交渉不成立
私が教皇に近づくように足を運ぶと、それを見た教皇は奇声を上げ始めた。
「どどどどどういうことだ!? なぜ私の聖騎士が倒れ、魔王が立っているのだ!?」
それを聞いた執事は、俺をありえないという表情でじっと見ながら、先程の状況の説明を始めた。
「お、おそらく、自分の魔力を騎士たちに当て、騎士の体内の魔力を操ったものと思われます!」
「そんなことは不可能であろう! 人は自分の魔力でさえ、百パーセント自在に操ることは不可能なのだぞ!? 三十人以上の人数を、それも同時に操るなど、不可能ではないのか!?」
「そ、そんなことを言われましても、事実として起きているのです!」
私が行ったことは、まったくもって執事の言った通りである。私は、聖騎士たちの魔力を一度完全に停止させ、そのショックによって意識を奪った。
それにしても、私が起こしたことをほぼ完璧に理解するとは。あの執事、なかなかいい眼をしているな。
だが、やはり人間は阿呆である。自分の常識だけを信じて疑わない。それは時に、魔王という超常の存在を前にしても、変わらないものなのであろう。
「貴様らの常識など、覆すのは簡単なものだ。ましてや戦闘の素人となれば、それは赤子の手を捻るよりも容易い。せめて勇者を用意するんだったな。まあ、その勇者は私の味方なのだが」
教皇は、皇の威厳とでもいうのだろうか? とにかく、意を決した様子で私との会話を繋ぐ。
「そ、そんな訳ないだろう。勇者は私たち、教国の味方であるはずだ……」
「今ここに勇者がいないことこそ、アレックスが貴様らの元へ帰らない証拠であるとは思わんか? 貴様らよりも、私の作るハイタス王国こそが、勇者にはふさわしいのだ」
「なぜだ…… なぜなのだ!?」
教皇は、叫ぶようにして疑問を口にした。
「…… 貴様らが、アホだからだろう?」
「は?」
「まだわからないのか? 千年以上かけて、まだわからないというのか?」
「どういうことだ!?」
「貴様らが、魔族との共存を許さないのが原因だと言っているのだ!!」
「…… っ!?」
「貴様らは千年前、初代魔王の首を欲し、失敗した。そして、今度は人間と魔族が共存している国との同盟を、魔王の首を討ち取ることで壊そうとしている! 挙げ句の果てには、ソフィを妃に迎え入れるだと? ふざけるな!! 少しの学習もできない能無しどもに、私のものを一片たりとも渡してなるものか!!! 貴様たちはまず、自分たちがどういう状況にあるのか、それを正確に理解してから口を開くがいい! 自らの阿呆さが少しはわかるだろう!」
「「……」」
私がそこまで言い切ると、教皇とその執事は完全に黙り込んでしまった。
私はソフィを連れ、入ってきた扉の前まで移動し、振り向きざまにこう言った。
「貴様らにはなにも渡さない。私の首も、ソフィも、アレックスも、仲間も。そして、いずれ貴様らはハイタス王国と同盟を結びたいと、自ら申し出ることになるだろう。その時は、今ここで私の申し入れを断ったことについて、我が国王が納得する理由を持ってくるがいい」
俺はその後、俺を止めようと喚く執事を完全に無視して、城を出た。
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「アル君、あれでよかったの?」
「素直に同盟結ぶのが一番よかったんだが、まあ仕方ないな」
千年前の出来事をもう一度繰り返そうとするならば、それは俺たちにとって障害となる。それならいっそ、圧倒的な力を見せつけ、戦意を喪失させるのが一番手っ取り早い。
まあ、これで逆に戦争を仕掛けてきたら面倒なんだが、帝国とのにらみ合いもある分、その可能性は低いだろう。
「ところで、自ら同盟を申し出るってどういうこと?」
「教国は、今の帝国に勝てるほどの戦力は持ち合わせていない。なにせ、一番の戦力である勇者がいないからな」
「なるほど。つまり教国は、勇者が帝国に五年もの間従っていたことに難癖をつけたい。かと言って、帝国に戦争を仕掛けられたら困るっていう状況なのね」
「そういうこと。帝国に問い詰めることもしなければ、教国の威厳もガタ落ちだしな。まあ、ハイタス王国に勇者を取られたなんて知られたら、その前に威厳が崩れ去るんだが」
「あ、じゃあ、それを防ぐためにも、同盟関係は必須ってこと?」
「さすがソフィ、相変わらず理解が早いな」
「えへへ」
俺は、笑顔になったソフィの髪をくしゃくしゃと撫でる。ソフィは少し照れくさそうだが、それでも嬉しそうに、俺の方に身を寄せてきた。
俺はそんなソフィの腰に手を当て、そのまま宿に戻ろうとした途端、腰につけていたポーチが消えた。それと同時に、俺の目の前を影が通った。
俺は冷静に、その影を囲むように〈シールド〉を張る。すると影は、〈シールド〉の一部に顔面から突っ込み、ズルズルと地面に落ちて止まった。
「さて、捕まえたぞ」
「いったたぁ…… って、ヤバッ!? 閉じ込められた!?」
しっかりと姿を見せた、緑色の髪をした少女は、自分の周りの〈シールド〉をドンドンと叩きながら騒が始めた。