約7ヶ月分の不安定
1.家の虫
呪われたみたい濁った空の下で、コンクリートの塀の上を一匹のカタツムリが這いずっていました。
カタツムリにはコンクリート表面のカルシウム成分を削り取る習性があるようなので、あれはきっとお食事中だったわけでしょう。
それはともかくカタツムリの外見が酷く気味が悪く、見ているほどに僕はさっさと家に帰ろうという気持ちになって足を急がせたのですが
すぐに自分の家が無いことを思い出しました。
すでに僕の視界で小さくなってしまったカタツムリには、すぐ背中に家がありました。
2.殺虫期
小さい頃、虫を殺すのはとても楽しかった。
バッタの脚を全部ちぎってイモムシにしたり、キリギリスの顔を火で炙ったり、蜘蛛の巣に投げ込んだり
ナメクジをミイラにしたり、ミミズを石ですりつぶしてミンチにしたり。
どっちが上手く殺れるか、なんて友達と競ったりもした。
でも不思議と今はそういうことをやりたいとは思わないし、文章にしただけでちょっと吐き気がする。
今の幼児達も同じような事をするのかな?
野生の猿なんかも、特に食べるわけでもなく小さな生き物を殺すらしい。
たぶんああいうので生き物の体や生死を理解したり、後から振り替えってみて命について考えたりするのだと思う。
教科書には載ってない大事なお勉強なのかも。
もし自分の子供がそういう行為を始めた時、親御さん達は褒めるでも叱るでもなく、そっと見守っておいて欲しいかな。
そう言えば、犬や猫やハムスターを標的にしようとは思わなかったなあ。
彼らからは虫よりももっと生々しい反応が見られそうなのに。
でも絶対に嫌だ。
同じ哺乳類だから情が沸いてるのかな。
もしかすると、自分に近いもの程殺せないのかも知れない。
そうすると、虫って人間とはかけ離れてるから納得。
あ、平気で人間を殺せる人っていうのは、本当は人間じゃないのかもね・・・・。
最近はリアルな戦場で人を銃で撃ち殺すテレビゲームが結構ある。
そういうのは主に外国から輸入されてるんだけど、僕も遊んだことがある。
最初は映像の綺麗さに驚いて、ひたすら風景や物を眺めてた。
そしてとうとうやってきた、人を銃殺する場面。
特に何とも思わずにボタンを押して発砲すると、現実に近そうな挙動で敵が倒れこんだ。
それを見て結構な罪悪感を覚えたけど、その後も立て続けに起きる銃殺シーンですっかり慣れて
敵を見つければすぐに撃つようになった。
ちなみに相手側もこちら見つけるとすぐに殺しに掛かってくる。
日本では多分高校生くらいが熱狂してるゲームだろうけど、このスリルと緊張感を体験してそうなるのも納得。
外国では日本よりも更にこういうゲームに人々が熱中していて、小さな子供達までやってるらしい。
まあ、外国って言っても主にアメリカやイギリスだろうけど。
日本はそう成り果てて欲しくないと心底思った。
現実とテレビゲームがしっかり区別出来る年齢の人にはスリルと興奮を味わえる上質な娯楽かも知れないけど
これを小さな子がやるのは言い知れぬ危機感を覚える。
3.ヤツアタリ
溜まった怒りを周囲の人になりふり構わずぶつける人が非常に醜く見える。
怒りの原因となった人に直接ならまだしも、たまたま近くにいただけの人に理不尽に攻撃して発散する人。
野蛮な動物でさえもそんなことはしないんじゃないかな。
僕が生きている世界では自分の感情とストレスすらきちんと管理出来ない人が多いように思える。
子供ならまだしも、いい年をしたおじさんおばさんでさえも。
彼等は中身は子供のままで体だけが大きくなってしまったのかも知れない。
果たしてそういう人を大人と呼んで良いのだろうか。
僕はそういう人々を沢山見てきたし、彼等に虐げられたこともあっただけに
絶対に同じような人間にはなりたくないと思った。
もしかすると彼等は自身から望んでそうなったのではなく、何かにそうされたのかもしれない。
4. 地球牧場
牧場主がブタを蹴った。
ブタの怒りは隣のブタに向いた。
牧場主がブタを殴った。
ブタの怒りは隣のブタに向いた。
しまいにはブタ同士でケンカを始めた。
牧場主は影でそれみて笑ってた。
あら不思議。
牧場主に怒りは向かないので
今日も地球社会は安泰です。
5. 西洋人はカッコいい?
みんな何となく西洋人(欧米人とも言う?)に憧れている。
顔の造りも自分たちよりも欧米人の方が優れていると思っている節がある。
これはまあ、とりわけ白人のことだろうけど。
ファッションに関しても欧米人はどんな洋服を着ても格好よく見えて、それとは反対に日本人はどんなに洋服を着飾っても今一つ格好が付かないと言う人々が居る。
そういう事を言っている人を見ると可笑しい。
いや、そりゃそうだよね。
だってそれ、"洋"服だから、と。
僕には昔の写真なんかで和服を着ている日本人男性がとても格好良く見えた。
今の、アジア人なのに欧米人向けの服を着てあべこべな印象の大人気取り達よりも、ずっと大人らしく見えた。
和服で黒髪の日本人女性もとても美しかった。品のある静けさとでも形容するべき不思議な魅力を感じた。
それは、今の金髪茶髪のウルサイお姉さん達が持ち合わせていないものかも。
そういう感じで、日本人向けの服に身を包んだ日本人達はとても美しい。
洋服が西洋人に似合うのと一緒で、当たり前のことだろうけど。
「顔」に関してもメディアに映るモデルの西洋人ばかりで、西洋人の一般人の顔ってあんまり見る機会がない。
そうすると、西洋人モデル=一般的な西洋人 という印象が脳内で生まれるわけだよね。
一種の洗脳とも言えるかな?
僕は地球の人間社会を支配してるのがフリーメイソンかイルミナティかサンヘドリンかユダヤなのかは知らない。
でも、最上位かどうかは置いておいて、歴史から見て今でも白人が大きな力を持っているのは確かだ。
そうなれば世界に向けて自分達の容姿こそが優れているという大々的な広告をしていてもおかしくはない。
マスメディアに触れないで成人になった人が、初めて白人の顔を見たときはどう見えるのか気になる。
これは所詮は予想に過ぎないけど、顔の凹凸が激しくて怖い、怒ったみたいに顔が紅潮していて野蛮そう、とか、そういう感想を抱きそう。
6.歩く脱け殻
枯れ葉を踏むとぐしゃりと音がした。
セミの脱け殻を踏み潰す感覚に似ていて気味が悪い。
以降、枯れ葉に気を付けて歩こうと思った。
僕の足はどんどん人気の無い森の中へと進んでいく。
辺りは薄暗く、怖がりな僕には少し恐怖心もあった。
ここまでくるともう誰も居ない、誰も見ていない。
それなのに何故か、葉を揺らす木々から視線のようなものを感じる。
彼等には僕が見えているのだろうか。
でもそれは人の視線程の威圧感があるわけでもなく、さほど不快にも思えなかった。
感覚を集中してみると、嘲笑うような冷たさ。子を見守る親のような暖かさ。警戒しているような緊張感。
そこには様々な種類の視線が入り交じっているように思える。
人と同じように木々の感情も様々なのだろうか。
人に見られていない。
それだけのことがとても心地よかった。
僕の顔や素振りを見るものが居ない。
何かから解放されたように感じる。
森の奥にはひっそりと小さな湖があった。
僕はそこで立ち止まって、しばらく憩うことにした。
本当はそういうときって腰をおろした方がいいのだろうけど、椅子があるわけでもないし、地面に直接はちょっぴり虫が怖い。
静かな水面を眺めながら、底に人の死体が沈んでいるのを想像した。
水面から白い腕がのびてくるのを想像した。
昼間なのに薄暗い森の中を見渡して、奥から熊や人に似た異形が姿を現すのを想像した。
不安が更なる不安を呼び、ついには不安だらけになって、何か黒いものが体にのし掛かってくるかのような心地になる。
僕は急いで飛び出して、もと来た道を引き返した。
必死で走っていると本当に何かが後ろから追いかけて来ている気配を感じて、僕は走りながら何度も振り返った。
こちらが急げば急ぐ後ろの何かも速度を上げるような気がする。
かといって立ち止まるとそのまま追い付かれてしまいそうで、速度を落とすことが出来ない。
ほとんど息を切らしながらも僕は走り続けた。
走っても走っても森から出られないので、ずいぶんと長い距離を歩いて来たものだと我ながら呆れた。
だんだんと意識が薄らいで来た頃に、ようやく辺りが明るくなってきた。
やっと森から出られた。
その瞬間、僕を追いかけてきた恐ろしい何か気配も消え去った。
安心感からゆっくりと息をつく。
長い時間をかけて呼吸を整えた。
僕は生きている。
薄暗い森の入り口を振り返りながら、そんな当たり前の事を思い出した。
脱け殻みたいだった自分の体に、何かが帰ってきてくれたような気がした。
7. 夜は寂しく
どんなに人と関わっていても寂しくてたまらず
人と関わらなくなってからもこの寂しさは変わりませんでした。
寂しさで死んでしまいそうでした。
僕が求めているのは人ではないのでしょうか。
脳に欠陥でもあるのかも知れません。
寂しさが極限にまで達した時のことでした。
寂しさに苦しんでいる僕の部屋は寂しさによって満たされました。
寂しさが一ヶ所に集まって形を帯びてきました。
寄り添ってみると、ひんやりしていました。
寂しさと一緒に夜を明かしました。
寂しさは薄いブルーでした。
男性か女性かわからないとても綺麗な顔をしていて、幻想の世界みたいな涼しげな匂いを放っていました。
寄り添っているだけで心は満たされました。
僕を満たした後に寂しさはそっと消えていきました。
精神が壊れないように脳が見せた幻覚だったのかも知れません。
もしかすると人は精神を保つために、気付かぬ内にいくつも幻覚を見て過ごしているのかもしれません。
今回の件で僕は自分の脳に感謝をしました。
8. 潮風と黒猫のダンスで僕は泣かず笑わず
人くらいのデコボコした板に大きな縦長の目玉が二つ。
唇も歯もない真っ黒の空洞の口。
鳴き声はいろいろな楽器の不協和音で、酷くまがまがしい。
アパートの誰も住んでいない一室には、そんな、見たことがなく、見てはいけないような者が居たよ。
屋台のお姉さん、どうか僕にそのサフランクッキーを一つ売ってください。
愛のような花の香りを伝って現世に甦りたいのです。
ポケットにはお金がなかったので、食べる想像だけで済ませました。
海が鳴いているけれど、その莫大な感情はとても僕の手に負えるものではない。
道行くサラリーマンのおじさんもそう思っていたみたいで、顔も知らない赤の他人なのに、妙に親しみを覚えた。
黒猫が道の前方を横切っていった。
知識によって地面に敷かれた黒い線が可視化していたので、僕は道を引き返して別の道を行った。
なのでせめて、これを見ているあなたは風邪を引かないように気を付けてください。
最近は寒いですから。
9. 淡々と映し出される世界
物語の基本と言われる起承転結がほとんどなくて
淡々と描かれて突飛に終わるような
今はそんな小説が読みたい気分。
「水滴がつるんと葉っぱの表面を滑って、地面に落ちて染みになりました。」
自分で書いたのを自分で読んでもそこまで面白くはないけど、大体こんな感じの。
勿論、葉が竜の背でもいいし、水滴が血でもいい。
うまく説明さえも出来ている気がしないけど、こういうものにジャンルはあるのだろうか。
人物の感情や言葉がほとんど登場せずに、ただ淡々と語られる風景。
無機質な物語。よく言えば自然的。
思い付くままのワードで検索をかけると「情景描写」という言葉が出てきた。
その場の状況を表す小説の構成の一部のことらしい。
僕が求めているのは多分これだ。
情景描写だけの小説が果たして小説と呼べるのかはわからないけど
本当に何処かに存在する世界をちょうどいいくらい覗いているような気分になれそうで良い。
そして何より、今の僕には普通の小説を読む気力が無い。
10. 社会不適合嗅覚
人の多い空間は人の匂いになってしまいます。
満員電車に教室に会議室にカラオケボックスにショッピングモール。
濃厚な人間の匂いで満たされた空間は、思い出すだけで吐き気がしてきます。
沢山の人の匂いも人々が身に付ける衣服や香水の匂いも大嫌いです。
でも人間自体が嫌いというわけではありません。
むしろ好きです。たぶん。
夜風の澄んだ匂いのなか、草原で星を見上げながら人と仲良くしたいです。
