18.涙のプロポーズ(2)
どのくらいの時間が過ぎたのか、外に車が止まる音が耳に入った。
(タク!)
窓に近寄り、カーテンの隙間から外をのぞき見ると、家の前の道路に車が止まっている。それは、紛れもないタクの車だ。
もう、何十回、何百回、タクの車に乗ったことだろう。
車からタクが降りてくる。今更会わないといえるだろうか。
ルミはカーテンを握り締め、震える肩を止めることができないでいた。
(どうしよう、彼が来ちゃう。彼のプロポーズを、受けることなんて、できないのに)
玄関のチャイムが鳴り、母がドアを開ける音が聞こえてきた。
間もなく、ルミを呼ぶ声が聞こえてくるだろう。
(彼を失いたくない。神様、お願いです。もう少しだけ、彼といさせてください)
「ルミー。タクさんがいらしたわよ」
ルミは、ティッシュを一枚抜き取ると、涙を拭きゴミ箱に捨てた。
その動作は、今からの数十分間だけ、泣かずにいようという決意の現われのようだ。
ゆっくりと階段を下り、玄関へと向かう。
玄関先に立つ彼の姿を目にしたとき、泣くまいと思っていた涙が頬を伝った。
「ごめん。今日は、かえっ……て」
それだけ言うのが精一杯だった。
階段の途中で踵を返すと、元来た階段を駆け上った。
「ルミ!」
タクの声が背中に聞こえた。
(ごめん、タク。ごめん)
困惑したように玄関先に立つ母の姿。驚きを隠せないタクの目。
全てを話したら、どうなるだろう。
困惑した母の姿は、心配と不安に変わり、驚きの隠せないタクの目は諦めに変わるのだろうか。
ゆっくりと階段を上る足音が聞こえてきた。
(お母さん? 今はダメだよ。入ってきたら、お母さんに当ってしまう。だから、一人にして)
しかし、ドアをノックすると同時に聞こえてきたのは、母ではなかった。何の不安も持ち合わせない、穏やかな優しい声。愛する自信に満ち溢れたタクの声。
「ルミ。どうした? 開けるよ」
「ダメ」
「何を拗ねてるんだ?」
拗ねてるだけならどんなに楽だろう。
「拗ねてなんていないわ」
応える声は気丈を装っているが、顔は俯き、上を向くことができない。
ドアに寄りかかり、タクを部屋に入れることを拒みながらも、彼のぬくもりを感じたいと切望している。
「さっきの放送、聞いてただろ。あれが俺の気持ちだ」
「うん」
「ルミはどうなの? 俺じゃダメなのか?」
違う。
タク以外の人など、ルミの人生に存在しないだろう。
「ルミ、開けてくれ。ちゃんと話をしよう」
「……」
「愛してるんだ。ずっと、そばにいたいと思ってる。誰よりも大事な人だと気がついた」
(私もだよ)
「ルミと出会ってから、俺は変わった。俺を変えられるのはルミだけなんだ」
(私だって、タクと出会って変わったよ。タクしか、私を変えることはできなかった)
「一生、そばにいて欲しい。俺を支えていてくれ、俺もルミを支え続ける。どんなことがあっても、ルミのそばにいる」
(私が相手では、タクが可哀相だよ)
「ルミ、開けてくれ。どうしても、俺ではダメだというのなら、恋人以上になれないというのなら、その理由を聞かせてくれ。何年掛けてでも、ルミが納得するような男になるから」
ドアの向こうから聞こえてくる声に苦しさと辛さが混ざり合い、まるで血を流しているように聞こえる。
もう、これ以上彼を苦しめることなどできない。




