。
俺とソフィはもちろん同じ班。そしてなんと、リューリク王子も同じ班だ。
残りの二人は、リューリク王子が連れてきた。一緒に学院に入学するとともに、護衛をしている者たちらしい。
「ギラン・ゲッテンズだ」
リューリク王子の連れてきた護衛の一人で、魔法師の男だ。
肩幅が広く、身長は百八十センチはあると思う。筋肉質で体格がよく、茶色の髪に緑色の目をしている。
武器は、大型の魔石がついた身長大の魔法杖だ。
基本的に杖は、魔法操作の補助に使われるが、こいつは打撃武器にもなるらしい。
「アリス・ジネヴラです。よろしくお願い致しますわ」
赤い髪と目をした少女だ。
武器は長剣で、まだ身長が小さいため、背負って持ち歩いている。
「これがボクの護衛兼世話役の二人。同じ班に入れて貰って悪いね」
「いえ、気にしないでください、リューリク王子。こちらも人数が揃わずに困っていましたから」
「そう言ってもらえるとありがたいよ、アルフレッド君」
人数が揃わなくて困っていたのは事実なのだが、王子様が俺らの班に入るとなった時から、クラスの奴らの視線が、いつもよりさらに厳しいものになった。
まったく、困った話だ。
「さてー、みんないるなー。これから森に入ってもらう。飯は用意してあるから、今日は森の中で自由にしてくれー」
「ルイ先生、自由に、とはどういうことですか?」
「なにしても良いって事だ。魔物を狩っても、薪を拾っても、木の実を採取しても良い。ただ、死なないようにな」
なるほど。今日のご飯だけは用意されているが、明日の朝飯からは自分で集めろってことか。
となると、食料を集めるのが最優先だな。
「アル君、私達はどうする?」
「魔物を狩るか、木の実の採取だな。まあ、明日の朝飯くらいは手に入れないといけないだろう」
「ボクは、木の実の採取をする方がいいと思うよ。魔物は遭遇したら戦えばいいしね」
「ええ、俺もそう思います。では、二手に分かれて採取に行きましょうか」
というわけで、採取に出掛けよう。
メンバーはもちろん、俺とソフィ。そして、王子様組の三人に分かれた。
「ソフィ、採取に行く前に確認だ。この森に出る魔物は?」
「ええと、ホーンディアーとクローキャットだっけ?」
「正解。どちらのFランクの魔物だが、油断したら命取りになる。警戒は怠るなよ」
「はーい」
その後、魔物に遭遇はせず、三時間ほどで袋が木の実でいっぱいになり、集合場所に戻った。
だが、おかしい。普通三時間も歩いていれば、魔物の一匹や二匹くらいは遭遇する筈なのだがな。
集合場所には、王子達が既にいた。
その日は少し開けたところにテントを張り、問題無く就寝につくことができた。
交代制で、見張りをたてながら夜が明けるのを待つわけだが、見張りをしていても、魔物の姿どころか、気配さえも無かった。
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朝、日の出とともに起きる。
サバイバル生活中は素振りをしない。体力を温存しておくためだ。
俺が起きると、次々にみんなも起き出してきた。
全員朝は早いらしい。
「うわあ、渋い」
「仕方ないよアル君。そういう木の実なんだから」
昨日採ってきた木の実を食べているのだが、めちゃくちゃ渋い。
王子様はこんなの食べても大丈夫なのだろうか?
「……」
黙って食べている。だが、明らかに落ち込んでいるのが分かる。王宮では、渋い食べ物など出ないのだろう。
「今日は、魔物を狩りに行こうと思います」
全員の食事が終わってから俺は切り出した。
「賛成だね」
「リューリク様いけませんわ! 魔物など危険です!」
王子は賛成の様だが、アリスは反対している。ついでに俺を睨んできた。俺は提案しただけじゃないか。
ちなみにギランは賛否を示さない。おそらく、王子の意見に従うのだろう。
「お肉は必要だろう、アリス君?」
「しかし!」
「それに、昨日から全く魔物を見ていない。原因を探った方が安全だと思うぞ」
『キッ』っと、凄い形相で睨まれた。
どうやら俺の事が気にくわないらしいな。まあ、理由はおおよそ見当がつくが。
「危険になったら逃げればいいし、今日は五人全員で動く。昨日よりは安全になるだろう。なあ、ソフィ?」
「なにも知らない方が危ないしね」
「原因が判明したらどうする?」
沈黙を守っていたギランが、俺に質問してきた。
アリスとは違って、俺に対して普通に接している。悪意は無いが、好意もない感じだな。
「できるなら解決して、危険だったら逃げる。それでいいだろう?」
「ふん」
問題ないようだ。言葉はともかく、納得したような顔をしている。
「よし、じゃあ魔物の捜索を開始しましょう。油断はしないでくださいよ?」
「もちろん分かってるよ、アルフレッド君」
魔物の痕跡を探しながら森を歩く。動物はいるようだが、あまり見かけない。森全体が、不気味な静寂に包まれている。
「あれは……」
「クローキャットの死体ですね。よく見つけましたね、リューリク王子」
「いやあ、たまたまだよ」
上半身だけの死体だ。下半身はここら辺には見当たらない。内臓が飛び出ていて、目が見開いていた。
おそらく、気づかぬ間に一瞬でやられたのだろう。この森にいる魔物でそんな事できるやつは、普段はいないはずなんだが……
「おえぇ、きもちわるいですわぁ」
後ろで、アリスが涙目になっていた。まあ、グロテスクな死体だから仕方ないだろう。
ソフィも口元を押さえている。俺はアバークロンビー領で、父様に連れられて、森で狩りをしていたおかげで慣れている。
解体は、最初はかなりショッキングだった。初めて自分でやった時は、胃の中の物を出しまくったものだ。懐かしい。
「こいつをやったのが、この森に魔物がいない原因かもしれないですね」
「どうしてそう思うんだい?」
「この森に、クローキャットを真っ二つにできるような魔物は、もともといませんからね。おそらくこいつに、この森の魔物は乱獲されたんでしょう」
魔物の世界は完全に弱肉強食である。弱い魔物は、強い魔物によって狩られてしまう。ランクが二つ違えば、この森の魔物くらい、全滅させられるだろう。
これは、かなり危険度が高いと見ていいな。
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《長剣》
ロングソードと呼ばれる両刃の剣である。文字通り刀身が長い。両手で使われる事を想定しているため、柄の方も長くなっている。
一対一の対人戦なら、リーチが長いため有利に立ち回れるが、取り回しが効きにくいため、魔物相手には不利になる。
長さは一・三メートルから一・五メートル。重さは二・五キロから三キロ。(重さの基準は鉄製)
《魔法杖》
魔力操作の補助として使われている杖。持ち手は木材、先端には魔石を付け、そこに魔力を流す事により、魔力の操作を一部肩代わりしてくれる。
魔石には魔法陣が描かれており、魔道具に分類される。魔法に未熟な者が使う。
人類史上初めて、戦闘にまともに使える魔道具である。
長さは物によって様々。重さも同様である。
《ホーンディアー》
ホーンディアーは、額辺りから長い一つの角が生えているFランクの鹿の魔物である。
角を使って攻撃する。
《クローキャット》
クローキャットは八十センチもあるFランクの猫の魔物である。
二十センチ程の長い爪を使って攻撃する。