世話係
脱衣所には、俺とソフィを待っていた人物がいた。
「魔王様、ソフィア様、タオルとお召し物をご用意致しました」
「ナディア……」
ソフィは、俺とナディアが黙って固まってしまったのを見ると、慌てて服を着始めた。
「それじゃあアル君、用事思い出したから先に行くね。ナディアちゃん、アル君のお世話、よろしくね!」
ソフィはそれだけを言い残すと、部屋を出ていった。さすがは、俺の心と空気を読む天才だ。
「承りました」
ナディアは、既に部屋を飛び出していったソフィに対して恭しく礼をした。
「ナディア、もう世話係はしなくてもいいんだぞ?」
「いえ、これが私の仕事ですので」
「でもな……」
「…… 私はもう用済みですか?」
ナディアは俺の目をじっと見つめ、無機質な顔で聞いてきた。
「そういう訳じゃない。あの精霊が魔王だった時のことは感謝しているし、申し訳ないとも思う。ただ、これからは俺に囚われず、自由に行きて欲しいんだ」
ナディアは、俺のその言葉を聞いて、顔に影を落としてしまった。
「私には…… 居場所がありません」
俺はナディアの頭に手を置いて、顔を覗き込むように腰をかがめた。
「それは違う。ここにはナディアを認めてくれている人はいるはずだ。例えばセルジオとかな。だから、そんな悲しいこと言うな。ここはもう危険な場所じゃないんだ」
魔王城の中では、魔族の地位は弱肉強食だった。だからこそ、団長の暗殺を考えている魔族もいて、信用できる魔族は限りなく少なかった。
だが、今はそんなことはない。団長の暗殺を考えている輩がいるかどうかはわからないが、少なくとも、この国にいる魔族の中でそんな考えを持っている者は、限りなくゼロに近いはずだ。
「だから、いつまでも俺の世話係を続けなくてもいい。ここでは、やることはいくらでもあるんだからな」
「……」
ナディアは余計に俯いて黙り込んでしまった。
俺はもう一度ナディアの顔を覗き込み、目を見て言った。
「まあ、俺はお前を手放したくないんだが」
「え?」
ナディアは顔を上げ、不思議そうな目で俺を見つめた。
「ナディアは俺の大切な世話係で、お前はそれを多少は誇りに思ってたんだろ? なら、このままでもいい。気が済むまで世話をしてくれ」
「…… よろしいのですか?」
「ああ、もちろんだ。だが、ちゃんと友達は作れよ? 俺のことばっかりでボッチになったら、その時は本当に辞めさせるからな?」
「承知致しました。ご厚意に深く感謝致します」
ナディアは俺に対して深く頭を下げ、俺に服とタオルを渡してから部屋を出ていった。
…… あ、服着るの忘れてた………… まあ、いいか。
すっぽんぽんでナディアを説得するという、なんとも間抜けな姿だったが、誰にも見られていないはずなので、気にしないようにしよう。
「お兄様、お見事です」
「シャル!? い、いつからそこに……?」
「ソフィアお姉様が部屋を出たところからです」
「あ、ああ、そうか。そ、それじゃ、俺は部屋に戻るよ」
俺は急いで服を着て、部屋の出口の方へ向かった。
「お待ちください、お兄様」
「な、なんだ?」
シャルは一度俺に微笑みかけ、下を向いた。
「お兄様…………」
「ゴクリ…………」
そしてシャルは顔を上げると、目を光らせながら俺に向かって飛び込んできた。
「私にその体を触らせてくださーー」
「はっ!」
俺は宙に浮いているシャルの頭を、チョップで上から叩いた。
「ぐはっ!」
ドサッ! と効果音を立て、シャルは地面に顔から落ちた。
「アホか。いい加減ブラコンを卒業しろ」
「お兄様〜、私を見捨てるのですか〜? もう妹はいらないのですか〜?」
足をジタバタさせて駄々をこねる、愛しの妹。
「見捨てないし、シャルのことは誇りに思っているが、それとこれとは別だ。さっさと婚約者の一人でも見つけろ」
「あう…… いざとなったら、お兄様に娶ってもらうということでーー」
「却下」
「お兄様〜、妹を見捨てないでください〜!」
今度は床をゴロゴロと転がりながらごね始めた。
「なんて、言うとでも思ったか?」
「はっ! 私を貰ってくれる気になりましたか!?」
「いや、そうじゃない。なぜなら、俺はもうシャルとアレックスが恋仲なのを知っているからな! 俺は妹の結婚を応援するのだ!」
「ふぇっ!? な、なぜ、お兄様がそれを知っているのですか!?」
「シャル、俺の魔眼を舐めるなよ。今では、十キロ先の障害物を透視させることも可能な魔眼をなんだ。アレックスがシャルを部屋に連れ込んだことなど…… 既に確認済みだ!」
「なぁぁぁぁぁぁあ!? わ、忘れてください! 早く記憶を消してください!!!」
シャルは顔を真っ赤にして、俺にポカポカパンチを繰り出した。
俺はそのすべてを紙一重で避けつつ、シャルに言った。
「お幸せに!」
「お兄様のばかぁぁあぁぁあぁぁ!!!!!」