百目鬼さんの勤労意欲
また落ちた。
送り返されてきた履歴書に同封されている「ご縁がありませんでした」という文言も、いい加減見飽きたものだ。
三十路にもなってバイト先一つまともに探せないなんて、と、一度ドロップアウトしてしまった人間に対する社会の不寛容さを呪いながら、次のバイト先を探すべく地道にネットで検索する。
「あ、これ良さげー・・・って、要普免だ、駄目じゃん。んー、何か他に似たような好条件のないかなあ」
車の免許を持っていない私にとって「マイカー通勤可」というのは、「免許が無い人は採用しませんよ」と暗に言われているのと同じ事だ。
「社会復帰って難しいなー・・・」
ぶつぶつと呟きながら条件を絞り込んで再検索。
「んーと、近くて時給いいとこ・・・取りあえず市内で、法定の最低賃金プラス百円は欲しいけど、扶養入ってるから稼ぎすぎても駄目だし・・・」
するすると画面をスクロールしながら、応募条件を満たしている職場を探す。
「てか、なんでパチ屋が学歴高卒以上なんだよー、学歴必要か?別に中卒でもいいじゃん、高校生不可の十八歳以上でいいじゃん」
こうなってくるともはや愚痴だ。
おとなげないという自覚はあるものの、この理不尽なやるせなさをどこにぶつけたらいいのか分からず、ついつい口から暗い言葉が漏れてしまう。
「やっぱ名前も良くないのかな・・・なんか無駄に怖いよね、字面が。あと純粋に読めないとか」
こうなるともう「百目鬼」という自分の名字すら恨めしく思えて来て、いやでもそれはあまりにも無責任な考えだ、と頭を振った。
もう今日は止めよう。
これ以上は精神的によくない。
本日の職探し終了。
気分転換にゲームでもしようかと思ったが、なんだか今日はそんな気にもなれなかったので、貰い物の可愛いティーバッグの紅茶を淹れて飲む事にした。
「また明日頑張ればいっか・・・もう今日だけど」
と、日付の変わった時計を見ながら熱い紅茶をすすり、リモコンに手を伸ばしてつけっぱなしだったテレビを消す。
「・・・まあ、なんとかなるよね」
自分に言い聞かせるように呟くと、残っていた紅茶を飲み干して立ち上がった。
「早く働き口が見つかりますように、って初詣の時お願いしとくんだったかな」
そんな事を考えながらカップを洗っていたら、「清掃系のバイトしたら少しはダイエットになるかもよ?」と母親に言われた事まで思い出して、せっかく紅茶で少しは穏やかになった私の心は一気に沈みこんだ。
「・・・確かに太いけどデブって言うほどデブじゃないもん」
腹の肉をぷにぷにとつまんでみる。
「でも、やっぱり太ってる・・・よね・・・」
どんどんと沈んでいく気持ちを切り替えようと、久々にアロマを焚いてベッドに入る。
「はー・・・今日は早く寝られるといいな」
基本的に夜に働く事を思わしく思っていないのだろう父親には夜や早朝のコンビニバイトも反対されていて、我が家には憲法で保証されているはずの「職業選択の自由」というものがないに等しい。
反対された職業の面接で落ちたと知ると、隠す気もないのか嬉しそうにしていた時にはさすがに腹が立った。
そんなに就労意欲を殺ぎたいのか。
せっかく引きこもりの娘が仕事をしようという気になってきたと言うのに。
不眠症で飲んでいる睡眠薬をポイポイと口の中に放り込んで水で流しこむ。
一般的な「過保護」というのとは少し違うらしい自分の親の心というのが、私は全く理解出来ない。
ようやく睡眠薬が効いてきたのか、そんな事を考えながらウトウトとし始める。
眠りについた私は、目覚めればまた職探しに取りかからなければならないのだ。
せめて熟睡できますように、と思いつつ私は眠りに落ちていった。
その日は、前の職場でトラブルが起きてバタバタと対応に追われる、という最悪な夢を見た。