悩み事
俺は、ファブリの家の二階の部屋を貸してもらい、そのベランダで少し考えごとをしていた。
洗脳されていた大司教、レクイエムと協力しているジン、帝国の地下にあった爆弾、そして人の形をしたなにか。
帝国で行われようとしていることは、止めることは難しくないだろう。なにせ、リベリオンの戦力は規格外なのだ。それも、国が相手となっても問題ないほどに。
だが、果たして間に合うのかどうか、というのが問題だ。
ジンの目的は、大陸にあるすべての国を滅ぼすこと。あの義手の男の目的はわからないが、滅ぼすことによって稼げると言っていた。
そして、教国のレクイエムの問題もある。
聖女を連れ去って、いったいなにを企んでいたのか、これからなにを起こすのかがまったくわからない。
レクイエムの方に時間を割いても大丈夫なのだろうか?
ハイタス王国の王都から帝国までは、馬車で約二週間かかる。そして、教国から帝国までは五日程度だ。
つまり、教国で動けるのは一週間程度。この間に、目的不明の巨大組織をどうにかできるのか?
とにかく情報が足りない。一応俺が攫ってきたデブは、教国にいるリベリオンのメンバーに渡してきた。これで新たな情報が出るのを待つか。それとも、自分でレクイエムの場所を突き止め、侵入するか。
俺は一度思考を止め、空を見上げた。星々が綺麗に輝いており、満月がこちらを向いて浮かんでいた。
「アル君、また考えごと?」
「ソフィ、まだ起きてたのか」
「ううん、さっき目が覚めたところ」
もう深夜零時を回る頃だ。いつもならぐっすりと寝ているのだが、今日は起きてしまったらしい。
ソフィは俺の隣まで来て、体を震わせながら俺にくっついてきた。
「うう、やっぱり寒いね……」
「着るか?」
俺は、自分の着ているコートを脱いで、寝巻き一枚だったソフィに被せた。
「ありがと。アル君は寒くない?」
「魔王の体は丈夫だからな」
「それって風邪をひかないだけで、寒くないわけじゃないよね?」
ソフィはこちらを、ジト目で睨んできた。
「細かいことは気にするな」
「コート返すよ」
「ダメだ。ちゃんと着てろ」
俺はソフィの後ろから腕を回し、コートを脱げないようにした。
「もう、わがままなんだから」
これは照れ隠しだな。外はこんなにも寒いのに、ソフィの顔には熱が集まっていた。
ソフィは少しだけ前に歩いて、手すりのところに肘をついた。俺もそれに合わせて移動して、空を見上げた。
「綺麗な空だね」
「空気が乾燥してるからか、はっきりと光が見えるよな」
ソフィと二人で、しばらくの間、夜空を堪能する。すると、おもむろにソフィが口を開いた。
「レクイエムのこと、ちゃんと解決してから行こうね」
ソフィは昼間にした通信の内容を知らない。それに、俺が今、レクイエムのことで悩んでいるということも伝えていなかった。
「…… ソフィ、お前はエスパーかなにかなのか? 俺はまだなにも話してないんだぞ?」
「少し考えればわかるよ。アル君の考えてることくらい」
「はぁ…… ソフィには敵わないなぁ」
俺はソフィの横に移動して、手すりに腕をついた。
本当に、ソフィにはいっつも心を読まれている。何年離れていても、戻ってきたときにはこれだ。俺に対しての観察力が、完全にカンストしていると思う。
「それで、今帝国はどういう状況なの?」
「地下に大量の爆薬が設置され、街には謎の人型の生物がいるらしい」
「いつ爆発してもおかしくないのね……」
「ああ、人型の生物がなにをしているのかも気になる」
「それって、人間とはなにが違うの?」
「さっき、ヨハンともう一度連絡を取ってみた限りでは、どうやら魔力が体内に存在してないらしい。その他は人間と同じだそうだ」
「その他はすべて一緒…… ホムンクルス?」
ソフィの呟きを聞いて、俺はハッとした。
「それだ!」
「アル君、しっ!」
「あ、悪い……」
こんな真夜中に叫んでしまった。恥ずかしい。
だが、そうか確かに。そんな生物は、ホムンクルスしかいないじゃないか。
ホムンクルスというのは、人工的に作られた人間のことで、感情がない。しかも、作るために費用がかかるため、なかなか精製されない。
だが、レクイエムと協力しているのなら話は別だ。
レクイエムは、なにをしているかわからないが、巨大組織。つまり、金ならたんまりあるはず。
「これは明日、ヨハンに伝えておこう。あとはレクイエムの方だな」
「レクイエムの問題は、解決方法がかけらもわからないってこと?」
「その前に、なにをやろうとしているのかも、ほとんどわからん」
「なら、調べるしかないよね」
「大司教に伝えて、協力してもらうのが一番か」
「うん、それなら教国は謎の組織を排除できるし、私たちとはウィンウィンの関係だね」
「しかも、成功すれば信頼も得られて、一石二鳥だな」
「よし、頑張ろうね」
一人で考えるより、二人でこうやって考えた方がいいのかもな。
前にソフィに言われたが、俺の悪いところは、すべて自分一人で抱え込むところだそうだ。なら、次からはソフィに相談してもいいのかもしれない。
「ソフィ、ありがとな。そして、なんかごめんな」
「どうしてアル君が謝るの?」
「なんだか、行く先々で大変なことが起こって、それに巻き込まれて…… 俺は疫病神なのかもしれん」
「そんなこと今更だよ。それに、私はこうやって、アル君と一緒にいるだけでも幸せなんだよ?」
「ソフィ……」
「アル君……」
俺はソフィと唇を重ね、そのまま抱きかかえてベッドまで運んだ。