聖女ビューレ
「実はビューレは、現大司教の孫なんだ……」
ファブリの一言目で、俺は耳を疑った。
教国の大司教。それは、教皇より位が低いものの、決して逆らうことのできない存在。つまり、裏の最高権力者。
その孫ともなれば、真神教の聖女とも言えるような存在だ。
なるほど。これがロストヴァージンしてなかった理由か。レクイエムのやつらも、腐っても、腐り果てても真神教の信徒ってことだな。
「それで、僕とビューレが二人で出かけていたら、急に右腕が機械の男に連れ去られて……」
「ちょ、ちょっと待って。なんで真神教の聖女さんとファブリ君が一緒にいたの? 巫女さんって、そんなに簡単に外出できるような存在じゃないよね?」
ソフィの疑問はもっともなものだ。巫女というものは通常、聖なる存在であるがゆえに、決められた行動をとることしか許されていない。そんな存在が、こんな村に住んでいるファブリと一緒にいる、というのは不自然なのだ。
だが、これについては、あのデブから引き出した情報があった。
「今の大司教が、レクイエムと協力関係を結んでいるからだな?」
おそらく、謎の組織と手を組んでいる大司教に反感して、教会を抜け出してきたってところだろう。
「どうしてそれを?」
「まあ、少しな。それより、ビューレはどのくらい捕まってたんだ?」
俺は、ビューレの疑問を軽く誤魔化し、ファブリに質問した。
「ええと、だいたい三日くらいかな?」
「私は、三日も捕まっていたんですね……」
「あ、ごめん……」
「ファブリが謝る必要はありませんよ。あれは、私が油断したのがいけないのですからーーっひゃ!?」
ビューレは、ファブリに近づこうとしたのか、ベッドから一人で立ち上がろうとした。だが、まだ足に力が入らず、崩れ落ちそうになった。
俺は慌てて移動して、ビューレを抱くようにして受け止めた。
「大丈夫か? 今のは危なかったな」
「…… え? あ、ふぁ!? あ、あの! もう大丈夫ですから!?」
「ん? お、おう。少し落ち着いてくれ。ベッドに座らせるから」
「あ…… ひゃい……」
ビューレは、顔を真っ赤にして必死にもがこうとしたが、俺の言葉で落ち着き、ベッドに腰を下ろした。
それにしても、今の反応は…… いや、気にしないでおこう。
「…… アル君の女たらし」
気にしないようにしたが、さすがにソフィのこの一言には、反応せざるをえなかった。
「いや、ちょっと待ってくれ、ソフィ。今のは不可抗力だろう?」
「ま、まさか!? そんなかわいい子がいながら、ビューレまで娶ろうっていうのか!? 僕はいったいどうしたら……!?」
「おい、ファブリ! 話がややこしくなるだろうが!?」
「あうぅ……」
ビューレは、俺たちの会話を聞いて完全に俯いてしまった。
「ふふ、まあ、アル君のお嫁さんが増えるのは、私も大歓迎なんだけどね」
ソフィは、俺をジト目で見ていたのだが、一転して笑顔に変わった。
「前から思ってたんだが、どうして大歓迎なんだ?」
「だって、アル君の子供がいっぱいになるでしょ? そんな中で暮らせたら幸せじゃない?」
「ソフィ…… たくさん作ろうな、子供」
「えへへ、アル君、こんな所で恥ずかしいよ……」
ソフィは、頬を赤く染めてモジモジとし始めた。
「そこ! イチャイチャするのはやめろぉ!」
「なんだよ、ファブリ。別にいいだろ?」
ここは公共の場でもないし、イチャイチャしようがなにしようが勝手である。
「それでそれで、アル君のどこに惚れたの?」
ソフィはビューレのもとに移動すると、ニコニコしながら話しかけた。
「…… えと、その…… 助けてくれた姿が、すごいカッコよくて…… 王子様みたいだったので……」
「うんうん! すごいわかるよ! 私も何回も助けてもらってるけど、カッコいいよね!」
「…… はい。それに、光魔法の精度がすごい高くて、後遺症もなく回復することができましたし」
「そうそう! アル君の魔法はすごいんだよ! なにせ、何千人っていう数を、一気に回復させたりするからね!」
「そんな数を一度に!? アルフレッドさん、本当に魔法がお上手なんですね……」
ソフィを皮切りに、女子の恋愛トークが始まってしまった。こう、目の前で自分の話をされるっていうのは、むず痒い気分になるな。
「アル君聞いた!? 王子様みたいだって!」
「まあ、一応魔王だからな」
「「へ?」」
あ、そういえば、まだ言ってなかったっけな。
「ア、アルフレッドが魔王……?」
ファブリが、若干冷や汗をかきながら聞いてきた。
「ああ、言ってなかったが、俺は第十一代目の魔王だ。一応、ハイタス王国の代表として教国にきたんだよ」
「魔王…… ですか……」
ビューレは俺の顔を見て、考え込んでしまった。
「教国の聖女としては、複雑な気分か?」
「いえ、私自身、人間と魔族の共存はいいことだと思っているので、嫌悪感はありません。ですが、初めて見るものですから…… 意外と人間と変わらないのですね」
「俺は少し特殊でな。元は人間だったんだ。そのせいで魔物的な要素は少ない。強いて言うなら、この目くらいだな」
俺は眼帯を取り外して、ファブリとビューレに左目を見せた。
「赤い目、ですか……」
「赤い目は、あまり良い意味を持っていないからな。普段は眼帯をつけて、隠しているんだ」
「なるほど……」
ビューレは、先程と比べるとかなり落ち着いていて、俺のいたるところを観察していた。それも、こちらが少し落ち着かない気分になるほどに。
「そんなに興味があるのか?」
「え? あ、いえ、本当に魔族に見えなくて…… 気に障ったのなら、すみません」
「いや、興味があるなら自由にしてもらって構わないぞ…… いや、一つ条件をつけよう」
「条件ですか?」
俺が今望むものは一つ。
「ああ、自由に観察していい代わりに、大司教様に合わせてもらおうか」
「わかりました。すぐに手配します」
即答だった。
興味を持ってくれるのはありがたいが、そんなに気になるのか? なにをされるのか、少しだけ怖くなってきたな。