けれどそれは高望みが過ぎるのでしょう。
というわけで、インターネットを通じて行える人々とのほとんど透明なやり取りは、僕にとって理想的なわけです。
11. 剥がれる男の子
土曜日というのもあって街に出ると沢山の車や人で混沌としていた。
車の廃棄ガスのせいか街の空気は全体的に濁って見えた。
食べ物のお店ばかりが建ち並んでいて人々の食欲にお節介を焼こうと気を張っていたのが
みんなの目をひこうと右往左往して空回るテレビ番組と重なった。
人が多いということは、その場には多くの視線がある。
それが僕には刺すように照る砂漠の太陽のように苦しいものだった。
スーパーマーケットのお菓子コーナーで、気をつけして勢揃いのカラフルなお菓子達を眺めていた。
添加物が少なそうな板のチョコレートを買い物カゴに食べさせてレジに向かっていると
遠くから小さな可愛らしい男の子がちょこちょこと走ってくるのが見えた。たぶんまだほとんど喋れないくらいだと思う。
そのまま近付いてきて何故か僕にぎゅっと抱きついてきて、木にとまった虫みたいに動かなくなってしまった。
状況が理解できないまま立ち尽くしているとすぐにお母さんらしい人がやってきて
笑って謝りながら男の子を引き剥がしてくれた。
いざ剥がすとなれば男の子はすんなり剥がれて、剥がされた後は不思議そうに僕の顔を見ているだけだった。
「可愛らしいお子さんですね。」とか気の聞いたことも言えずに僕は会釈だけして立ち去った。
振り返ると、何事もなかったかのようにお母さんにちょこんと付いて歩く男の子の姿があった。
12. 窮地の食卓の
僕のお皿に人間の手が盛られた。
「食べなさい。」
首を横に振ったけれど、そんなのは許さないというように刺すような視線を浴びせ続けられる。
胃か心臓かわからないけれど、自分でだいたいそういうものがあると想像している場所がキリキリ痛んだ。
仕方がないので恐る恐る箸で手の中指を挟んで、そのまま持ち上げた。
手首の方も少し残っていて、焼いたのか煮たのか茶色の表面がテロテロ光っている。
食卓で、誰のものかも知らない手が力なく宙ぶらりんになっていた。
13.冬のお告げはガラス鳥 仄かなランプはハートの1
悪の中に埋められた善。
善の中に紛れこんだ悪。
大勢に支持されてる悪人がいれば、大勢に非難されている善人もいる。
そしてまた、大勢に支持されてる善人も、大勢に非難されている悪人もいる。
物事を数の優越だけで判断してはいけない。
本質を見抜く必要がある。
風を読むような静かな人がそう言っている。
目に見えないガラスの鳥たちが、氷のように冷たい不可聴域の金切り声で冬の到来を予告しています。
由来も知らないボロ紙切れ数枚と懐かしい蝋燭をカバンに詰め込んで、あてのない旅に出ましょう。
13.入場無量ミュージアム
キーンとかカーンとか得体の知れない金属音が何処からか聞こえてくる日曜日。
カラフルな熱帯魚達が全滅してしまって水草だけが禍々しく伸び狂う水槽の廃墟の中に僕は沈んでいました。
季節のおかげですぐに夜が来る街をうっすら暗くなった時間帯に歩いていると
すれ違う人々の顔に終末の日を思わせるような陰りが見える気がして、僕の心は安らいだ。
事前に告げられていたのならば最後の日の日本はきっとこんな模様だろう。
もしかすると、突如告げられてもこうなのかもしれない。
空模様が気になる若いお母さんの不安をよそに子供は楽しそうに話しかけているし
信号待ち中に携帯電話を操作する無表情な女子高生は影に馴染んだ人形みたい。
おばさんの連れた犬が尻尾を振って近付いてくるのを動物が得意でない僕は露骨に避けてしまったけれど
暗い日の人々はこうも怪しく綺麗。
14.人と星
人が星を見上げなくなってからというものの
数多の夜空の不可思議は見られずに過ぎてゆく。
澄んだ悲鳴に似て浮かぶ月と明滅で唄う星々。
いくら豪華に飾った腕時計よりもずっと、夜空は時の曼陀羅であるのに。
夜空より、知られず人に注いでいるのは冷静さとあと少しの霊性。
なおもまだ人々は星の名の下に日々を過ごしてはいる。
太陽系の星の名の下に過ごすというのは星が時を支配していると解釈する古代エジプトの世界観らしいけど
それに馴染めるあなたたちは一体何処からやって来たの?
何処に向かおうとしている?
食と性と空虚な勝利の高揚で頭を埋め尽くして、人を動物に落とそうとする者がいる。
自分の頭で考えることが必要とされています。
15. 獸臭
善意には善意を
悪意には悪意を
マンホールからはみ出た不気味な触手を引っ張ると、無機質な街中には不似合いなタコが姿を見せた。
僕は驚いてすぐに放り投げしまって、タコはそのままトラックに轢き潰されて真っ黒の染みになった。
染みから黒い手が伸びて来る前に僕は逃げ出したはいいものの、結局は巨大なビルの群れに魂ごと食べられてしまった。
悪意には悪意を
善意には善意を
濃厚な土の匂いで溢れる森の中を歩いていると、遠くの方の茂みが鳴っているのに気が付いた。
駆け寄ってみると中では少女が狼に食い殺されている最中で、暴れる少女を抑えるのに必死な狼は僕には気付いていないようだった。
僕は家の庭から勝手に持ち出した斧を握りしめていて、それを狼の首に目掛けて降り下ろした。
首が跳ね飛ぶのを想像していたけれど、僕の貧弱な腕力では斧は首の半分のところで止まってしまった。
それでも狼は操り人形の糸をぶち切ったみたいに絶命して
首の部分にモザイクがかかった少女もこちらを力なく一瞥した後に息絶えてしまった。
近くで狼の巣を見つけた。
そこで寝そべっていた恐らく先程の狼の子供達を、僕は躊躇いながらも皆殺しにした。
愛には愛を
16. 精神科には行きたくない
「精神科で診てもらった方がいい。」
そう言われる度に僕は「行く気力もありません。」
「医者が怖いので尚更悪化します。」
「精神病院に行くくらいなら死にます。」
とか、そんな風に理由を並べてなんとか行かずに済ませてきた。
実際、僕はどうしてそこまで精神科に行きたくなかったのかと言うと
当時は「面倒だから」の一言で済ませられる程度の理由だった思う。
本当に行く気力も無かったとも思うけど。
そして結局、人生で一度も精神科に行かずに済んでいる。今のところはだけど。
そもそも医者はボランティアでやっているのでは無い。
特に精神科は、外傷を治療するのとはわけが違って目に見えない精神の部分だからやりたい放題だと思っている。
あるいは殺りたい放題。
もし僕が利益のみを優先する怖いお医者さんだったらどうだろう。
まずは受診者がどの病気にも当てはまらなくとも取り敢えず病名を告げ、薬を買わせる。
薬はなるべく依存性が強いものを選ぶかな。
そうすれば嫌でもまた来るだろうから、また薬を買わせる。また来る。買わせる。また来る、買わせる・・・。
選んでる薬はデタラメだし、そのうち患者の脳も体もボロボロになってくるかもしれない。
ゾンビみたいになるかも知れない。
思考能力も鈍って、更に良い商売相手として完成するのかも。
生かさず殺さずの状態で薬を買わせ続ける。お金ありがとう。
勿論、もし患者が自殺しようと何だろうと他人事。
ラストシーンは待ち合い室にぎっしりの患者さんたちが歩くお金に見えて思わずガッツポーズ。
という風に怖いことを考えて、今ではもっと精神科に行くのが嫌になった。
今回のはあくまで悪質なヤブ医者の場合で
善意や義務感からしっかりと病気を治そうとしてくれる良い精神科医さんもいると思う。
でも何故だろう。それでも僕は行きたくない。
精神科の薬って脳に直接作用するみたいだし、それも怖い。
17. 水溜まり
カエルが水溜まりに飛び込んだ。
カエルが自分から飛び込んだように見えるけど
本当は水溜まりの方がカエルを呼んだらしい。
カエルを飲み込んだ水溜まりは、ぐにゃぐにゃになって消えた。
僕は目を擦ったり頬をつまんだりしたけど、結局水溜まりは戻って来なかった。
煙を吐き続けている工場の裏路地であの水溜まりを見つけたのは三日後のことだった。
僕がそばに寄ると水面がブクブク泡立って、この前のカエルを吐き出した。
続いて、蝶々も中心から浮かび上がってきた。
この綺麗で立派な模様はアゲハ蝶だろうか。
飛べないのか、横たわって水面に浮かんだまま、線のように細い脚だけは微かに動かしている。
蝶々は一通り漂った後、水溜まりの端に引っ掛かった。
すぐそばにいたカエルが、待ち構えていたかのようにすかさず噛みつく。
その時、蝶々と目が合ったような気がした。
真っ黒でツルツルした目。
でもすぐにカエルがムシャムシャと口を動かしたので、蝶の姿は無くなった。
僕は悲しい短編映画でも見たような気分だけど、カエルは何事もなかったかのようにケロっとしている。
18. 灰色団地のボロ人形が見る世界
ここ最近は曇り空が続いている。
家から離れた名前も知らない古い団地から空を見上げると
まるで自分がホラー映画の舞台に居るみたい。
不思議ととても落ち着く。
僕の心の状態に合っているのかも。
こんなことを想像した。
心の状態と景色にはそれぞれ色がある。
明るい緑色の心と晴れた草原の景色。
青い心と雨降る青い景色。
灰色の心と灰色の曇り空。
感情と景色の色がぴったり合うとその感情は幸福へと昇華される。
悲しい時は冬の日に降る雪も一緒になって悲しんでくれる。
嬉しいときは道端の花もそよいで一緒に喜んでくれる。
何処までが自分で何処までが世界なのだろう。
境がわかなくなってくるような景色と感情の不思議な時間が流れて、体が景色に溶けていく。
なんとなく落ち着けない時は馴染める景色を探しに行こうかな。
これからそうしよう・・・。
19. 青い血肉と赤い空
聞いたことのない綺麗な音楽があちらこちらに反射して巨大な網を形成している。
音に魅了された僕はふらふらと巣穴から出てきて、網の複雑に重なりあった箇所に引っ掛かってしまった。
誰かが網全体を強く引っ張ったのか、僕の体は空に放り投げられた。
そのまま地面に叩きつけられて死んでしまうのかと思ったら、地面スレスレにまたさっきの網が待機していて
僕はふたたび空に放り出される。
それが何度も何度も繰り返された。
僕は次第に面白くなってきて笑い始めた。
笑い声の次は自然と音楽に合わせた歌を歌い始めた。水みたいに透き通った声はとても自分のものとは思えなかった。
もう一度空に放り出されたときに僕の体は何故か宙に留まって、ゆっくりと回転しはじめた。
僕はそのまま気分よく歌い続けた。
ところがある時ブチッという音がして世界が真っ暗になった。
突然落ち始める僕の体。
今度は網には助けてもらえなくてそのまま地面に叩きつけられた。
凄く痛かったけど死んではいなかったみたい。
だけど真っ暗な中、そのまま手足が痺れて意識も遠のいていった。
目が覚めると僕はまた巣穴の中に居た。
自分の体を確認するとアザも傷も出来ていなくて、夢だったのかとホッとした瞬間
またあの綺麗な音楽が流れているのに気が付いた。
まさかと思って外に出てみると前回と同じように音の網が形成されていて
前回と同じように僕は音に魅了されて同じような場所に引っ掛かった。
そして前回と同じように空に放り出された瞬間、今度はすぐに歌い始めてみた。
すると世界全体が僕に対して優しくなったみたいな、褒めてくれているような不思議な感覚が襲ってきた。
僕は嬉しくなってとびきりいい声で歌ってやった。
ブチッと音がした瞬間、今度は空中で素早く体勢を整えて足で着地してみた。
足に衝撃が走った。
地面に体を打ち付けずには済んだらしいけど、手足が痺れて意識が遠のいていくのには変わらなかった。
そんなことを五億回くらい繰り返した。
思い出したように自分の体を見てみると、擦り傷やアザでボロボロになっていた。
足も少しずつ動かしづらくなってきている。
痛むし、骨にヒビが入っているのかも知れない。
音楽が聞こえたので外に出ると、網は最初に比べると明らかにスカスカに間が空いていた。
最近、飛ばしてもらう時に隙間から何度か落ちてしまった。
そんなことを思い出していると、突然音楽が途切れた。
今までこんなことは一度もなかったからすごく不安になった。
そして異変は訪れた。
今、空が真っ赤になっている。
僕の目から煙が出てきた。涙が蒸発している?
