逃げの天才
俺たちはビューレを連れて、城のある教都に戻ってきた。目的はもちろん、大司教に会うためだ。
面会の約束は、ビューレを救ったということを理由にできたので、早々に取り付けることができた。
かわいい孫が戻ってきて一安心、となればいいのだが、レクイエムはビューレを攫っているからな。果たして、そこに大司教が関わっていたかはわからないが、少し気をつけておこう。もしかすると、またビューレが攫われる可能性だってある。
「大司教はどんな人なんだ?」
「普段は優しい人なんですけど、公の場に立つと、雰囲気が変わるような人です。私も、昔はよく甘えていました」
「昔ってことは、最近は違うのか?」
「この歳では、もう甘えにくいですよ。それに…… 最近のお爺様は人が変わったように、攻撃的な性格になっているので、なんとなく近寄りがたいんです」
最近…… か。
「それはいつからだ?」
「ほんの一ヶ月ほど前くらいからですね」
「それって、レクイエムと協力した時期と被ってないか?」
「…… そういえば確かに。被っているような気がします……」
一ヶ月前に急変した大司教。それとほぼ同時に結ばれた、レクイエムとの協力関係。
そして、一ヶ月前に北東方向に逃走した、あの二人。
「アル君、もしかして……」
「ああ、ほぼ間違いなく、ジンたちが関わっているだろうな」
「ジン? 誰ですか?」
「宿敵みたいなもんだ。まあ、それもこれもすべて、大司教を魔眼で確認すればわかる」
そこで、〈ブレインハック〉がかけられていたら、確実にレクイエムとジンは関わっていることになる。それが協力か従属かはわからないが、目的不明の組織にいるとなると、またなにかやらかす気だな。
「とにかく、少し早めに案内してくれ。もしかすると、なにか仕掛けてくるかもしれない」
「わ、わかりました。急ぎましょう」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
俺たちは、教都で一番大きく、真神教の発信地と呼ばれる教会に来ていた。
「ここが聖域と呼ばれる場所か。確かに存在している精霊の格が、普通よりも高いな」
「え!? 精霊が見えるんですか!?」
俺が周りを見渡しながら精霊の話をすると、ビューレはそれに飛びついてきた。
「魔眼のおかげでな。精霊の状態まで確認できるぞ」
「魔眼ってすごいんですね…… あとで調べされてもらいます」
「…… お手柔らかに、な?」
「はい!」
ますます心配になってきた。俺は無事に王国に帰れるのだろうか?
教会の中に入ると、二人の修道女に案内され、とんでもなく広い空間に案内された。
その部屋の中心には、奈良の大仏を彷彿とさせるほどの大きさの女神像が建てられており、その足元には、大司教と思われる人物が女神像の方を向いて立っていた。
大司教は、女神像に向かって祈りを捧げているかのように手を合わせていたが、俺たちに気がつくと、祈りをやめてこちらに向き直った。
俺たちはビューレを中心にして、大司教の元へ近づいていく。そして、大司教の目の前まで来ると、ビューレは恭しく礼をした。
「大司教様、聖女ビューレ、ただいま戻りました」
「おお、我が孫よ。よく帰ってきてくれーー」
「〈リペル〉」
「ぬぅ……!?」
俺が魔法を発動したのと同時に、大司教は頭を抱えて四つん這いになってしまった。
魔眼で大司教の状態を確認した結果、やはり〈ブレインハック〉にかかっていたらしい。それも二重にして、かなり協力な洗脳を作り出していたようだ。
「「大司教様!?」」
俺たちを案内してくれた修道女二人は、洗脳をいきなり解除されたせいで、若干の頭痛に襲われているであろう大司教に駆け寄った。
「アル君、もう少しいいタイミングはなかったの?」
「洗脳で、孫を心配するような言葉を言わされるとか、そんなの嫌だろ?」
「お爺様は、やはり洗脳されていたのですか?」
「ああ、これでレクイエムにジンが関わっているのは確定だな。というか、そこに変なのいるしな」
俺は天井を指差しながら言うと、途端に上から、右腕が機械の男が降ってきた。
「久しぶりだな」
「帝都では世話になったな。逃げの天才さんよ」
こいつは、帝都で俺が右腕を切り落とした、あの男だ。
「その右手はオリヴィア製か?」
「ああ、自由に動かせるように、新しい右手を作ってもらったんだ」
男は、自分の右手の指を動かしながら言った。
それにしても、さすがはオリヴィア。自由に動かせる金属の義手を作るとは、最先端のオートメイル技師になれるな。
「お前がここにいるってことは、ジンもここにいるのか?」
「いや、ジンはここにはいない」
呼び捨て? こいつはジンの部下じゃないのか?
「お前、ジンとはどういう関係だ?」
「ただの協力者だ」
「レクイエムか?」
「いいや、レクイエムとも協力してはいるが、俺自身は違う」
となると、単騎で動いているのか? それとも、他の組織の人間なのか? こいつに関する情報が少なすぎて、今はまだ判別できないな。
「聞いても無駄だと思うが、いったいなにを企んでいる?」
それを聞いた瞬間、男の口は、三日月の形に歪んだ。