表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

22.5ヶ月分のリング(2)

 母と一緒に台所に立つ。


 それは、彼が食べるための料理を作るため。そして、父に手料理を作るため。


 これも小さな親孝行。


 母と一緒に台所に立つ。


 たわいもない、女同士の会話。これも、親孝行。


 

「彼、遅いわね」



 時計を見れば、八時を超えていた。


 父は帰宅して、風呂に入っている。最近は、タクと飲む酒を楽しみにしているらしい。



「彼がきてから、一緒にご飯にしたほうがいいわよね」



 母が作りかけの食材を眺めながら呟く。


 ルミは『そうだね、あとどのくらいで来れるのか、連絡してみる』と言うと、階段をゆっくりと上った。


 自室に入り、ケイタイを手にする。


 階下からは、父がお風呂から出たのだろう、『母さん、パンツ出してくれ』という声が聞こえてくる。いつまでたっても、着替えを持ってお風呂に入らない父に、母は諦めているようだ。


 ルミはふっと笑う。


 ちょうどその時、表から車の止まる音が聞こえてきた。



(あ、タクかな)



 窓に駆け寄り、カーテンを開ける。


 窓を開け、春の風を部屋に入れる。


 大分日が伸びたとはいえ、八時を過ぎれば外は真っ暗だ。


 視線を道路に落すと、車から出てくる姿が見えた。その姿は、紛れもない愛しい人の姿。


 タクは顔を上げると、ルミに向かって嬉しそうに笑いかけた。その手にはなにやら小さなものが握られていた。


タクが大きな声で言う。



「ルミ! プレゼントだよ。ずっと、待たせちゃったけど、給料5ヶ月分の指輪だよ!」



 その声は、静かな住宅にこだました。きっと、ご近所では笑っていることだろう。



「タク、恥ずかしいから。でも、指輪って……」


「ずっと、お金がなくてプレゼントできなかったからさ。その代わり、誰にも負けないようなものをプレゼントしようと頑張ったよ! ルミ、愛してる!」


(恥ずかしいよー)



 ルミが、恥ずかしさで両手を頬に当てたときだった、タクの車の前方からライトが近づいてくる。


 そのライトはすごい勢いで近づき、身をかわす暇すら与えずに、タクの体を宙に飛ばした。


 何が起こったのかわからぬまま、一部始終を目撃していたルミは声すら出せず、タクが路面に叩きつけられる鈍い音を聞いた。


 その瞬間、何かにはじき飛ばされるように部屋から飛び出し、階段を駆け下りた。


 玄関から出ると、タクを跳ねた車はとうに逃げた後で、虫の息のタクがルミに笑顔を向けていた。



「タク!」



 駆け寄り、力の入らないタクの体を抱きしめた。



「ルミ……ほら……」



 言葉のままにタクの手をみれば、そこには小さな箱。



「きゅ……給料……5ヶ月分……だ・ぞ……またせた……ね」



 真っ赤な血がついた、小さな箱をタクからもらいうけると、タクが小さく笑った。



「タク、いらない……すごいけど、こんなのいらない、だから、だから、死なないで。私が欲しいのは、指輪なんかじゃないんだ。タクがそばにいることなの! タク、タク!」



「ルミ……泣くな……待ってる……から」



 タクの腕が上がり、人差し指が天に向けられ、力なく落ちた。


 家の中から出てきた近所の人たちが、遠巻きに輪を作る。母が、泣き叫ぶルミのそばで膝を落してルミの背中をさすってくれるが、ルミには分からなかった。


 遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。


 しかし、タクの魂はのぼり始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