凄い温度だ。どうすればいいのかな。
巣穴に戻ろうと思ったけれど足がピクリとも動かない。固まってる。
声をあげようとすると掠れた音だけが小さく響いた。
そうだ、そもそも助けを求める相手もいなかった
なんだかもう諦めがついてしまった。
それにしても熱い。
肌が溶け落ちて手の骨がむき出しになって見えた。
初めて見たけど骨はキラキラ青色に光っていて綺麗だ。
骨も液体になって地面にこぼれおちた。
全身の感覚が無くなっていく。
僕はただ黙って赤い世界を見
20. 錆の夜
24もの無機質な区切りが人々を走らせたり立ち止まらせたり平気で魂を奪い去ったりしている。
朝と夜の自然的な明暗の2区切りで生きていた昔はどうだったのだろうか。
時間が止まったかのように冷たい夜の中、その疑問に興味を示すかのように、錆びたブランコが独りでに揺れていた。
帰り道ではシチューを思い浮かべる。
一定間隔で立ち並ぶ街灯がポツポツと道に光を落としてこの世のあらゆる孤独を引き立てる中
架空の暖かい両親に迎えられてとびきり美味しいシチューを熱がりながらも食べることを妄想をしていた。
冬とは思えない程激しく陽が照りつける日、住宅街の道路の隅ではカメレオンの死体がくたばっていた。
異様な緑色の亡骸。
恐らくペットとして飼われていたものだろう。
生きている内に捨てられたのか、捨てられてから死んだのかは検討がつかない。
とにかく好奇心に僕の胸は踊って近付いてよく見てみたいと思ったけれど
周りにいた何故かそれには全く目もくれない数人の通行人の視線が怖くて遠慮した。
ちょうどカメレオンの目の辺りに張り付いたアリが忙しそうなのだけは一瞬見てわかった。
月の光をトライアングルの音に変換して誰にも知られず頭の中で鳴らしている。
そして、ここはとても寒い。
21. ノイズ2014
ノイズ2014
あらゆるものがノイズとして僕の視界を濁す。
脳内の知識がノイズの原因の一つである。
本質的視力0,01未満に陥った僕は脳を浄化する必要がある。
かつて、生まれた時は皆、晴れて良好な視界を持っていた筈だけど、多様な物事を学ばされることによって視界を占めるノイズ濃度は上がり
最終的には現実世界にいながらも別の世界を見ながら生きるようになる。
「現実を見ろ!」と声を上げては崖の下の腐臭たっぷりの奈落を指し、笑顔で元気一杯に身を投げるようになる。
偽りの世界を映し出すスクリーンは食と性と空虚な勝利を怒濤のフラッシュで脳内に流し込み
貴方が人間を辞めて動物になることを強要してくる。
「テレビを見ているとバカになる」といい始めたどこかの誰かを称賛したい。
思い返せばお金持ちの同級生はテレビを見ることを禁止されていた。
動物以下に成り果てない術はほとんど親から学んでいたのである。
僕は社会に排除されているけれど、社会は現実世界に排除されている。
社会という与えられた偽現実には浸らず自ら現実を探し求める必要があると感じ始めた。
癒
動物は身体の怪我を自然に治癒へと向かわせる。
人間は更に、精神の場合に於いてもこうなのである。
肉体と精神を維持しようと遺伝子が逞しく稼働する。
発狂さえも自己防衛機能であり、狂気を生きる活力へと変換することも可能である。
性格や一時的な気分の変動さえも「精神病」に仕立てることが出来るのではないか。
精神病のまま治療せずに放っておくと悪化の一途を辿ると医者は言う。
それでは、精神科医が存在しない時代では精神病とは死の病だったのか。
僕の個人的な考えでは精神病の正体は人間の持つ本能的な精神防衛機能である。
透
貴方が与えられた世界観を焼却することによって、花は風を呼び、鳥は古い友人の姿を見せる。
月光の存在理由を思い出した貴方は、久々に月を見上げては憩う。
22. 蜘蛛のダンスは埃の匂い
陽が沈みきった駅のホームで天使像の羽は知られず動く。
オレンジ色のライトに照らされて外国のクリスマスのようになった夜の中を透明なカップルや子供達は行き交い
寒い部屋のコーヒーに似て周囲を微かに暖めてもいる。
喫茶店はもぬけの殻で、床には割れた食器やマグカップなんかが散らばっていた。
かつてのここには色々な人が居て、とりとめもない世間話や社会の裏事情で賑わっていたのだろうか。
それが今ではワインの棚でクモさんが一人寂しくサーカスをするような有り様になっているとしたら
まるで放課後の学校みたい。
鳥のクチバシように尖った奇妙なもの。
孤独にとり憑かれて泣いているようなもの。
無機質に笑っているようなもの。
ショーウインドウには多様な形相の仮面が並んでいて、物珍しそうにこちらを見てくる。
僕からすれば、彼らの方がずっと物珍しい。
23. 断片的な旅路の実況
今日は今日とて腐れ人形を目指す僕が社会とピッタリの路上に行き交う家族や恋人連れの一見幸せそうな人々を見て抱くのは
嫉妬でも憧れでもありません。
僕の人生の最初の頃は皆が皆あれを目指して頑張って生きていかねばならないと強要されているようで
酷い頭痛に悩まされるような日々を過ごしたものですが、既にそれも過去の出来事となりました。
周囲のうるさくて可愛いお友達共だけは偉そうな大人達に背中を押されて金属製のピカピカのレールの上をしっかりと歩いていったものです。
レールを外れて禁止看板もよそに腐った森の中に踏み込んで行った僕はこれからどうなるのでしょうか(不良少年ではありません)。
お利口さんのお友達共が歩いていったレールの先には一体何が待ち受けているのでしょうか。
高いビルの上に着いて人類全体を見下ろしながら生活するようになるのか、はたまたレールが途中でぶっつり切れていて奈落に身を投げるのか。
真っ暗森の中の僕にはそんなものはちっともわかりませんが、悲劇がないことを祈るばかりです。
それは、
野生動物達の態度や、しんと見据える植物、葉の上で寄り添う水滴達、低く唸るような海から。
もし貴方がそこらの人では到底かなわないような高みや、そこらの人には到底生み出せないような何かを作ろうとしているのならば
道行く人々と自分の違いに気後れを感じてはいけません。
むしろ積極的に自分は大衆とは違うという意識を持って出歩くことが重要です。
勿論、これは他人に気を使わずそこらをやりたい放題に荒らせというようなことではありません。
あえて乱暴に言うと、愚かな大衆と同レベルに落ちぶれる必要無し。です。
24. 永遠に雨の中のパーティー
一:心のダイアリーは連日ダイアの反射の如くのランダムな連射であり
手元のダイヤルと電車のダイヤを止めて飛び散るトランプのダイヤ13の黒躍りのマーチ365日分の生みの親である。
二:カレイドスコープは枯れ井戸に。
複雑な美学を追及している貴方は、木から葉がたった一枚舞い降りる単純な光景を見てハッとする。
ほんの単純なはずのことの複雑さと珍しさに気が付いてしまい、自然界のあらゆる奇跡の光景の連続に意識を奪われて呼吸もままならない。
三:空っぽの段ボールから犬やボールやゲーム機が出てくる。
瞬時に高層ビルは吹き飛び、下からブリキのロボットを作る古くさい工場が突き出てくる。
僕の影が浮き出て分裂して僕を取り囲み、どこかの民族の儀式みたいな歌を歌いながら回り始める。
プラモデルを分解せずとも内部構造までも一瞬で理解できる。
これらは僕の脳内で起きる現象である。
三次元の物理法則を無視した四次元。
ここで問題です。
頭の中に四次元を持つ僕たちは一体何者でしょう。
四:絵を描いている人や音楽を作る人。
物語を創る人や世界を創る人。
皆、何かを作り出すときには今までに見たり聞いたり感じたりしたことを巧妙に組み替えたり織り混ぜたり錬金したり爆発させたり
してつくる。
つまり、全ては経験が材料になっている。無意識の内の経験でさえも。
全国のお父さんお母さんへ
子供に色々なお話を読み聞かせてあげてください。
オモチャを買い与えるよりも色々な場所に連れていって、多彩な景色を見せてあげることを優先してあげてください。
愛情を与えて下さい。そうするうちに心が完成し、人間になります。
脳内のイメージを映像化してモニターに映し出す装置が完成した。
赤ちゃんの頭と繋いで流れ出した映像を見て、その場に居た研究員全員失神。
25.惨歩
古い駄菓子屋の前を通りすぎる瞬間、匂いに反応した僕の古い記憶の中から
赤い風船だけが飛び出して、現実世界の木の高いところに引っ掛かる。
慌てて取ろうとした瞬間、凄い勢いで空に吸い込まれていってしまった。
行き交う人々の二つの目は心の模様を映し出している。
心を隠したいのならメガネを掛ければいい。
サングラスならもっと良い。
二つの足を器用に使って歩いてもいる。
人間はどうしてこうまでも二つなのか。
世界の真理とも言える陰陽の縮図なのか。
人間が何なのか、人間であるはずの僕にもよくわからない。
朽ち果てた民家の古時計の針はとっくの昔に止まっていて、無口に空を見上げている。
その横でガラスを踏み砕きながら歩いていると、民家の壁から無数の顔が浮き出てきてボソボソ喋りだすのを
想像して怖くなる。
海岸には無数の魚の死体が横たわっていて凄まじい臭気を放っている。
よくみると海の中も死体だらけだった。
海の表面でも中でも巨大なマンボウや見たことのない深海生物達の死体達が
波に揺られて行ったり来たりしている。
銀色の臭い塊達が黒緑の汚い水の中で蠢く。
みんなして気が狂ったように目と口を開ききっていて
近付いて欲しそうにヌルヌルと波のなかを漂っている。
不安になってきたところで回りを見渡すと、人はおろか、生きている動物は一匹も居なかった。
足元で、知らずに踏んでいたイカの死体とご対面。
飲めもしないコーヒーに角砂糖を落とすと、ワイン棚が動いて隠し部屋への道が開いた。
長い廊下はいくつもの金の燭台の明かりに照らされていて、王への謁見に向かうような心地になる。
ついた先は豪華な装飾の小部屋で、現れたのは古びた大きな機械だった。
色は茶色、たぶん木製で円形の窓がいくつも付いていて、大小様々な針が中で動いている。
時計のようにも見えるけれど、数字の代わりに読めない文字が書かれていて
それが一体何を示しているものなのか検討もつかなかった。
気になって裏側を見ようとすると、管理人らしい赤い着物の綺麗なお姉さんに止められた。
26. 海峡橋
汚い部屋には似合わない賑やかなキャラクターもののカレンダーを見て
週に一度するかしないかの散歩という行為を思い出しました。
そうして、音楽を聴きすぎて今度は無音の状態の方が心地よくなった頃に、重い家の戸を開きました。
外はまたしても人を拒むような曇り空ですが、僕には暗ければ暗いほど程歩きやすいのです。
静まりきった夜なんかは最高で、僕の部屋がそのまま外まで続いていっているような気さえしてきます。
通りでは人が何人も歩いています。
引きこもり社会不適合者の僕にかかれば人が数人いるという環境だけで潰れる程に疲労できるのです。
若さが幸いしてか、お巡りさんに呼び止められた経験はまだありませんが、数十年後はいざ知らず。
外を歩くだけで不審者認定されて、見知らぬ人々からまるで罪人を見るような視線を浴びせらまくりながら歩く曇り空の下は如何?
