1.月の闇
毎週日曜日に更新していきますので、気長にお付き合いください^^
月子はパソコンに向かっていた。左手で頬杖をつき、右手はだるそうにクリックを繰り返している。
部屋の中は、起きたときからカーテンが開かれたままで、母親が掃除してくれるまで散らかり放題の状態だ。
それでも以前なら、母親が部屋に入ることを嫌い、どんなに散らかろうと、ゴミだらけになろうと、そこに座り続けていたのだから、あの頃に比べたら大分精神状態も安定しているのだろう。
月子が不登校になって、三年が過ぎようとしている。
中学校に入学して二年目にイジメに遭い、自殺を考えるほどに追い込まれたが、登校を拒否することと、部屋にとじこもることで、なんとか自分を捨てずに来たのだ。
高校に入学すればきっと人生が変わると信じ、頑張って進学したが、結局何も変わることはなく、イジメの的となり、あっという間に中学生活と同じ状態になってしまった。
しかし、たった一人の空間は空虚で、常に死神が隣にいるに等しかった。
それが、タクに出会ってから変わってきたのだ。
出会ったと言っても、彼はパソコンの向こうで、一日に数回生放送をしている生主というだけなのだが。
それでも月子には良かった。
イケメンで美声で優しいタクの話し方は、温かく月子の心にしみこんでくるのだ。
あるときは歌を歌い、あるときは本を読んで聞かせてくれる。
またあるときは、自分の経験を淡々と語り、月子と同じ境遇にいたことを教えてくれた。
タクに出会って、自分は一人ではないと思えるようになった。
パソコンの向こうには、多くの同じ境遇の人がいて、誰もが同じ苦しみの中でもがいていることを知ったのだ。
タクの話を聞くうちに、自殺への願望は消え、いつしか母が部屋に入ることも、自分から食卓へ赴くこともできるようになっていた。
家族と共にする食事は温かく美味しい。
ひとりでパソコンに向かってする食事は、食べているのかどうかすら分からない。ただ、呼吸を続けるためだけに、食物を口に運でいるようだった。
父や母、兄妹と食事をし、笑うことができるようになったとき、月子は愛されていることを知った。
けれど、それで全てが元に戻ったわけではない。
相変わらず学校へは行けない。それどころか、退学も考えている。
親は何とか卒業させようと思っているようだが、自分としては学校へ行くことができないのに、在籍している意味がないように思えてならないのだ。
どうしてもダメなら、他の学校へ転校するという手もあるだろう。
しかし、今の月子にはそこまで考えることができない。
やっと、笑えるようになったばかりだし、自殺から背を向けることができるようになったばかりなのだ。
それなのにどうしたことか、最近タクの放送がない。
あれほど毎日放送していたというのに、ここ数ヶ月全く放送されない。
ネットの中では、まことしやかにタクの死が噂されだしているが、月子は信じなかった。
あれほど、生きることを熱望していたタクが、そんなに簡単に死ぬわけがないのだ。
放送を通して月子たちリスナーに、生きることの大切さを伝えてきたタクが、いなくなるなど考えられるわけがない。
「きっとさ、忙しいんだよね。だって、タクさんって大人じゃん。だから、仕事とかあって……ん~と、そうそう多忙を極めるってヤツかな。あはは、あたしってアッタマいい~」
ベッドの上でペシャンコに潰されているクマのぬいぐるみを抱き寄せると、明るく笑って見せた。
しかし、心中穏やかではない。
「タクさ~ん。放送してよ~、寂しいよ~。イケボきかせろー! イケメン見たいぞー!」
そんなことをクマに向かって言っていたとき、ディスプレーの右下に小さく吹き出しが現れた。それは、ピコンという音と共に、タクが放送を開始することを知らせていた。
「わぁ! タクさん! 放送するんだね! すぐ、行くからね~」
言葉より早く右手がクリックしている。と同時に画面が変わり、タクの元へと飛んでいった。