お見合いに行こう!
「お見合い? 」
寝耳に水というのは正にこの事であり、いつもの学校帰りの着替えの最中、唐突に執事ホグワルツが片膝ついて畏まった姿勢で話題に挙げてきた。
「左様で御座います。お見合いとは言いますが堅苦しく、嘘八百を並べて学歴と年収だけが目的の公式コンパでは無く、実際には種族間交流の一環として訪問される次第であります」
鏡を見ながら制服を脱ぐと、すかさずホグワルツが受け取り、手直して畳んで行く。当の昔からこういった習慣が好きではないが、それも名家の嗜みの一つとして頑なに拒否をされてきた。
思春期を迎えた男子として成長期の身体を見られるのは好ましくないが、今はもう何も言わないようにしている。
一度、部屋ではしゃいで盛大に割ってこっぴどく叱られた、価値数百万の鏡越しにホグワルツを見ながら、シユは疑問を抱きながらも答える。
「公式訪問ならウチには関係ないんじゃ・・・」
ウチは生来からの貴族の出ではなく、両親の武勲で取り上げられた生え抜きである。戦時でもなければ武骨な連中はお呼びが掛からないと思う。
そんな訳でバンダースナッチの英雄とまで称された両親から生まれたサラブレッドが自分の出自だが、鏡を見る度に本当に血を引いているのか問いたくなるぐらい貧弱な身体に嫌気が差してくる。
そこに可愛い等と童顔の容姿を持て囃されるのだから尚更だ。
「そこがミソです。シユ様」
何やら物言いたげそうな執事が顔を上げる。
表情には皺が目元へ寄せて吊り上がり、いつもは閉じたも同然の瞳が、黄色い光沢を覗かせていた。
こういう時は何かある、付き合いの長いシユはそう察知し、黙って聞く事にした。
「今回、遠路遙々お越し頂くのはドゥーン地方よりハイエルフ御一考。なんとその中にはシユ様と同年代のオナゴも来られるという事。プリンスアンドプリンセス夢の共演となれば話題沸騰、大いに盛り上がりますぞ!」
確か、自分達バンダースナッチの一族とハイエルフの一派とで、休戦協定を結んで今年が丁度二十年の節目だったと思う。お互いに不干渉主義を貫いて、今まで国交はおろか和解すらしていなかったが、政の間で何やら動きがあったらしい。
要は公務である。貴族という家柄に産まれた以上は付きまとう責務だと散々言われてきた。
「また、ダシに使われるのかよ・・父さん母さんは何て言ってんの?」
「今回に限って言えば国王直々の頼みともあり、無下に断る事も出来ますまい。御二人方も了承する旨を伝えています」
事実上の拒否権は無いに等しい。
昨今、揺れる種族間問題からの意思表示だろうか。
蛇とマングースのように相容れない物同士の紛争は各地で起こっており、ドワーフとコボルドが貴金属産出とその加工に関する賃金で揉め、現地で怪我人多数、その後、コボルド側が大使館を包囲しデモ行進等、小さな問題まで含めると枚挙に暇がない。特にエルフとドワーフについては、歴史上数え切れない程戦争を繰り返しており、歴史の教科書にも多くのページを割いている。
どちらも登場する名前が三世だの五世だの長ったらしい上に覚えづらく、シユの赤点の主な要因でもある。
因みに今現在もエルフとドワーフ間においては国交は結ばれていない。
「エルフかぁ。ベジタリアンでガリガリ、ペチャパイ、子供の服が大人になっても着れる何時まで経っても成長しない集団、音痴、ネクラ、口煩くて陽惚けして甲斐性無しって聞くけどなぁ、どうだろうなぁ・・・」
「随分、偏った印象をお持ちで・・・」
微笑んだまま、罵詈雑言を述べる無邪気な一面に執事ホグワルツは驚いた。
「しかも、お見合いなんてした事ないぞ・・・」
新婚さんなら、幼稚園時代に同級生の女の子とおままごとでやった記憶がある。仕事帰りの旦那を玄関で迎える奥さん、選択肢は食事、風呂、私、と少々マセたシチュエーションだった気がする。お相手は今では学年トップの才女であり、国際交流の第一人者として羽ばたきたいと称する彼女と、地面スレスレどころか土竜の如く潜行する成績の自分では、もう交わることは無いのだろう。
「お見合いというのは要するに身長、年齢、趣味等のプロフィールを紹介し、これまでの経験談を述べれば良いだけです。後は流れでなんとかなります」