きっと死ぬほどドンヨリで、その状況にダウナーな美しさすら見いだせそう。
そんな人はたぶん最後には自作の変な暗い絵に生涯を託して消え去って、
それを発見した後世の物好きが感銘を受けるのでしょう。ここまでが作品であり、時間のある世界の美しさです。
風は冷たく、人に無関係そうに過ぎさって行きます。
大きな橋の上からは遠くでゴオゴオと煙を吐く工場の群れが見えました。
僕がまだ幼い時であれば、一体あそこでどんな摩訶不思議な物が作られているのだろうかと好奇心に胸を踊らせたことでしょう。
そんな綺麗な心のビー玉はとっくの昔に曇りきってしまったのです。
視線を落とすと汚れた海に浮かぶ空き缶や発泡スチロールの破片達。
彼らは一体どこから、どのくらいの過去から流れ着いてきたのでしょう。
こんな暗い水面に浮いていれば、背に見えない巨大魚の気配を感じて恐ろしくて堪らなくなるはずですが
呑気そうにしているのは無知か、はたまた諦めでしょうか。
ピカーのプランケットは著しく無音の鉄塔業者であり
愚者横行のファントム曜日は白いサフランの許しへ乾く今昔無縁の深淵奉行である。
時間の自我に満足したイルカの貴婦人はぐうの音も出ずに自動ドアを回し
コードの先端は科学紋様のテーマ曲を絡めて縮めて無に返す虚空の博士号を得る。
このように脈略なく不可解で心地よい文章を無限に脳内に流し込んでくるのは
陽が沈む頃に感情のないビル群で目を覚ます星のレプリカ達です。
27. めくるめく現実世界
オンラインゲームは情熱不足でダメでした。
掲示板は面倒で胡散臭くて飽きました。
ツイッターは制限が多くて嫌でした。
果てに文学ジャンルのブログというものに落ち着きました。
僕が経験してきたコンテンツの中には低俗な人が多くて
感心するような人はほんの一握りしかいませんでした。
引きこもりの分際で日本の未来を危惧しました。
低俗な人々が自ら望んでそうなったのならばおめでたいですが
民を低俗に貶めんとする何かの大きな意図によるものならば危機的なことです。
一方、ブログを始めて目にする人々は知的で民度が高い人ばかりで、嬉しい環境です。
人それぞれネットの世界というものは違うのだと思います。
普段ネットに触れない人からは、事件につながるスラム街で
ブランドバッグを下げたお姉さんにはお仕事の場で
無口な少年には戦場で
エネルギッシュな高校生の出会いの場で
写真好きなお父さんの日記帳で
目が死んだお兄さんの現実世界だったりです。
広さはブックマーク(お気に入りサイト)の数に対応して、伸びたり縮んだり。
僕が生まれるよりもずっと前。
低民度で暴力的な所謂不良というものに多くの人が憧れていた時代があったと聞きます。
日本国に低俗な人間が一気に増えてきたのは多分その辺りからだと思います。
今でも白痴化や分断工作のようなものはテレビであれネットであれ頻繁に行われていますが
いったい誰がそのようなことを行っているのでしょうか。
やっぱり、地位とお金を得て高所に立てば真実の世の中を展望出来ますか。
窒息死寸前の狭苦しい世界に住まわされてなお、本来ならばその状況を打開するために手を取り合うべき隣人を
叩きつぶして一時の快感を得ることに夢中になり
狭い世界で空虚な勝利に固執し、性欲に身体を支配され、与えられるままの情報を盲信するような愚かな人間にはなりたくないです。
そんなのはまるで3S政策の醜大成です。
毒を撒けるのならば薬も撒ける筈。
偶然、某経済学者さんの講演会を聞く機会がありました。
その講演の中で一般人市民には到底手の届かない上層民の話がありました。
彼らは、社会で何かが起きたときはいち早く脚色無しの純粋な情報が届けられ
緊急時には第一に優先され、僕には少しも理解出来ないような内容の本を読み、高度な日本語を当然のように使いこなす。
そうして世の多くを知り、将来的にはほとんどが国の要人となるそうです。
未熟な僕にはこの世界が何なのか、全くわかりません。
本当に文明は発達していっているのか。
今世界では何が起きているのか。
誰のどのような方針で地球社会は動くのか。
どうして英語が標準になりつつあるのか。
直接は一度も見たことのない地球は本当に青く、丸いのか。
お金は本当に必要なのか。
人間の起源は学校で習う通りなのか。
プラシーボの仕組みは何か。
真実の何割が市民向けに公開されるのか。
どれが嘘でどれが真実か。
宇宙とは何か。
未知と不可解だらけで心細くもなります。
せめてお互いがこの世界に存在していることを認識し合いましょう。
それだけで十分です。
28. 精神的錬金術
頭部に備わった究極の錬金装置を使って過剰なストレスと狂気を明日を生きる活力へと変換する。
まずは大量のストレスと狂気を体の中で渦巻かせる。
この時、目を強く見開いていたり、拳を強く握りしめているか。
ここで目を閉じる。
渦は次第に回転速度を上げ、やがて火が付き燃え上がり、その巨大な炎はいつしか無数の光の粒になる。
それを望むエネルギーへと向かわせる。活力。喜び。愛であったり。
慣れてくると瞬時にこの変換が出来るようになる。
愛は狂気に成り果てるけど、狂気を愛へと戻すことも可能かも知れない。
感情を使いこなす。
これまでに何度か歩く自分が骸骨に見える程気力がない時に
それでも何かをやらなければならない状況に陥ったことがある。
そういうときまず絶望で身体がいっぱいになった絶望は怒りになって最後に狂気となった。
身体中を狂気で満たして狂気だけを原動力に動いた。
一応開いている目に輝きはなく、笑い声は上手に似せた悲鳴だった。
それでも不思議と、通り魔の如く無害な他人に暴力を加えようなどとは思わなかった。
みんなそれぞれ大事なものがあって、物語があって、悲劇があって、世界がある。
広くて恐ろしい世界においては何より同じ日本人であり、隣人のようなものに思えた。
情けは人の為ならず。
この言葉を考え出した人を尊敬する。
人に与えた親切というのは結局回りめぐって返ってくるものだ。
その親切の相手が今から無差別に人を殺そうとする狂人であったとしても、少しは正気を取り戻せるかもしれない。
例えば、殺害予定数が5から4に減るかもしれない。子供は狙わないようにしようと考え直すかも知れない。
もしかすると、何を馬鹿なことをしていたんだと凶器を手放すかもしれない。
結果として、あなたの住む世界は少しでも良い方向に寄ったことになり、それはあなた自身の幸福でもある。
いじめた方は忘れても、いじめられた方はいつまでも覚えている。
助けた方は忘れても、助けられた方はいつまでも覚えている。
これはまた別の話になるけれど
あらゆる悪人に笑顔で応じて手を差しのべるべきだとは思っていない。
背にナイフを隠し持ち笑いながら握手を求める盗賊に笑顔で応じれば
あなた、あるいはあなたの家族は殺されてしまう。
悲しいことに例えこの世の全ての魂の本質が善であるとしても、遺伝子から狂っている人間というのは確実に存在する。
遺伝子は生物としての根本なので、生きている限りは更正は不可解である。
そういう輩は地球上の驚異として確実に排除する必要がある。
快楽目的で人を殺すような未成年を生かしておくことは
未来の可愛い子供達を血塗れの肉塊にする装置に閉じ込めるような凶悪な選択である。
人の無意識、予感というものは時に偉人の熟考にも勝る。
月光降る稲穂の夜に
出鱈目に鉈を振り回す無頼漢の暴虐を終わらせるのは、震える剣士の静かな居合。
確固たる正気を心根に持ち、狂気を有効に使いこなせる方には憧れます。
自身の機能を知りつくし感情を操縦できるようになれば、僕は本当の意味で人間に近付ける。
教科書をくれる社会は既に腐り果てているから、そこに至るまでの方法は全て自分で探求しよう。
まずは欲や感情に支配されるのでなく、こちらから支配を試みます。
29. 現代寓話集
「で、どうして盗んだりなんかしたんだ」
一面ネズミ色の部屋で、顔中髭だらけのネズミみたいなホームレスに尋問されている。
聞けば、彼は僕に猫じゃらしを盗まれたらしい。心当たりはない。
苦肉の策で「貴方は猫というよりはネズミじゃないですか」と言い返してみる。
「だからこそだろーが! 囮くれえねえと命が何万円あっても足りねえだろ!」
と、怒鳴られてしまって僕はしぼむ。
電車の中で若いサラリーマンがスマートフォンのゲームに夢中になっている。
隣の車両から刃物を振り回しながら男が移動してきた。
こうしちゃいられないと慌てふためくサラリーマンに、隣の高校生がと囁く。
「ただのゴブリンですよ」
安堵して腰を下ろし、再びスマートフォンの画面に目を戻したサラリーマンは結局刺されてしまった。
不良少年の群れが赤信号を渡っている所に暴走トラックが突っ込んできて
道路が真っ赤になってしまった。
赤信号は皆で渡っても死ぬときは死ぬ模様。
トイレに行きたくて仕方ないおじさんに
ここの駅には女性用しかないという残酷な真実を告げる。
すると今度は最寄りの美容外科を聞かれたので、駅を出てすぐのコンビニの名前を教えると
あそこは何でもやってるんだなあと驚くおじさんの愛嬌は萌えキャラの数千倍。
それにしても、そんな簡単にあそこを何するおつもりで。
社会の教師が教科書に印刷された肖像画から平手打ちを食らった
なんでも呼び捨てにされたのが気にくわなかったらしい。
故人、偉人相手ならば気安く呼び捨てにしていいと思っているなら、それはてんで真逆である、と。
納得しました。
そうして今度は教師を呼び捨てにして平手打ちを食らう最前列のクラス芸人の儚き命よ。
ごみ捨て場から金の延べ棒。
とるに足らない塵や屑達がゴミ箱の中で複雑に反応しあって、いつの間にか黄金へと変化していたようです。
30. 正しいクリスマスの過ごし方
雪の結晶は冬の自殺の濃縮図です
イルミネーションの光を一瞬だけキラキラ纏ったも束の間
地面に足がつく頃には溶けて消えるのです
街角で紙芝居して回る老いた紳士がイエス様とマリア様の額にそれぞれショットガン押し付けて「メリークリスマス!」
二丁同時にトリガー引いてブっぱなすと大量の紙吹雪が舞って、世界はスノードーム内部の心地です
肉でなく紙で出来た二人は力なくパタンと倒れると背面の印刷は空白の真っ白で
枷の外れた何千もの子供たちが溢れ出てきて散弾の如くにはしゃぎ回るものですから、これはこれは聖なる日です。
あくまで口実のクリスマス
窓から見える、すぐ側の天使に気が付いた両親達の家の灯の温度よ
なおも健気な男女、家族、孤独人に幸運あれ
31. 時限制 三次元
これほど寒くては夜にお外を彷徨う気にもなりますまい
煤だらけの窓ガラス越しに見える外の世界は空気が奇妙に静まっていて
いつもなら水彩画ごっこの遠くの山々の木までがくっきりです。
一応は陽光が降り注ぐのですが、空に冬という名の巨大な透明膜でも張られているかのように
頑なにその温度を受け入れないようになっているので
