理由
「ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる……」
「あの……ソフィさん?」
「ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる……」
ソフィは俺の脚の上で、お風呂の水面に口をつけ、ぶるぶるしていた。というか、完全に拗ねていた。
「悪かったよ。いきなり襲ったりして」
「ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる……」
「ごめんなさい、ソフィさん。許してください」
「いいよぉぼぉぶるぶるぶるぶるぶる……」
許してはくれたが、まだなにかあるらしい。
「あの、他になにか不満が?」
「……私ばっかり気持ちよくなって、アル君は全然気持ちよくなってないぃぶるぶるぶるぶるぶる……」
「いや、普通に気持ちいいからな。そうじゃないと出ないし」
なにがとは言わない…… 言わないからな?
「…… ほんと?」
「ああ、ソフィは最高だ」
「わかった、信じる。今日はいっぱい出してくれたしね、せーーうむ!?」
その瞬間、俺の手は俺の意識下から離れ、勝手にソフィの口元に張りついた。
「言うな」
「うむうむ! うむっむ!」
ソフィは、俺の手を引き剥がそうともがきつつ、「うんうん! わかった!」と思わしき言葉を発した。
「なら、よし」
「ぷはぁ! いきなりでびっくりした〜」
「悪い悪い、手が滑った」
「とんでもない滑り方だね!?」
とりあえず、ギリギリセーフだった。危ない危ない。ソフィに、そんな言葉を言わせる訳にはいかないからな。
「ア〜ル君! ん〜〜」
すると、突然ソフィはこちらに振り返り、目をつぶって唇を差し出してきた。
俺はその唇に、自分の唇を合わせる。そして、しばらく楽しんでから離した。
「やっと、こういうことができるね」
「ずっと待ってたんだぞ?」
「…… ごめんね。私があんなことになっちゃったせいで……」
ソフィはそう言うと、俯いて黙ってしまった。
「気にするな」
「そんなの無理だよ。だって、いつもアル君ばっかり…… ダンジョンの時も、今回のことも、辛いことは全部アル君がやって…… 私、自分が情けないよ……」
ソフィの目からはポタポタと雫が流れ落ち、水面を揺らしていた。
「それだって、ソフィが悪いわけじゃないだろ?」
「それでも、私はアル君を支えて生きようって思ってたのに…… 気がついたら足を引っ張ってばっかりで…… 操られて、王都を滅ぼして、アル君と戦って…… 私は…… 私は…………」
雫は、さっきよりも激しく水面を叩いていた。
揺れ動く水の波紋の中心には、目をグッとつぶっている、苦しそうなソフィが映っている。
俺は、そんなソフィの頰を両手で触れ、親指で涙を拭き取った。
「ソフィ、俺がここまで頑張れる理由って、なんだかわかるか?」
ソフィは俺の目を見たあと、首を横に振った。
俺は、軽くソフィに微笑みかけてから口を開いた。
「ソフィがいたからだよ」
「……」
「ずっとこうやって、ソフィにそばにいて欲しかった。ソフィに触れていたかった。ソフィを感じたかった。だから、どんな苦難があっても、俺は頑張って生きていられたんだ」
俺は、溢れ出してきた涙を再び拭き取り、話を続ける。
「だから、一つだけわがままを言うぞ? ソフィ、俺のために笑っていてくれ。俺はそれで、また頑張れる。魔王として、リベリオンのボスとして、ソフィの恋人として、ソフィの側にいられる。だから、笑っていてくれ」
「……う、ん……」
泣いているせいで酷い顔をしているが、それでもなお、ソフィは笑ってくれた。他の誰でもない、俺のために。
「ありがとう」
俺は心からソフィに感謝して、彼女をぎゅっと抱きしめた。
ソフィも俺の背中に手を回して、ガッチリと掴まった。そしてそのまま、顔を俺の胸に埋めてきた。
「アル君…… 愛してる……」
「ん、俺もだよ」
ぎゅっと抱きついたまましばらくいると、ソフィは、俺の胸から顔を離した。
「ねぇ、アル君。私もわがまま言っていい?」
「おう、なんでも言っていいぞ」
「二人でどこか行きたいな」
ソフィのお願いは、実に普通なものだった。決して、わがままなどではないわがまま。だが、それだけでも今は十分だと、ソフィの顔は言っているようだった。
「旅行かなにかか?」
「なんでもいいよ。ただ、どこか特別な場所に二人で行きたいな」
「それじゃあ、準備できたらすぐに行こう」
「え? 王国は大丈夫なの?」
ソフィの心配事も最もではあるが、俺は魔王という立場よりも、ソフィを優先する男だ。
「もとよりリベリオンでは、ほとんど旗印みたいなもんだったし、俺がいなくても魔族をうまく纏められるやつはいるし、大丈夫だろ」
「魔王様が私と二人でデートって、知られたらまずくない?」
「どこに行くかにもよるが、なにかしらの現地調査で、助手を連れて行くとでも言えばいい」
「ずる賢いなあ」
「ナイスアイデアと言ってくれ」
問題は、なんの調査という名目で行くかだな。ちゃんと、みんなを納得させられるような理由をつけておかないとだ。
「わがままはそれだけか?」
「うん。私はそれ以外、思いつかないかな」
「なら、そろそろ上がるか。のぼせるといけないからな」
「ずいぶんと長く入ってたもんね」
俺とソフィは、仲良く二人で一緒に風呂場を出た。