ホグワルツぐらいの年齢にもなれば、お見合いの数も相当にこなしているだろう。年の功の言葉通り余り深く考えないでいいかもしれない。
「分かったよ。異文化交流、意見交換会ぐらいでいいんだろ」
歴史館で粘土固めの標本を見たことはあるが、実物のエルフを拝める機会もそうそうないだろう。
なによりあのエルフを前にして父母に万が一の事態があった際に咄嗟に間に入れるのは自分しか居ない。血を見る処の騒ぎでは済まない、下手したら首が飛ぶ、もちろん物理的な意味合いで。
そう、自分の両親はエルフを猛烈に嫌っているのだ。
「さすれば、早速お着替えを」
下着姿から、どこから用意してきたかカジュアルなタキシードを持って、これを着るように促す。
予め用意してきたかのような手際の良さ、これには裏があるに違いない。
「ちょっと待って、今までの会話っていつの話だよ」
「今すぐじゃあ、息子よ!!」
部屋のドアをノックもなく勢いよく開けて、質問に解答をしたのは大柄で恰幅の良い背格好の男、右眼の上から頬に掛け肉食獣にでも裂かれたような跡があるのは、紛れもないシユの父親である証拠だ。黒のタキシードに身を包み、白いスカーフを首に巻いて如何にもダンディーな雰囲気を漂わせている。
胸元が少し膨れて長方形の形が浮き彫りになっているが気のせいだろう。
「アイツらが信用ならん人物なのはワシが一番知っておる。宮殿でほんのちょっとでも粗相をしでかしたらワシが細切れにしてやるわ ! 安心せい!」
既に意気込んで、かち合いをする気満々の様子であり、見掛けからしてとても国の外交官の立場足る人物よりも金バッジを付けて危ない薬を取り仕切る人物の方がしっくりくる。
臨戦態勢はバッチリ。きっと黒のタキシードを着込んだのも返り血が目立たないという理由だろう、このまま父親を出席させれば血のスープを見ることは明らかである、この抜き身の剣状態の父親を止められるのは、その鞘足る母親以外には存在しない。
少々血の気が引いたシユは自分の着替えも中途半端なのもほったらかして、急ぎ足で部屋を出、角部屋の自室から物置を挟んでその通り、母親の部屋で立ち止まり、ドアを強めにノックする。
「母さん!! 父さんが!」
事は急だとそのまま開けた。
「あら、シユ。どうしたの?」
丁度、鏡を向いたまま背中越しに話す母親の姿。珍しく、ドレスに着替えてあり背中のスリットから大胆に肩甲骨付近まで肌を露出しており、髪もお団子状に結っており、その姿は普段の母親像からは想像できないものであった。
「どう? お母さん今日は色っぽいでしょ?」
「え!? それは・・・」
唐突なアピールに戸惑ったが、確かに十五のコブ付きが居るとはにわかには信じ難い妖艶さがあるかも知れない。
でも、今それは些事というかどうでもよかった。
「父さんが・・・」
「懐かしいわぁ、お父さんと結婚する前はこういうドレスを着込んで、忍の仕事をしてたのよ」
紅い口紅に黒装束をモチーフとしたドレス。俗に言う、相手に送る死化粧であり、父に出会い結婚するまでに女忍の頭領として現役バリバリだったと聞く母親の本気を見た。わざわざ、衣装ケースの奥側から引っ張り出して来たのだろう。
「こどもの安全を守るのはPTA会長の役目。今日は私も居るから安心して社会勉強しておいで」
今やたら太股を強調しているスリットから僅かに銃口らしきものが見えたのだが、これは見間違いだと思いたい。
「や、やる気満々だね母さん・・・」
もはや駄目だ、古今東西様々な種族があり、中には他種族に対して超排他的な行動に打って出る過激な種族や部族が存在するが、この夫婦はその村の中心を悠然と闊歩出来る胆力と爆弾よりも着火させてはならない危険性を併せ持っている存在なのだ。
「シユ様、上着で御座います」
唖然と、呆然と、立ち尽くすシユにホグワルツはごく自然に上着を掛けて、袖を通し、ボタンを閉じて身なりを整える。
「そいじゃあ行くとするかの」
家族一同揃い踏み、リークアト家の家長がシユを引き連れて、宮殿へと目指す。
それぞれがドレスアップし軽い足取りで臨む中、シユは既にげっそりした面持ちと気持ちでこれから起こるであろう惨事を想像し、戦慄するのであった。