その寂しさに湖面は完全に静止して、生死の概念が消えたようなクリスタルです。
それを眺めているうちに、これからはもう冬が永遠に続くかのように思えてくるので不思議なことです。
寒さで手の感覚がなくなってきました。
手足の先っぽから徐々に心臓へと、ゴースト化の如く。
一瞬で耳は透明になったにも関わらず聴覚は健在なので
これは魂にも聴覚はあるということで。
はああ、戯れ言です。
僕は今まであらゆる情報をお上から与えられて生きてきました。
~とはこういうものでその原理はこうだ、とか、~は良くて~は悪い、とか
僕の頭の中に、自らの力で発見・確認した知識というものはどれくらいあるのか
義務教育を終えておきながら、全て与えられるがままに生きて餌を待って口を開けっぱなしのヒナドリと同然の現状ではないかと虚しくなってきたのです。
要するに僕は背伸びしたいお年頃です。
社会の全てが疑わしいので、一度脳内の知識や常識というものを崩して自分の力で再構築しようと思います。
一気に全部崩すと生活が困難になるので、徐々に。
崩すというよりは要所要所の上書きの、自発的アップデートを目指します。
自分が下層民であり世界の真実なんて欠片も知らないという事実を嘆かわしく思います。
「生きる意味がわからない」と死ぬ人々。
それも人の持つ選択肢の一つです。
しかし、生きた状態でこの空間に居られる時間は限られています。
スーパーマリオの画面端のカウントダウンみたいなもので
自分から死のうとしなくとも死への数え歌は確実に、あまつさえ無音で進行して逝くのです。
時間の経過するこの世界では、必ず死は訪れる。
僕個人としてはその限られた時間の中で、美と不可思議と残酷に満ち溢れたこの世界の真実というものを
少しでも知ろうともがきたいのです。
真っ暗な空間に無数の色とりどりに光る巨大な球体が浮かんでいて
その中の球体表面を二本の足で器用に立って生きています。
そんなのは何処のおとぎ話の世界だと呆れられそうですが、これが現実世界だから恐ろしいのです。
32. 神経の花園
gate:
堕諦めた人々の声がコンクリート塀に染みになっている公園に来た。
堕落した生活を送る僕にはその染み達が親しいものに映る。
花壇の裏から浴びせられる目線の正体は、この一見して墓のような公園の記念碑だったらしい。
past:
住宅街のひと気のない平日の昼間。
白装束がまるで生き物のようにヒラヒラと空を飛んでいた。
僕の視線に気が付いたのか、それは僕の頭上に寄ってきて女性のような悲鳴を上げながらゆっくり舞い降りてきた。
あまりの恐ろしさに全身が石膏になってしまったかのように動けなくなる。
途中で僕の本名を呼んでいたことに気が付いて、意識を失った。
home:
神経の花園には目が覚める程に鮮やかな青や紫色の巨大な花々が見渡す限りに咲き誇っていて
更に無数の光の蝶々がその蜜を吸う為に飛び交っていた。
蜜は溶けたガラスのように滑らかで透明に近い。
花の一つが微かに震え始め、異様に太いめしべが周囲の蝶々を吸い込み始めた。
天井には鏡があるかのように地面と同じ配置で花が逆さを向いて咲いている。
やがて細い光の糸と化した蝶達はめしべの先端から放出され、その上部にある花のめしべへと向かう。
上下二つの花の間に光の柱が形成されてしまった。
少しずつ柱が太くなってゆく。
柱は一定の太さに達すると爆発したかのように強く輝きだし、またしても僕の意識は吹き飛ばされた。
ありとあらゆる
僕が
ありとあらゆる
貴方が経験した
ありとあらゆる
世界
世界が経験した
ありとあらゆる
宇宙よ
unlock:
闇の中に三つの円がそれぞれの色で浮遊している。
魔法使いのような先のとがった帽子を被った人々がそれらを割れないシャボン玉のように手でふわふわと操る。
彼らの内の一人、茶色の服を着た性別不詳が右手に1つ、左手にもう1つを載せて動きを止めた。
to★ ha aaあ干渉不可!色!!☆%#~
僕は叫んだつもりが、辺りの空気に音は吸い込まれて響かない。
そうしているうちに茶色服はこちらに気が付き、微笑のように軽やかな動作でその二つを組み合わせ始めた。
干渉不可色であり禁忌でありそれを組み合わせようとすることはあらゆるものに悪影響をもたらすことを僕は知っている。
しかし破壊されたのは僕の現実の方だった。
茶色服の両手の内の空間には、天の色が誕生していた。
干渉不可色を組み合わせて、あまつさえ太古の人々が目にしていたような高純度の天の色を生み出すなんてすぐに信じられるものではなかったが、その色は確かに僕の目に映っている。
続けて茶色服は手品というよりは慣れた作業のように干渉不可色を組み合わせ続けて様々な色を生み出した。
単純に二色を合わせるのではなく、混ぜる比率を変えて未知の色を生み出したりもした。
時には本当に危険である組み合わせを教えてもくれた。
材料となる三色の円は何もない空間から続々と取り出していた。
周囲には茶色服以外にも尖った帽子の人々が立っている。
物珍しそうに僕を見る人から母のような笑みを向ける人までいた。
何より、彼らはとても静かである。
立ち続けているのも次第に辛くなってきた僕は、茶色服に椅子はないのかと聞いた。
授業中の暇な時間に知られず歌うように、頭の中で声を発することで僕の意思は伝わるらしい。
茶色服は何故か「椅子」というものを知らなかった。
代わりに足の疲れを察してはくれたようで、目の前の暗い空間に座布団のようなものを敷いてくれたので
その上でくつろぐ。何かの毛皮で作られたものなのかとても暖かく、肌触りが良かった。
周囲は真っ暗闇で、その中で色を持つものだけは妙にはっきりと目に映るようになっているという
「宇宙」を思わせるような不思議な空間である。
宇宙とは言っても、僕はまだ写真や映像でしか見たことはないけれど。
僕は茶色服に「貴方達は神ですか?」と直感的な質問を投げ掛けてみた。
茶色服は「いいえ、そちらと同じ人間だ。」と答え、続けて今度は僕に質問を返してしてきた
「芸術家にはもうあったか? 」
※茶色服の言葉は文章にするのが難しいです。
何故ならイメージで会話をしているからです。
例えば否定の場合「当たらず違うNいいえO反れる以外」という風に脳内にイメージが流れ込んできます。
本文中ではわかりやすく「いいえ」と記しました。
33. 人の見ぬ間に山は哭く
世間では正月休みということで人々は家族と一緒に暖かく
あるいは商業施設や行楽地に出掛けて賑やかに過ごすであろう中
僕は一人、寂れた山へと向かいました。
山に近付くに連れて忙しそうな鉄の魚群の数は減り
おかしいほどの寒さの上に雪まで降っているものですから
歩いている人などはなから全く見かけません。
山の麓では巨大な突風の塊達が飛び交っていて
気を抜こうものならいとも容易く吹き飛ばされてしまいそうでした。
木々は狂ったようにざわめいて、時折雪に混じって葉や枝を降らしています。
音量も凄まじいもので遊園地の迫力あるアトラクションとしても成立しそうなくらいです。
あらゆる角度から休まずザーザー、カラカラ、ゴオゴオと
孤独と不安を掻き立ててきます。
僕の着込んだ服もつられてバサバサ。
すがるようにほとんど本能的に周囲を見回しましたが人は一人も歩いていません。
自然界はいつでも友人というわけでもないということを思い出させられました。
耐えて居続けることでだんだんと心地よさのようなものを感じ初め、しばらくその場にとどまっていました。
辺りが薄暗くなった頃にはそこに世界の終末でも訪れたかのような雰囲気も追加されました。
しばらくして流石に風邪を引かないように帰りましたが、また行きたいと思います。
普段あまりしない体験というのは何かを表現するときの新しい材料となります。
・思考の破片
民衆向けには文明の発達と説明されているものによって洗濯も機械がワンボタンでやってくれますし、
電話の電波は遠くの人と話す労力分を浮かせてくれます。
人々は次第に身体の機能を外部に委託するようになったということで、そうして
人間が消費するエネルギー量には余剰分が出るようになりました。
しかしそれは下手をするとストレスへと変わり果ててしまうものなのではないかという疑惑が僕の中で生まれています。
それは丁度、使わない筋肉が脂肪に変わってしまうように。
何か熱中出来る趣味を持つ人が活き活きして見えるのは
余剰エネルギー分を向ける先があり、ストレスが溜まりにくいからではないかと思いはじめました。
そうすると、例えそれがどれほど他人から気味悪がられるものであったとしても
好きなことを見つけることが非常に素晴らしく思えます。
ぴったり合うと、何か新しいことを始めるというよりも本来の自分を思い出したような心地になったり。
勿論他人の迷惑になる行為は論外ですけれど。
34.優しい鬱空と針の道化師
ここに銀色の風が吹いている理由はというと
あれを見てくださいよ。
天を目指すような高層タワーがあるのが見えるでしょう。
あれが少しずつ風に削り取られて混じっているんです。
光化学顕微鏡で拡大した針の先では極めて小さな道化師が嘲笑うように踊っていた。
あなたはそいつを潰したくて堪らなくなって、うっかり指から血を流してしまう。
それを見ていた隣の恋人は、針を手に取り先端をライターの火で炙る。
あなたに顕微鏡で無残に焼け焦げた道化師の亡骸を確認させた後
微笑んで、そっとあなたを抱きしめた。
時計の針が鳴っているよ。
あれは誰も見ていない瞬間にも独りで鳴っているんだ。
あなたが焦っている時には焦らせるように無慈悲にカチカチと。
落ち込んでいる時は「もう過ぎたことを気にするな」と励ますようにカチカチとね。
石同様に意識を持つ無機物である可能性が高い。
川の側を歩いた。
速度こそ違えど僕は水と一緒に散歩をしていて
陽の灯す白い火が水面を行き死者無き平和な灯籠流しである。
血も同じように体を巡る。
循環という動きが世に数多くの功利を生み出していることを知る。
仮に、自然界で起こりうるあらゆる現象は人体でも凝縮されて再現されているとすると
日常は壮大な人体旅行の一部である。
高級マンション敷地内の噴水で本物の魚は泳ぎ
その前の車道のシャドウ中を鉄の魚は無関心そうに過ぎ去って行く。
すると現れる向かい側にある公園は陽光を浴びて黄緑色に光っていて
僕の思考のしおりは抜け出してそっと地面に落ちた。
まやかしのように平和な時間が流れるので、僕はもう何も考えられなくなった。
もう何も考えられない。
考えない視界に幕が降りる。
35. 球体の孤独の一ヶ所
寂しい夜は蝋燭の火がお友達です。
小さな火が暗い部屋で滑らかなダンスを踊ってくれます。
壁の影もつられて一緒に踊るものですから、部屋はこんなにも充実しているのです。
思い出
焦り
恐怖
嘆き
愛情
幼少時の低い視野
暴力
鼻に広がる痛みの臭い
怒鳴り声
泣き声
好奇心
懐かしさ
虫
泥団子
べりっと剥がれる木の皮
指に棘が刺さる
友人?
