イービルヒートとアルフレッドの関係
全員が悲鳴の聞こえた方を見てみると、そこには巨大な黒い物体が空を飛んでいた。
「ア、アル君! あれなに!?」
「あ〜、あれはイービルヒートだな」
「なんでこっちに向かって来てるの!?」
「なんでって、俺に会うためだろうな。って、背中にバレンタイン伯爵も乗せてるぞ」
「お父様!?」
イービルヒートは、俺たちの真上まで飛んでくると、翼を止め、ゆっくりと降りてきた。
竜というのは、魔力によって飛行しているため、翼は推進の補助にしか使われていない。そのため、羽ばたいていなくても空を飛んでいられるのだ。
「ソフィアーー!!!」
すると、ソフィを見て我慢できなくなったのか、バレンタイン伯爵が、まだ下降途中のイービルヒートの背中から飛び降りた。
ちなみに、旧王国の貴族級は廃止されていて、新王国の貴族級は未だに作っていない。だが、呼びやすいので、伯爵と呼んでいる。
「お父様!? なにやってるんですか!?」
「今そこに行くぞーー!!!」
「って、ソフィ! 風魔法で伯爵を受け止めろ! この高さだと死ぬぞ!」
「わ、わかった!」
ソフィは〈ウィンドバースト〉で上昇気流を発生させ、バレンタイン伯爵の落下速度を緩めた。
そして、最終的には尻餅をつくような形で、伯爵は着陸。そのまま飛び起き、ソフィに一直線に走って、抱きついた。
「ソフィア!!!」
「うわ!? お父様! くっつかないでください!」
「うぉー! ソフィアが生きてる! 生きてるぞー!!」
「いい加減にしてください!」
だが、ソフィの鉄拳によって地面に沈んだ。
『なんなのだ、あやつは……』
地面にしっかりと着陸したイービルヒートが、伯爵のアホな姿を見て、呆れながら聞いてきた。
「親バカなんだ。許してやれ」
『なるほど。お主ら人間はよくわからんな』
やれやれといった風に首を振った後、人間の姿に変化した。
「うおぉ! イービルヒートだ! 相変わらずデカかったなぁ!」
「ヨハンさんって、結構子供っぽいところありますよね」
ソフィの近くでこちらを見ていたヨハンとシャルが、こちらに近づいてきた。
「り、竜…… ですわ……」
「アリスさん、大丈夫ですよ。この黒竜は味方ですから」
「その通りだ。驚かせて悪かったな。我が名はイービルヒート。ここにいるリベルの仲間だ」
イービルヒートは、口元に生えている真っ黒なヒゲを撫でつつ、自信満々に自己紹介をした。
すると、館の方からアレックスが飛び出してきた。
「なんでイービルヒートがいるんだ!?」
「アレックス、説明してやるからこっち来いよ」
アレックスは急いでこちらに走ってきた。
「ど、どういうことなんだ!?」
「まあ、慌てるなよ。簡単に言うとだな、イービルヒートは、俺が魔王軍に送り込んだスパイだったってことだ」
「…… はぁっ!?」
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俺たちは館の中に移動して、イービルヒートの役割を説明した。
「なるほど。つまり、イービルヒートは最初からリベリオンで、魔王軍の情報をリベルに伝えるために送り込んでいたスパイってことか」
アレックスは、納得したようにうんうんと頷いていた。
「その通りだ。我の目的は、勇者を正しき道へと戻すこと。魔王に自ら協力したりなどせん。すべてはアルフレッド殿の作戦だ」
「本当はクラリスも送り込むつもりだったんだが、諸事情でできなくなってな。イービルヒートには精神的に負担をかけてた。すまん」
「気にするでない。お主とジュリアの頼みとなれば、聞かぬわけにはいくまい。なにせ、友なのだからな」
「そう言ってもらえるとありがたい」
イービルヒートは五年前、精霊と分離した俺に接近し、アレックスたちの洗脳を解くために協力を依頼してきた。
俺はもちろんそれに承諾し、精霊が魔王となった時に、スパイとして送り込んだ。
「アルフレッド! 竜と協力しているなんて、私は聞いてませんわよ!?」
アリスは、座っていたイスから勢いよく立ち上がり、前のめりになって俺に迫ってきた。
「そりゃ言ってないからな」
「説明を要求しますわ!」
「イービルヒートをスパイにした時期は、ラント王国が滅びる寸前だ。つまり、その頃のリベリオンのメンバーが、俺、シャル、フィリップ、ヨハンしかいなかった。それ以降に入ったメンバーには、誰にも伝えてないんだよ」
「どうしてですの!?」
アリスは、両手で机を叩きながら、俺に質問していた。
「…… なんでそんなに怒ってるんだ?」
「そんな大事な情報を、私たちに説明しなかったからですわよ!」
つまり、仲間なのに情報を開示しなかったことが気にくわないのか。
「アリス、リベリオンは、表向きはどういう組織だ?」
「え? ええと…… 反乱軍、レジスタンスですわよね?」
「そうだ。俺たちは、あくまでも帝国に対しての反乱軍だ。そのボスが竜と知り合いであり、それをどんな理由であれ、魔王軍に送り込んだとする。すると、団員はどう思う?」
「なにか事情があるはず、と考えるはずですわ」
「それは俺に信頼を置いてくれている、アリスだからこそできる回答だ。一般的にはそうは思わないだろう」
「それじゃあ、なんて思うんですの?」
「こう思うはずだ。リベルは、魔王と協力して帝国を倒そうとしているのか、と」
アリスはそこでハッとして、なにかを悟ったようだった。
「竜という巨大な戦力を、魔王の手下として送り込む。そんなことをお兄様がしてしまったら、リベリオンのボスとしての威厳も信頼も、すべてガタ落ちになってしまいます」
シャルが説明してくれたので、俺もそこに、説明をつけ足す。
「リベリオンのメンバーってのはあくまで、自分たちの力で王国を取り戻すことを目的としていた。それなのに自分たちのボスは、魔王に帝国を取らせる気でいる。組織の目的と、リーダーの行動が矛盾している。こうなったらもうおしまいだ。俺はリベリオンのボスではいられなくなっていただろう」
「だから情報漏洩を避けるため、なるべく隠していたんですわね……」
「そういうことだ。物分かりが早くて助かる。ただ、申し訳ないとは思う。特にアリスとリューリクとギランには、伝えておいてもよかったかもしれないな」
「いえ、別にいいんですわ。ちゃんとした理由があれば、リューリク様もギランも納得してくれますわよ」
そうであってくれると俺としてはありがたいな。
「さて、話は終わったかね? アルフレッド君。なら、次は私と話をしようか」
全員が納得して黙っている中、バレンタイン伯爵は、その静寂を無視して俺に話しかけてきた。