9.タクという名の(3)
「えっ、あげちゃうんですか」
「あぁ、犬飯はキャッチャーのプロみたいなところがあってさ。結構取るんだよ。でも、取るのが楽しいだけで、取っちゃうと意味がないらしい。それで、そばに誰かいるとあげちゃうんだ」
犬飯を男性だと思い込んでいるファンは、黄色い歓声を上げて大喜びだ。
ひとしきり遊ぶと、それぞれが店の外に集まってきた。
「外は暑いね~」
散々踊っていたKが言うと、誰もが『当たり前だ!』と突っ込みを入れてきた。
最近では、どこも節電モードのせいか、かなり室内の温度が高いように感じる。そんな中で踊っているのだから、大汗をかくのも当たり前というものだ。
「のどが渇いたな」
誰ともなく言うと、そうだなと言う声が聞こえてくる。
では、ということで、近くにあるカフェへ移動するのかと思いきや、自販機でジュースを買おうということになる。
『この暑さはどうするんだ』と誰かが言えば、『水辺なら涼しいから、湖がある公園へ行こう』と言うことになる。
全てが始めてのルミは終始驚きを隠すのに必死だった。
仕事を持ち、毎月給料の入ってくるルミとしては、暑ければカフェに入るのは当たり前のことなのだ。
それがまるで、子供の遊びのように、暑ければ湖のある公園へ行くというのだから。
「かなり驚いてるね」
公園に着くと、木陰で涼風を感じながらジュースでのどを潤す。
潤しながらも、会話は弾み、次から次へと話題が変わっていくのだ。
そして、今はケイタイから流れる音楽を頼りに、ダンスのレッスンが始まっている。
教えているのは、もちろんKで、教えられる側が乱気流とタク、そして揚げうどんだ。
「犬飯さんはやらないんですか?」
「やるよ。できるかもしれないことは何でもやるから。でもさ、驚いてるでしょ?」
犬飯が笑ってルミの顔を覗き込んできた。
「驚かないといったら嘘になるけど」
「だよね。そりゃ、驚くわ」
そう言うと、長い足を投げ出して、草の上に座った。
ルミも同じように隣に座った。
ひんやりした草は、気持ちよかった。
「私さ、中学のときに先生に酷い目にあわされてさ。それで登校拒否」
どこか遠い目をして語り始めた犬飯は、優しい女性的な声に戻っていた。
「先生が私を無視すると、周囲の連中はやっていいものだと思うから、格好のおもちゃとして扱われるわけよ。それで、気がつけばイジメの的。それで、学校に行かないって決めたの」
なぜ、そんなことを話して聞かせるのか、ルミには分からない。
それでも、話されることに不快な思いもなく、静かに語られるままに聞いていた。
「毎日パソコンに向かって、死ぬことばかりを考えてた。精神的にも追い詰められてさ。そんな時に、タクのコミュに出会ったの」
「え? でも……タクさんって、そんなに子供の頃から生放送やってるんですか?」
「え? ちょっと、待ってよー。私をいくつだと思ってるのぉ」
今まで、年齢を考えていなかったが、どう見ても自分たちと同じくらいに見える。
「酷いー。こう見えて、十七歳だよ」
「あ……。ごめんなさい」
「まぁ、ふけて見えるかも知れないけどさ。参るよ~」
そう言いながら笑っているのだ。