ノート
昔
現在
未来
夢
夜明けが来ると薄い青色に染まる窓ガラス。
続いて可愛い鳥の声がやってきます。
蝋燭ダンスの名残で僕は少しふらつきながらも立ち上がって外へと出ます。
綺麗な空気を吸いに。
驚いたことに、外はまだ真っ暗でした。
部屋に戻って時計を見ると針は三本とも12で停止していまして
デジタル時計の方は数字さえ表示せずに気絶していました。
可笑しくもあり、怖くもあります。
彼ら、ぶっつりと時間から切り離されてしまったのです。
もう一度外に出ると、街の新しい強いネオンが朝日のフリをしていたことに気付きました。
つまりまだ夜だったのです。
でも小鳥の声が聞こえたことが不自然に思えて、街の様子を見てみることにしました。
どういうわけか人々は早朝モードでした。
出勤者はスーツをきて速足で歩いていますし、鳥も疲れ知らずに飛んでいます。
これはつまり、太陽が無くなってしまったのでしょう。
どんなに待っても日の出の気配はありませんでした。
異世界のように真っ暗な朝を
人々はネオンに照らされながら歩いていて
思わず目には涙が溢れました。
こんなに綺麗な世界を見たのは久々だったのです。
36. 雪合戦
雪の日は自分で作った雪だるまをからかって遊ぶ。
遠くから雪玉を投げ付けてやると、そのうちむこうも悔しくなって投げ返してくるんだ。
真っ白な世界で雪だるまと雪合戦の幕開けってこと。
相手はさすが雪だるまなだけあって、雪玉を作るのも投げるのもすごく速い。
でもでも、雪合戦に慣れている僕は右に左に素早くかわすんだよ。
それで相手はますます悔しくなって、飛んでくる雪玉の量はもっと多くなるんだ。
ここまできたらもう、僕は投げ返す暇もなくて避けるのみになるけど
カンカンになった相手の頭から湯気が登るのを見て僕は勝利を確信する。
自分の体が溶け始めたことに気が付いた時のあいつの慌てる様子といったらもう面白くてたまらないんだ。
慌てるから余計に溶けて、手をバタバタ、あっちいったりこっち来たり漫画みたいになるもんだから
僕はお腹を抱えて笑っているんだ。
そのうち雪だるまはほとんど動くことも出来なくなってどろどろと地面に溶け落ちて
残るのは石と木の棒と僕の手袋。
37. 2015年空間抽出乱射劇場
透明な人間が屋上から落下して砕け、破片のプリズムは絶え間なく音を乱射し続ける。
重量をますます増す空が遂に世界をピッタリ押し潰し
洒落たカフェのガラス窓は見事に粉砕されて破片の雨も拍手喝采を止めようとしない。
既に全員、瀕死の虫である。
鳥の死骸に雨が降る。
持ちきれぬ怠惰が灰色の花として空き地に続々と咲き誇ったのも束の間
ボロ服の少年の光彩の輝きが景色を瞬間で止めた。
鳥も雲もなすすべもなく硬直して落ちてくるのである。
神経の花園の噴水にて七色の不死鳥が目を覚まし
その剣と見紛うような聖声で山羊首レリーフの錠前は斬首のごとく切り落とされ
塞き止められていた無限のように長い過去の真実歴が一斉に未来へと流れ込み始めた。
川も雲も草木も早送りで復活し、一時は目眩でまともに歩けぬ景色と成る。
嗚呼、死を呑み生を吐く宇宙の玉よ。
人間は景色を音楽で表現することも、音楽から景色を作り出すことも出来る。
感情を動作で表現することも、匂いで感情を表現することも、石で水を表現することも
水で宇宙を表現することも出来る。
音楽 文章 絵 造形 感情 香 色 空気の理解者であり
あらゆる破壊、創造、凝集、分散、抽出、変換、表現の使い手である。
38. 凍えて眠れよ幼子は
凍えて眠れよ幼子は
母は昔に日の世を去りて
せいぜい月夜の揺られ草
遥か荒野に残像行けど
涙一つも届かぬだろう
凍えて眠れよ幼子は
胸のリボンは茂みに食われ
所詮昨夜の血の匂い
蛇の聖者の瞳に映えど
慈悲の一つも貰えぬだろう
凍えて眠れよ幼子は
尽きぬ悲劇の俗界なれど
尽きる命の雨宿り
知れず朽ちゆく数多の花を
星は一つも忘れぬだろう
39. 電気信号と脳内交差点
あ1 瓶の中に投げ入れたものの目は出ずにチンチロ踊り続ける狂ったサイコロは確率を超越して新しい宇宙になった
か2 反自然循環的な生産・消費の怒涛の現代では意図的にあらゆる能力を制限・劣化させたり植物にはシチューをかけないと枯れてしまうと呆れる警鐘したり中毒にさせたりもマーケティングの一環なり。
さ3 鉢の金魚の半透明尻尾を掴んで引っ張りだし、それをままごと皿に乗せたのを僕に「どうぞ。」と差し出してくる少女はケラケラ笑いました。ありがたく食べる振りをして鉢に戻すも、何故か骨になった金魚はそのまま元気に泳ぎます。
た4 新しく建てられた銀色のビルには「ゴシック」という巨大な文字が取り付けられていました。興味本意で入り口に近付くと関係者以外立ち入り禁止だと黒服に脅されました。あそこには手のひらサイズの綺麗なガラス製オブジェもしくは茶色の戦争写真が沢山売られていると直感が告げています。
な5 海の鳴き声を間近で聞くと体の芯に響いてゾクゾクする。その死のように巨大な暗さにも怯える。
は6 種の存続にさして役にも立たない鉱物や宝石を綺麗と感じ、価値を感じるのは何故だろう。
ま7 網戸は夜風を呼吸して 豆電球から蜜柑の香り 眠気 眠れない 眠気
や8 進行テンポは思慮の隙さえ与えずあくまでカラフルに人の喜怒哀楽を踏みにじり娯楽風味の情報のなだれで視野を圧倒し気付けば用意されたコメンテーターと専門家の意見を自分の意見だとすっかり信じ込んだり奈落の方を現実だと指差してふらふら歩み始めるようになるのです
ら9 ベンチに腰かけたチェロ弾きの老人が寂しく街灯に照らされている。側で小鳥はサンドイッチのかけらをパクパク。
わ0 昔遊んだことのある公園。蛇口が錆び付いてしまっているせいでなかなか取っ手が回らず苦戦します。覚悟して手に蛇口の後がつくぐらいに思いっきり捻るとついにキュウと鳴いて思い出を吐き出し始めました。ブランコに乗ると手につく錆びの匂いのような、遠いセピアの低い視野と再開するのであります。
40.シャンプーも石鹸も使わずに入浴を続けた記録
お湯だけで頭を洗うことを俗に湯シャンと言うそうです。
そうすることで油分が落ちすぎるのを防ぎ、かえって健康に良いという話を聞いたので
自分の体で実際に試してみました。
ついでなので体を洗う石鹸も未使用で経過を綴ります。
セッケンシャンプー未使用実験、開始。
被験者情報:
髪の長さは中くらい
一日目:
熱い湯で体を洗う。
臭いベタつき等で特に気になること無いが、髪はしっとりぎみ。
二日目:
お風呂の前は髪の油分が少し気になっていたけれど、熱めのお湯で洗うとスッキリ。
変化として、油分を落としすぎないことによって体の保温性が向上していると感じた。
そして、石鹸無しなのに肌から良い匂いがする。
薄めた太陽のような暖かい匂い。
人間はもともと良い匂い? 自分の鼻がおかしい可能性もあり。
三日目:
肌は良い匂いではなく無臭になる。
前日のは石鹸シャンプーの名残である可能性あり。
シャンプーを使わないので泡がたたず、洗髪の止め時を視覚的に判断するのが難しい点は不満。
念には念を入れて大量のお湯で洗う。
四日目:
お湯のみに慣れてきた。
髪は常時不快ではない程のしっとり気味。
髪の毛が抜け落ちることが少なくなった。
五日目:
この辺りから頭の先から腐敗が始まるだろうと予想していたが大丈夫な模様。
肌、頭髪共に無臭。
自分の鼻が狂っている可能性があるのでまだ油断は出来ない。
六日目:
石鹸を使わないことに順応して皮脂の分泌量が減ってきているように思う。
不快なベタつきや油気はなく、臭いも無し。
七日目:
前日と変わらず不快な点は無し。
もはやお湯のみで洗うことが当たり前に思えてきた。
八日目:
頭髪、身体共に不快な点は無し。
以前の習慣に戻すことが躊躇われるくらいお湯のみの洗浄に馴染む。
九日目:
問題なし。
フケ、痒み、臭いも一切なく快適。
臭いに関しては勇気を出して他人に確認を取る。
不快な臭いはないそうで、本当にシャンプーも石鹸を使っていないのかと驚かれて驚く。
十日目:
問題なし。
書くことがないくらい快適。
おわりに:
十日経っても特に問題は見られず、むしろ以前よりも快適に感じるので記録終了。
また何かあれば追記します。
体質的にお湯のみの洗浄が合っていたようです。
汗をかきにくい冬場であったことも好都合でした。
頭髪は熱めのお湯でよく流すのがコツです。
身体はお湯を染み込ませたスポンジで擦っていただけですが
石鹸使用時同様、特に問題がなかったのは意外でした。
また、これらの記録はあくまで個人の実体験であり
決して万人に石鹸、シャンプーの使用停止を勧める目的ではない点にはご注意ください。
41. 疑似終末の青
雨も風も強いので
暗い浜辺で朽ちた縄もクラゲも甦る
周囲の黒ほど濃い青色は
くるくる回る鉄塔の先の灯りに時折薄められて
まるで世界が終わろうとでもしているかのような群青です
ツタの伸びた二階の窓から見るそれらの景色は
不安の波に押し潰されそうな一方で
見知らぬ町景色に迷い混んだような
微かな腹痛を伴う高揚もあるから不思議です
箪笥が勝手に開く
しかしすぐさま勝手に閉じられることによって
閉じた箪笥の姿のみが残ります
私に怪奇など無かったと思わせたいらしいのです
そしてまた勝手に開く、閉じる、開く、閉じる、開く
最期はやっぱり閉じて落ち着くわけで
単なる気のせいだったと思わせられるのです
それでも確かに箪笥が擦れる音は耳に残っていますし
畳の匂いがやけに濃く
どこか怪しいのです
例え冬でも瞼を閉じれば花火があがります
赤や青、緑の鮮やかな光彩の精霊は
過去から火薬の匂いまで連れてきて
いくつもの思い出が同時に目覚めさせて
心地良い混乱のお祭りが始まります
無人の草むらには虫の電子音が響き渡る
遠くで応える小雨の鈴よ
昼間は明るすぎて世界に拒否されているように思える。
建物もアスファルトも白々と輝いて、僕の意識を弾きだそうとするのだ。
僕が世界に馴染むには夕方六時が丁度良い。
幻想世界を隠している青い雲達は所々で薄暗い純白のペガサスを真似て
軍団で遠い国へ向かおうとしている。
地上の僕はただ見送ることしか出来ず、気付けば真っ暗闇の中。
そんな世界にただひとつ救いがあるとすれば
ぼやけ提灯の街灯並木を歩けば
自分から行くのか向こうから向かってくるのかわからないスローモーションの走馬灯で
生と死の狭間の記憶回想を疑似体験出来るので
意識は体をはみ出して世界へと溶けてゆく。
42. 沈痛軸の衛星
世界は怖いほど変わらずに朝昼を繰り返していました。
無知で無力な棒切れは、暗い部屋で呼吸をしているだけで精一杯の死待ち人です。
ああ、また日が暮れて夢の世界がやってきました。
最近は頻繁に学校の夢を見ます。
内容はというと僕が宿題を忘れて慌てている夢や
何が面白いのかわからない学校行事に嫌々参加させられているのがほとんどです。
でも不思議と、大勢の人がいる空間というだけで特有の充実感を覚えることもあります。
現実世界で常時付きまとう寂しさが束の間の幻影に癒されているのでしょう。
夢の世界での僕は体の何処かに絶妙に力を入れて
地面から一メートルくらいの高さを浮遊することが出来るのですが
現実世界に戻るとその独特の力の入れ方を忘れてしまうので非常に残念に思います。
力の入れ方を再現出来たところで現実世界では物理法則が邪魔してどうにもならないでしょうけどね。
夢の中では僅かに地面から浮いている僕を見て、クラスメイト達は少し驚いたり
当たり前の風景というように気にしなかったり、ヘンテコで面白いです。
最近、インターネットの世界で情報を「発信する」側の日本人が妙に少ないように感じています。
聞いた話ではこの国には約一億人もの人間がいるようですけど
インターネットユーザーとなるとその半分の五千万人くらい?
