政略婚約
夜が明け、朝の九時頃には、俺たちは大司教の家に呼ばれていた。
「城並みにデカいじゃないか。凄いところにすんでるんだな。さすがは大陸最大の宗教の大司教だ」
「な、なんで僕まで連れてこられたの……?」
メンバーは俺、ソフィ、ビューレ、ファブリだ。そう、一般人のファブリだ。
「だってお前、ある程度ビューレと一緒にいたんだろ? 大司教とはいろいろ話すことありそうだし、一応な」
「絶対に場違いだって! なんでこんな凄いところに、一般人が入らなきゃならないのさ!?」
「まあ、魔王様と会っちゃってる時点で今更だし、仕方ないよ、ファブリ君」
「ソフィアさんまで!?」
ファブリはソフィに看破され、最後尾を歩いてしぶしぶ豪邸に入った。
「お爺様は応接室で待っていますので、案内しますね」
「おう、頼む」
壁には数々の美術品が並べられており、王都にあったダビデ美術館のような光景だった。唯一違うのは、ここが廊下だということくらいか。
しばらく歩いているとビューレは、茶色い両開きの扉の前で止まり、それを両手を使ってゆっくりと開けた。
「よく来てくれた。好きな所に座ってくれて構わんぞ」
中には長方形のテーブル、革製の椅子が六つあり、縦横が二対一の割合で置かれている。そして、その上座に大司教が座っていた。
俺は大司教に近い椅子に座り、右横にはソフィ、左斜め前には大司教、テーブルを挟んだ正面にはビューレ、同じくテーブルを挟んだ右斜め前にはファブリという位置になった。
「さて、早速じゃが、魔王殿、教国と王国との同盟の話じゃ…… これは是非結ばせてほしい。むしろ、こちらからお願いしたかったくらいじゃ。それと、なにやら教皇が無礼を働いたようじゃが、許してもらえるだろうか?」
「ええ、もちろん。こちらは同盟のために来ていますから、結んでいただけるというのなら文句はありません。教皇との一件も、水に流しましょう」
「それはありがたい。魔王殿の器の大きさに感謝する」
大司教は座ったまま深く頭を下げてきた。
まあ、教皇のやったことは、普通に考えたら許されるはずのないことなのだが、ここは同盟を問題なく進ませるためだ。おそらく、教皇もあれで懲りただろうし、舐められることもないだろう。
「次にビューレの話じゃ」
しばらくして、大司教は頭を上げ、ビューレに向き直った。
「はい。なんでしょうか、お爺様」
「ビューレ、昨日も言ったが、操られているとはいえ、本当にすまんかった。この愚かな爺を許してほしい」
「大丈夫ですよ。アルフレッドさんに助けてもらいましたから」
「ああ、そこでじゃ。重ね重ね申し訳ないんじゃが、魔王の妃になってはくれんか?」
「へ?」
あまりに唐突な大司教の言葉に、ビューレだけでなく、その場にいた全員が呆気にとられた。
「お、お爺様、どういうことですか?」
「人間と魔族の共存、これは素晴らしい道じゃ。じゃが、今まで魔族と対抗してきた教国は、このままでは魔族からの信頼を得られないじゃろう。じゃから、教国の巫女を魔王の妃とする。これ以外、儂にはいい策が思いつかんのじゃ」
政略結婚というやつか。これは妥当な判断だろう。魔族の中には、教国と勇者に恨みを持った者もいなくはない。
まあ、これを消すために、今アレックスが頑張っているんだがな。
「私が、アルフレッドさんの…… お嫁さん…………」
ビューレは思い出したように顔を赤くし、下を向いてしまった。
「ぬ? な、なんじゃ? どうしたんじゃ、ビューレ?」
嫌がると思っていたのか、逆に嬉しそうな雰囲気を出しているビューレに、大司教は困惑していた。
「ビューレさん! これからよろしくね! 一緒にアル君を支えようね!」
ソフィは椅子から立ち上がり、ビューレのところまで行って、握手をしながら喜んでいた。
「な…… 本当にビューレを嫁に貰うなんて…… アルフレッド、恐るべし!」
一人だけ、テンションがよくわからないファブリを無視して、俺は大司教に話しかけた。
「そのような話であれば、私に異論はありません。私は、ビューレさんを妃として迎え入れましょう」
「そ、そうじゃな。孫をよろしく頼む」
「あの…… アルフレッドさん……」
未だに困惑している大司教にビューレを任されると、当の本人が俺に話しかけてきた。
「どうした? ビューレ」
「その…… よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしくな」
それだけ言うと、ビューレはもう一度俯いてしまった。
まあ、子供がいっぱいできればソフィも嬉しいそうだし、悪くはないな。