まさかの巡り合い
教皇との会談は、ビューレのおかげで簡単に取りつけることができた。
教皇とその執事は終始俺に怯えていたが、これまたビューレのおかげで、話をスムーズに持っていくことにも成功した。
ビューレ様々である。
「ビューレがいてくれて助かったよ。俺一人だと、あんなに簡単にはいかなかっただろうからな」
「いえいえ、お役に立てたのであればよかったです。私には、これくらいしかできませんので」
会談では、亜人救出のための人員ーー聖騎士ーーを貸し出してくれることが決定し、亜人たちの保護場所も用意してくれるそうだ。
それにしても、こんなにあっさりと承諾してもよかったんだろうか? もしかすると、大司教になにか言われてたとか……?
ビューレの評価を上げるために、裏から手を回していたとか、あの大司教ならやりかねなさそうだな。
「それにしてもあの二人、ずっとアル君の機嫌を伺ってたね」
「まあ、前の会談ではズタボロにやられてたからな」
ビューレは、素朴な疑問を聞くかのように、俺の方に顔を向ける。
「いったいどんな目に合わしたんですか?」
ズタボロになる方法など、一つしかないだろうに。
「力の差を見せつけてやっただけだぞ」
「聖騎士相手にですか?」
「まあ、たった三十人だったけどな」
俺とて、聖騎士三十人がどれほどの戦力なのかは理解している。たった、と言ったのは、婚約者ーーどちらかと言うとソフィに対するーー見栄である。
「…… 聖騎士は、一人で魔族と渡り合えると言われているのですけど……」
「いや、うちのリベリオンの団員より弱かったし、頑張っても、聖騎士三人で魔族二人分だな」
これは戦ってみた感覚による判断だが、おそらく合っているだろう。
聖騎士は、教国の軍の中からエリートだけがなれるものだが、リベリオンのは訓練の効率が違う。聖騎士がリベリオンばりの訓練をすれば話は別だが、今のところの戦力は、リベリオンの方が高いだろう。
「それでも十分すぎる戦力だと思うんですが……」
「まあほら、アル君、魔王だからね」
ソフィが横から、諦めたような表情でそう言った。
「めちゃくちゃなんですね……」
ビューレもそれを聞いて、俺を若干哀れむような目で見てきた。
確かに力を手に入れるのは大変だったし、苦労もした。だが、だからといって、その苦労を哀れまれるとちょっと虚しい気分になる。
「そこの二人、俺を常識はずれみたいに言うな」
「でも、実際戦力にしたら……」
「規格外ですよね……」
「……」
この時の俺の頭の中には、帝国軍を魔法一つで撃退した記憶がよぎり、二人の言葉になにも言い返せなかった。
もちろん、二人で俺のことをからかっているのはわかっている。わかっているが、事実である以上、何を言っても無駄なため、俺は硬く口を閉ざすことにした。
教皇の城を出たあと、俺はもう一度、レクイエムの本拠地に向かった。理由は地図を作成するためだ。
簡単な地図しか書けないが、無いよりはマシだろう。
魔眼を使って透視をしながら、簡単な地図を完成させる。
ここを攻めるのは二日後、これさえあれば、聖騎士たちも突入しやすくなるだろう。
ちなみに、なるべく見つからないようにということを考えて、一応一人で隠れながら行動している。
しばらくして、地図の正確性の確認を終え、周りを軽く見渡しながらレクイエムの行動を観察していると、音楽堂の裏の出入り口から一人の長耳族の少女が出てきた。
少女はフラフラとした足取りで、音楽堂から離れていこうとしている。だが、それに続くようにして、音楽堂から男たちが飛び出した。
男たちは、しばらく周りをキョロキョロと見渡すと、なにか焦った様子で、街の方へと駆け出した。
「ん〜! ん〜!」
そして、俺の腕の中には、手足をジタバタとさせながら泣いている、エルフの少女がいた。
一言で言えば、俺はエルフの少女を攫ったのである。
なあに、悪いことはしない。ただ、音楽堂の中の様子を聞くだけだ。
「大丈夫だ、俺はレクイエムじゃない。それどころか、レクイエムと敵対する者だ。安心してくれていい」
俺は、ぼろぼろの少女に〈ヒール〉を使い、ついていた足枷を指の力だけで外した。
「ひっ!」
指の力だけで足枷を外したところを見て、驚いた少女は、バッと俺の顔を見上げた。そして、そのまま一瞬悲鳴を上げると、パタッと倒れて動かなくなってしまった。
そんなにショッキングな顔か……? まあ、疲れていたんだと思っておこう。
俺は少女に上着を着せておぶり、地図をポーチに入れ、ファブリの家まで歩き出した。
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「…… で、連れてきちゃったのね」
ソフィに呆れ顔をされ、弁明の言葉も浮かばない理由は、なにも俺が人攫いをしたことに対してではない。
問題は、攫ってきた人物だった。
「あはは…… いや、まさか、エルフだとは思わなかったもんで……」
「早く殺して……」
今俺たちに周りを囲まれ、布団に丸まって絶望の表情をしているのは、エレナだ。
そう、あのエレナだ。
「帝国にいた時に会ってるのに、魔眼では分からなかったの?」
もっともな質問である。しかし、魔眼とて、そんな便利なものではない。
「いや、俺だって、ずっと魔眼を使ってるわけではないからな。魔王になってからはともかく、あの時の俺は、エレナを魔眼で見ることはなかったぞ」
「早くしないと自殺する…… いいの?」
普通の視界と魔眼の視界は、まったく見え方が違うため、混同して使うと視界が乱れて混乱しそうになる。それを防ぐために俺は、普通の視界を使う時は、なるべく魔眼を控えているのだ。
「ええと、この子はアルフレッドさんの敵…… ということでいいんですか?」
ビューレが、真っ青な顔をしているエレナを見ながら、首を傾げる。
それに対して俺は、曖昧な言い方をするしかなかった。
「敵だったが、レクイエムから奴隷の状態で出てきたからなぁ……」
「なるほど。まだどっちなのかは分からないんですね」
「…… バーカバーカ」
奴隷になっていたということは、途中で捨てられたってことか? だが、ジンがこんな有能なコマを捨てたりするのだろうか?
これは、エレナもいろいろワケありってことなのかもな。
「こんなに小さくて可愛い子がアルフレッドを騙してたなんて、すごいなぁ」
ファブリも、エレナの経歴に驚きを隠せず、彼女のことをまじまじと観察していた。
「ああ、俺も子供だからって油断してた。まさかの展開だったからな」
ジンの、使えるものはなんでも使う、という見境のなさに、俺も驚いたものである。
「………… アルフレッドのアホー、しんじゃえー、バカー」
「「「「……」」」」
「……………… ふぁっきゅー……」
あんまりにあんまりなエレナの言動に我慢できず、ソフィは疑問を口にした。
「アル君、エレナってこんなだったっけ?」
「もしかして、奴隷堕ちしたショックでおかしくなってる……? もしくは、どこかに頭でも打ったか……?」
俺の方をジーっと見つめ、低レベルの暴言を吐き続けるエレナ。
その表情から読み取れるのは、絶望だと思っていた。いや、思い込んでいたのだが、よくよく見てみると、ただ無表情でやつれているだけに見えてきた。
「まあ、ともかく、ご飯を持ってきてやれ。死んでもらっても困るからな」
「わかった。下から取ってくる」
ファブリが下の居酒屋へ食料を取りに行き、俺たちはエレナに対しての尋問を始めた。