この数字は充分多いように思えますけど
実際のインターネットの世界にはそれに納得がいくほど多くの情報が飛び交っていないように思うのです
多くの人が発信するのではなく受信専門なのでしょうか?
現実世界でやるべきことが多すぎてネットで情報を発信する暇なんてない
という人がほとんどなのかも知れませんね。
調べるワードがマイナー過ぎて人が居ないように錯覚している、ただそれだけの可能性もあります。
僕の場合、社会と関係が希薄になったことによって様々な発見、世界観、それから錯覚を得られましたから。
夜が来ると「また夜か」と憂鬱になり
朝が来ると「また朝か」と憂鬱になります
丁度その中間くらいの曖昧な時間は数少ない安息の地です。
夢日記を付けることで明晰夢(自分で夢だと気付く夢)を見る頻度が高くなり
続けているうちに現実よりも夢の世界を重視して生きられるようになるそうです。
夢と現実の立ち位置がひっくり返ってしまったみたいで面白いですよね。
このブログにも夢で見た光景や物語を多く書いてはいますけど
そこまで頻繁に記録していないので僕自身には作用していないみたいです。
43. 宇宙フラクタルの人形
仏壇があるわけでもないのに
部屋を蝋燭の匂いに染めて
正座をしている
そのまま記憶と思考を行ったり来たり
壁の模様も休まず表情を変え続け
我に返らせる隙を与えない
賑やかな場所にいると頭がクラクラしてきます。
けたたましい店内アナウンスやお客の喜怒哀楽
そして何より強烈なプラスチックと薬品の臭い。
皆は本当にこんな場所に居ても正気を保てているのかと、恐ろしくも思います。
その内に道化師の仮面を被ってキチガイみたいに人々を笑わせたくなるのです。
磁石のように確かに踊りましょう
手を取り合って無機質に笑いましょう
大丈夫ですよ
どうやっても時間は過ぎて
貴方も私も死ぬのですから
川辺の彼岸花の視界になって
一時の感情達を咲かせてください
乾いた心と疲労感しかない
そんな場合は特有の笑い声を
僕はそれでさえ楽しく
とても好きです
夜更かしで疲労感が現実感を塗りつぶしてしまったくらいの時(約0.2現実感程)にベッドに横たわると
視界の裏では光とリズムが湧き溢れる個人的想像上の宇宙染みた空間が広がる。
世界には確実に未だ名前を持たない、或いはとっくの昔に名称を忘れ去られてしまった様々な感覚や感情というものがあり
この空間では数多くのそれらと再開することが出来るのである。
(光は景色結び付いたり離れたりを繰り返して景色や事象を象り、特有の感覚、感情を視覚的に再現する。)
地球がまるごと新しい楽器に変わって宇宙に広く神秘的な音色を発し続けるような非常に貴重な時間が流れる。
薬物によって味わえる光景はこれらの更に濃いものであり、突き抜けて刺激的であることを予想する。
怖いので絶対に手を出す気はないけれど。
結局朝が来て1.1現実感に引き戻され、また憂鬱が始まる。
窓の外の陽に応えて背伸びをし、笑顔を作る演技をする。
別の鉄塔に住まう似たような心境のロボットへは確かに愛を持って
「おはようございます」と念じる。
おはようございます
44.身近な無数の別世界
随分と遠くまで来てしまった。
全く知らない建物や人々に囲まれて
臆病な僕は異世界に迷い混んでしまった気持ちになる。
見慣れない小学生達を発見した。
高い木々の影によって奇妙な模様の絨毯が敷かれた道路を
談笑しながら歩いている。下校途中のようだ。
辺りでは高級そうな洋風住宅やよく手入れされた道が目につき
比較的裕福な人々が住まう一帯であることを思わせる。
小学生達の視野ではこの場所はどのような雰囲気に感じているのだろう。
如何なる場所にもその場特有の雰囲気というものがあって
それを感じる瞬間は僕にとっては至上の幸福である。
どのような雰囲気を感じられるかというのも人に依って様々に異なるから面白い。
他人の意識を直接経験する手段があれば手っ取り早いが
それが不可能な状況に於いては文章、音楽、絵といった媒体で表現されたものから少量を感じとる他無い。
人それぞれが自分の帰り道を持っていて、それぞれの経験、懐かしさや悲劇を持っていることを考えると
気軽に踏みにじるなどは言語道断であり、とても尊いものに思えてくる。
同じ空間にいながらもそれぞれが別の世界に生きているような、不思議な感覚。
45. W137の幻影
「ここに七つの型を用意しました。
A,B,C,D,E,F,G。
それぞれの型には趣味、特技、言葉遣い、好きなスポーツや髪型までが設定されており
近い将来、管理の簡易化の為に全ての民にはいずれかの型に当てはまってもらう予定です。
また、一見違っているように見えるそれぞれの型ではありますが、常識や風潮というものを信仰し
自らが上位と認識する力には決して抗おうとはしないという共通点を持ち合わせています。
型が複数用意されていることによるそれぞれの趣向の違いというものは
万一、彼らが団結して上位権力に抗うような事態の発生を阻止する為の予防線です。
これからはふんだんに映画、芸能人、アニメ、マンガ、雑誌等のメディアを通じて
それぞれの型を民の脳内に強く刻み込む予定です。
はい、いずれの型にも当てはまらない場合ですか。
その場合は社会から排他し、徹底的な侮辱と苦悶を味わった挙げ句に死んでもらいましょう。
異分子の排他行為自体を大衆向けの娯楽とするのも良いですね。
何はともあれ、我々はいち早く"神"と成らねばなりません。
その為にも我々に背く可能性のある異端や例外の排除は特に急ぐべきかと。
」
(拍手の音)
46. 無口な窓の詩集
時に魅惑の甘味料は地獄由来のニセ果実
月夜の怪奇現象は人が忘れた人の残り香
あまねく無休のハイビジョンはうつつ腐らす安手品
夜に瀕死の中高生は安心求めて溝の染み
なおも止まらぬ万華鏡は狂気を宿した走馬灯
遠い砂漠の疾風砂塵は眠るファラオの声の紋様
賢い小鳥のポートレイトはかくも日の出の管理人
宵の微かな群青空は薄い意識の温度に馴染む
影の通りの貴婦人は去りし誰かの親しい残像
可愛いあの子は世捨て人
47. 氷の0
1◆
冬が終わりそうな気配がする。
私にとっての情緒の季節であり、精神の季節でもあった冬が
終わってしまうというのは少し寂しいことである。
特有の静けさが心を落ち着かせてもくれるし
普段は雑踏に隠されがちな日常の美しさに気付かせてもくれる。
私にとって冬の始まりは精神の朝であり、肉体の夜であった。
今度は反対に精神が眠りに就き、肉体が目覚める時間なのだろうか。
2◆
皆は何を考えているのだろう?
世界がどのようなものに見えているのだろう?
果たして意識は明瞭としているのだろうか?
思考はどのように行っているのだろう?
大勢で会話をして盛り上がったり、スポーツをしたり、お酒を飲んだり
皆が楽しめるような事が苦痛に感じてしまう私は
社会の中で豊富に表情を変えながら楽しそうにしている人を見ると
そのような疑問を感じる。
当初は自身を社会不適合なのだと負い目に感じていたけれど
最近はそうでもない。
地球上には私が知る以外にも沢山のコミュニティがあることを認識したし
何より広大な自然界に身を置くと、社会的な地位だとか権力だとかにはさほど重要な意味はなくて
地球と呼んでいるこの巨大な空間に現在生きている、という確かな現実こそが本当に重要なものに思えてきたからだ。
大海原の広大さに水溜まりも霞む。
3◆
頭の中で無数の言葉の嵐が発生した。
文脈を無視した比喩や警句が飛び交い、物置小屋にぶつかって太鼓のような音を立てたり
牛がいる雰囲気だけで実際はもぬけの殻の牛舎から鳴き声が聞こえたり
枯れ木が慌てすぎて根こそぎひっくり返ったのが転げ回ったりする。
その様子には喜劇役者のようなわざとらしさも含まれていて、底知れぬ狂気を感じた。
私はただ漠然と現実世界の光景を目に映し、意地でも発狂しまいとやり過ごす。
晴れなのに空が霞み、濁っている。
これは中国由来の毒煙であると公表されている。
自分で確認したわけでもないので実態は知らない。
とりあえず、私はずっと正気で居たい。
4◆
映像:「丘に咲く花が風に揺られた。」
風で花が揺れる
more
風が花を揺らす
花が風に揺れる
more
花が風に答える
風が花を踊らす
more
花がため息をつく
風に喜ぶフラワア
花が空に憧れる
ファントムの花摘み
透明シャワー浴びる一輪
more
白いコップで過去と未来に乾杯
風を呼ぶ純白衣装
THE CALL
時間流の証明儀式
約束通りの再開
慰めるように笑えよ野乙女
more
カザグルマ
展望室と清き香の宅配人
丘に響く地球語
中性的な午後
当然の如く在る奇跡
祈り Y 祈り
f~€
判定:「無限である。」
5◆
貴方は白黒の画面の小さな黒達の形に意味を見いだし
視界に映らぬ色を見て
側に無い香を嗅ぎ、無風の室内で風を浴びている。
見てきた景色を材料に、見たこともない景色を作り出す能力を持っている。
精神が無限であるように感じる。
精神とは何か。
0◆
ようこそ
48. 雨
右手と左手の間にタップリ用意した空間を叩き潰すとタンバリンは絶叫しました。
驚いたカタツムリは殻から飛び出て内臓丸出しのナメクジの出来損ないになって
弾けたウーパールーパーは全身から血管が飛び出て赤いマリモになって
ハムスターは飛び出た目玉を振り回して踊ります。
カニは泡吹いて死にましたし。ヤドカリはとっくの昔に机の下で干からびていました。
理不尽で圧倒的な暴力が生物研究部の未来を閉ざしたところでオルゴールがメインのスタッフロールです。
窓から雨の景色が見えます。
派手に水滴を纏った草木に少し遅れて空は雲り、地面の色は一層に濃くなりました。
雨に変えられた世界の姿には何となく終末感が漂っていて、それが僕には馴染みやすいものでした。。
きっとこの世の端の方では、不可視の合唱団がきらびやかな歌声でこの世に終末を降ろしている頃でしょう。
警杖を腰に雨を眺める警備員のおじさんは現代の騎士か侍でした。
雨の中を歩いていると自らの昔の思い出でも思い起こすかのように
身に覚えの無い景色や感覚が脳裏に浮かんできます。
もう30年くらい前の日本でしょうか。
「壁の黄ばんだデパートの最上階で、左側には屋上へと出る為の扉が見えます。
公園によくある馬を模したビヨビヨ動く遊具も設置されています。
その扉にはガラス製の覗き窓が付いているのですが、そこから見える空の色は薄い茶色です。
世界全体がどことなく黄ばんでいるようにも思います。
右側にはいかにも昔風のゲームセンターが見えます。
客を誘う機械音声は楽しげながらどこか寂しさを感じさせます。
この視界の主はトイレにいっている友人か恋人を待っているように思います。
不意に映画のように視点は切り替わり、空中の高い位置からデパートを俯瞰する形になりました。
本来の色は白のようですが、古びて黄色っぽさを帯びています。」
これらは妙に味わい深く、帰りたくなるように懐かしく
浸っていると魂が癒えるような心地になります。
前世の記憶とでもいうのでしょうか。
雨を伝って甦った、何処ぞのファントムの記憶でしょうか。
49. 首だけのメアリー
鬱蒼と茂る冷たい森。
奥深くにひっそりと佇む冷たい美術館。
そこで貴方を迎えたのは首だけの女性である。
入り口でガラス細工の靴を履かされた貴方はチタチタと上品に床をならしながら
暗い画廊の奥へ奥へと進むのを止めない。
蕀の装飾が笑む部屋さえ僅かにも怯えることもなく進んで行く。
探求心だけに突き動かされるているようでもあり、何か使命感に燃えているようでもあった。
貴方が小指サイズの小人の群れの中をうっかり踏みつけまいと慎重に歩く中でも首だけの女性は空白の表情で付いてくる。
ちょうど灰色の明度の中で黒髪を靡かせながら浮かぶ女性の白い横顔。
それを見た栗鼠の絵は「トリックアート」という言葉を久しく思い出した。
歯のぎっしり生えたカエルのレリーフが付いた扉の先に、ようやくお目当ての絵画を見つけた貴方。
傑作と名高い魚の鱗を眼から滝のように流す道化師の絵も
水星をバックに艶やかに描かれた白眼の無い女神の絵にも目をくれず、足を速める。
貴方がお目当ての絵画を前にしばし感傷に浸る間も、首の女性は無表情で背後に居た。
彼女の役割とはここの番人であり、展示されている作品が盗まれたり壊されたりしないようにと
ひと時も気を抜かずに来場者を監視しているのである。
開かれた小窓から森の空気が流れ込んでいるのを確認した後、貴方は口を開く。
「これはどなたの作品でしょうか?」
答えぬ首の女性は気を抜かない一方、貴方は短剣を抜く。
綺麗な顔を傷付けるのは気が引ける、と
滝も止まって見えるような瞬間に思考を巡らせた貴方は、その細くて白い首を目掛けて剣を振った。
白い肌が真っ赤な液体を噴き出す残酷な光景を覚悟していた貴方だが、何者かに手首を掴まれてしまう。
咄嗟に移した目線の先の光景はにわかには信じがたいものであった。
何もない空間から人間の腕が飛び出し、手首を掴んでいたのである。
ちょうどその時
小窓から差し込んだ夕日が灰色の部屋を赤く染めた。
再び目線を首だけの女性に戻した貴方は「トリックアート」という言葉を頭に思い浮かべる。
番人の本当の姿は首だけなどではなかった。
館内の色と同化する灰色のくすんだローブを身に纏うことによって
あたかも首だけで浮遊しているかのように見せかけていたのである。
感心している場合ではないとでもいうように貴方の手首はギリギリと締め付けられ
とうとう短剣を手放してしまう。
冷えた金属の音が館内に爽やかに響き、驚いた蜘蛛も棚の裏に息を潜める。
すかさず拾い上げられた短剣は刃、とても女性のものとは思えない腕力で貴方の胸に叩き込まれた。
抗うように心臓が脈を打つことが更に祟り、赤い液体が大量に滲み出る。
先程までとは別人のような鬼のような番人の顔だけが貴方の瞳に映っている。
貴方の顔から表情は消えていた。
息を荒げた番人が短剣を引き抜くと赤い飛沫は舞い、貴方はしゃっくりのような声を上げながら
操り人形のようにヘタヘタともと来た道を歩き出した。
番人は再び貴方の前方に現れると慣れた様子で右、左とガラスの靴を踏みつける。
薄いガラスは砕け、貴方の足を赤く染めた。
もはや歩くこともままならず、貴方は俯いた姿勢で静止してしまったのである。
「何もここまでしなくて良いじゃない……。」
と囁く貴方の震える声に、番人は僅かに動揺を見せた。
貴方はその隙を逃すまいと、まるで花でも咲くかのように量腕を広げ、上半身を大きく反らせた。
すると胸に開けられた傷口からありったけの赤い液体が放出され、番人に降りかかった。
ジューと肌が焼ける音が鳴る
被害は眼球にまで及んだらしく、苦悶する番人は空を引っ掻き回しながら何度も壁に激突した。
とっくに体の動かない貴方は覚悟を決めたように小窓を見詰める。
そうして、体から離脱した首だけが浮遊し、小窓を通り抜けて夕陽の方向へと進んで行く。
夕陽を背に美術館を振り返る貴方は絵画に閉じ込められた妹をなんとしても助け出そうとしているらしい。
勇敢な姉、首だけのメアリーであった。
50. 最果てと色とりどりの旅人の歩みには
◆
駅のホームでアンドロイドが急に服を脱いだ。
周囲の目線がドライアイスと化すのも構わずアンドロイドは高速で回転を始める。
体に埋め込まれた人間らしいパーツは次々に吹き飛び、最後には木製の骨格だけが残った。
綺麗な歯をアピールする女性モデルが大きく映された歯みがき粉の広告を茶色の体液が汚すと
そのモデル自身は撮られた自分の写真がまさか歯みがき粉のポスターにされるとは知りもしなかったということを
スマートフォンで知った制服姿の少年は顔の裏で微笑する。
アンドロイドはファッションショーのようにポーズを決めた後、全身に火がつき燃え上がった。
直後、「シャン」と響くベルの音が発され、同時にまるで糸が切れた操り人形のように項垂れた姿勢のまま動かなくなった。
黒煙が無数のカラスになって空に放たれ、世界の明度を少しばかり落とす。
ベルの「シャン」の音を認識してしまった周囲のアンドロイド達にもその現象は瞬く間に伝染し
駅長さんを最後、駅は全くの無人に成り果ててしまった。
カラスが空を覆い尽くし「俺達は自由だ」と希望に満ちた漆黒である。
◆
ミントの歯を噛んだアリが唐突に立ち上がって二足歩行を始める。
キチガイになってしまったと周囲は慌てて二足歩行アリを牢屋に閉じ込めたところ
壁に穴を空けて地上へと抜け出してしまった。
口のハサミは頑丈な蜘蛛の糸で縛っておいたはずなのにおかしいと、番人アリが首を可愛く傾げる。
俺にはもう常識は通用しなくなったんだと主張し、常識はずれな能力を周囲に見せつけ始めた。
壁をすり抜けたり岩を浮かせたり出来る。
仲間達の拍手喝采に包まれて二足歩行アリは心底幸福そうに触覚を震わせた。
そうして二足歩行アリがようやく我に返ったのはアリクイの腹の中である。
今までの活劇が夢か真かもわからないまま、アリクイの胃液に溶かされてしまった。
そうして今度はにわかにアリクイが二足歩行を始める。
◆
グリアは真っ暗な宇宙空間、それも地球すぐ近くに巨大な不可視の水車を設置した。
「でも宇宙に水は無いだろう?」と僕は当然の疑問を投げるかける。
無表情で笑い声だけ響かせるグリアがいうには
地球は生者が生きる星だが、それに対応するもうひとつの星、すなわち死者の"生きる"星もあり
一方での終わりはまた一方での誕生であるらしい。
無数の生命がその二者間を死、或いは生という区切りによって行き来しているらしく
川を流れる水の力を活用するようにその流れを使って莫大なエネルギーを産み出そうとしているとのことであった。
わざと多くの命を生ませたり殺したりして円滑な生命流を作り出す下準備も既に何千年も前から地球で行なってきたと言う。
それを聞いた僕が軽蔑を込めた視線をグリアに刺してやると、その笑った仮面のような顔に珍しく影を浮かべて
「何も娯楽でやっているわけじゃないんだ。我々には重大な使命があるんだよ。」と答えたので
「それは僕達も一緒だよ。」と返してやった。
◆
南極にはこの世の果てがあるという。
見渡す限りに氷の白い床が続き、視界を遮る山も岩も無いため
そこに立つものはなすすべも無く巨大な地平線と対面することになる。
その広大な空間では世界は貴方に開かれ、貴方自身も全てを世界に開くかのように。
空には暗雲が立ち込め、唯一鳴るのは風の音。
雲間から微かに漏れる陽光は全ての終わりと同時に、何かの始まりを予感させるものでもある。
51. 秘密手帳
眠れない夜は目を閉じて何度でもビルの屋上から落下を繰り返している
地面に到達する前に巻き戻すから想像上の痛みすらない
容赦ない風と 浮遊感も凄い
眠れない夜は目を閉じて何度でもビルの屋上から落下を繰り返している
地面に到達する前に巻き戻すから想像上の痛みすらない
容赦ない風と 浮遊感も凄い
草原のド真ん中に巨大な船の残骸があった
気になって駆け出すと夢は覚める
ホラー系の映像作品があんまり怖くない
夢や妄想で見る奴等の外見と動きと雰囲気が強烈すぎるのが原因と思われる
ピアノの鍵盤上を駆け抜けて音に追われる自作自演の駆けっこが楽しくてたまらない
もうとっくの昔に飽きてつまらない
そんなことよりも友達が欲しい
友達は欲しくない
人形とは友達になれませんし、なる気もありません
そもそも人形を持っていないし私は昔から人形が嫌いです
人形は何を考えているのかがちっともわかりません
動物よりももっとわかりません
人間が何を考えているのかはすぐにわかります
顔の変化や動作、直接肉眼では見えないものの確かに発される雰囲気からです
形も綺麗で面白いし、芸術を理解するし、うまくいけば信頼関係も築き得る人間が一番好きです
チケットの取り合い 民衆涙目
チケットの取り合い 民衆控えめ
チケットの取り合い 民衆弱り目
チケットの取り合い 民衆血眼
よく頑張りました
チケットをお持ちの方はお座席にお掛けの上
シートベルトをしっかりとおしめ下さい
それでは地獄行き、間もなく出発致します
惑星を消し飛ばす程の強大な力を思い浮かべてみて欲しい
多分、その脳内映像には音が存在しないと思う
それもそのはず
宇宙には空気が無いので、音も無い
体をくねらせながら激しく点滅するオレンジ色の猫が天井のライトから降りてきた
不意に普通の橙色の猫の姿になる
でも次の瞬間にはもう中身のない猫の輪郭だけを残して去っていた?
いや、強烈な視線を感じる
輪郭に小さな無数の目玉がある!
こちらを力強く凝視している
気を付けろ、猫は去っていなかったのだ
人の視線にはある種の力があることはとうの昔に科学で解明されてはいるが
民衆の家畜向けに公表されるのは当分先のことだろう
家畜は常に人間の1000歩後を歩くものであるし、家畜に崇高な最先端を教えてやる義理もないと彼らは思っている
使い降るされて黄ばんだ古着をほら見ろ最先端だと渡されて純粋にも感動するのがせいぜいなところである
本題に戻して一つ忠告することは、壁にとまっているガでその力を試さないほうがいい
雨が降って
社会に排他された人達、或いは社会を排他している人達のことを
歓迎している
(完)
開いてくださってありがとうございました。