男のココロ
信と冬が校舎を歩いていると、信は二階にある渡り廊下にある生徒を見かける。
「……あいつ……」
軽く呟くが冬には聞こえない。
「どうした?」
立ち止った信に冬は言う。
「いや、なんでもない」
そして、信は冷たい笑みをうかべた。
(おもしろい事になってきた)
それは冬には見えなかった。
「慣れねえなぁ」
俺は渡り廊下を歩きながら呟く。
クラスに入る所は緊張する。初めは誰しもそうだろう。
転校はもう二回目なのに、なさけねえ。それに今回は入学式なんだから、大丈夫の筈だ。
前は、ただの転校だったから、皆がすでに仲良かったけど、今は俺は皆と同じ。
俺は緊張を収める理由を考えて、自分の教室に向かった。
俺が教室に入ると、皆が俺を見る。
そして、青柳莉子は驚き、仙崎信は声を出さずに笑っている。
「ハァ」
まあ、だろうな、とは思っていた。
俺が帰ってくれば、お前らはそういう反応をするだろうな、と。
まさか、俺が能力を与えた奴が俺と同じクラスに二人もいるとはな。
さて、俺の事を覚えている奴がこいつらだけだと祈ろう。
「あ、花月考斗!」
いたよ、しかも大きな声でフルネームで、わざわざ自己紹介する手間が省けたじゃねえかよ、ちくしょう。
「んだよ。誰? お前。知らないんだけど」
俺はいらつきながらも紳士なので名前を聞いてあげる、が、
「お前って中二の春に」
その知らない男が『中二』という単語を発した時点で体が反応し、その男の口を塞ぐ。
「頼むよ、知らない人ォ。俺の立場考えろや、てめえ」
「あー。そうだね。うん」
察したようなので、手を離す。ったく、考えてから言えよな。
因みに信は笑いを堪えきれずに、声を出さないように必死になっていた。
「ハァ、で、名前は?」
「冗談とかじゃなくて真面目に知んないの?」
「だから、覚えてねえっつーの」
男は少し落ち込む。
「俺の名前は司天だよ」
「は? ん? えと、名字がどれで名前がどれ?」
「司が名字で天が名前」
「へえ、特徴的だな」
「うっせえ」
なんか怒ってる? まあ、いっか。
とりあえず、席に着いてみる。
ふむ、まぁ司が俺の事を知っていたのは不運だったが、知り合いが能力者以外に一人でもいて良かったぜ。
うん、余裕だな。まじ余裕。
クラスでは元々知り合いだった奴等で話しあっているようだ。
しかし、俺に知り合いは少ない。中二の春に名古屋に転校し、この地へ戻ってきた俺にいる知り合いは同じ中学の奴だけ、つまりこのクラスでは仙崎信、青柳明美、司天の三人だけ。いや、正確に言えば他にもいるんだろうが、俺の記憶力では思い出せないし、そもそも中学でも同学年の全員を知っている訳では無かった。
だから、まぁ、話すとしたらあの三人のどれかなんだけど……俺は正直、あんまり信と青柳さんとは話したくない。それに、あまり仲良くなってもいけない。
俺が考え事をしていると、気を遣ってくれたのか、司が話しかけてくる。
「そういえば、考斗は名古屋行ってたんだろう?」
「ああ」
「何してたんだ?」
「勉強」
「他には?」
「勉強」
「あれ、お前ってそんなに勉強する子だっけ?」
「いやぁ、俺は勉強なんて全然してねえな」
「いや、じゃあなんでお前勉強なんて言ってたんだ?」
「会話をできるだけ続かないようにしようと思ってな」
「え……俺と話したくなかった……?」
「ん、あー、まあな」
「うーん……そっか。ごめん、じゃあな」
お前のドコの何に謝る所があるんだよ。謝るべきは俺だ。
「おう」
傷つけたかな? でも仕方ない。
いつか、言わなければならない事だ。だから、親しくなる前に言うに越した事は無い。
仕方ないんだ。
帰る時間。
信は廊下に出た考斗に話しかけた。
「おい」
考斗が振り返る。
(……ココロ様態)
信は心の中で能力のスイッチを入れた。
信の目線では考斗の胸のあたり、『普通』という文字が浮かび上がる。
「なんだ?」
「戻ってきたのか」
信は冷淡に言う。
「ああ、で? なんだ」
浮かぶ文字は『普通』から『疑惑』へ変わる。その文字は簡潔に言って考斗の心境を表している。
「ほら、お前には感謝しているよ」
何を、とは言わなくてもわかる。能力を貰ったことだ。
「昔より、楽しいか?」
『疑念』が『後悔』に変わる。
(後悔? 何をだ?)
「ああ、とても」
すると、『後悔』が『普通』に戻る。
(なるほど)
「……そうか、なによりだ」
「じゃあな」
(こいつ、能力を俺に与えた事、後悔していたんだな)
「ああ、待て」
「なんだ?」
「お前、誰と仲良い?」
「冬、大貝冬って奴とかかな」
「青柳明美、とは?」
「アぁ? いや、むしろ嫌いだね」
すると、また『普通』が『後悔』になる。
(なんだ? まさか、明美と俺が親しくないのが自分の所為だとでも? いい迷惑だ)
いらついて、信は家に向かった。
「ねえ、冬」
帰り道、長安名月は冬に話しかける。
「なに?」
目線を下に口だけ動かす。
「あのさ、あんまり……」
だが、続きは声にならず、
(信と仲良くしない方がいいよ)
心の中だけで言えた。
「ん?」
「いやっ、なんでもない」
(なんて、言える訳無い、か)
言えば、冬に嫌われるかもしれない、名月はそんなことは無いとわかっている、それでも可能性が1%でもあるなら、彼女には、言えない。
「なんだよ、気になるじゃんか」
たとえそれが、冬の為でも。
「いーの。ナイショ」
名月は微妙に信が皆とは違う事に気付いている、勿論、超能力を使えるなどとは気付かないが、それでもおかしいという事くらいは気付いていた。
なぜなら、信は大好きな冬とずっと一緒にいるから、名月が気付かない訳が無いのだ。
「ええ、教えてよ」
「じゃー、アイス奢ってくれたら」
「え~、しょうがないな」
「え、いいの!?」
「うん」
「やったぁ!」
「喜びすぎだよ」
俺は家に着くと、自分の部屋に入った。
ベットに横たわり、天井を見る。
「疲れた」
ただ、呟く。
薄く目を開けて、天井を見続けた。
俺は独りだった。
中学の頃、俺は独りだった。一人だったのではなく、独りだった。
友達はいた。とても沢山。
でも、とっても大切な事を言わずに隠していた。
それは、俺には能力を与える能力があるということ。
言っても、信じない。なら、意味が無い。それに信じさせようと思って、能力を与えればそいつは俺と同じように、被害者になる。
自分の中で、どうしても誰にも言えない事があると、人を信じられなくなる。
周りの皆が笑っていると、それは嘲笑のように感じる。
皆が話しかけてくると、俺を騙す為なんじゃないか? と思う。
だから、俺は独りだった。
そんな時だ。親が俺に転校の話をしたのは。
もう、どうでもいい。
俺はそう思った。
信じられないなら、皆が俺をバカにしているように感じるなら、本当にバカにされても同じじゃないか。
だから、俺は言った。
能力を与えてやると、まるで、神のように。
皆は、黙った。
信は笑った。
青柳さんは心配そうな顔をしていた。
それからの皆はうざかった。
能力は五人に与えた。
信にも。
青柳さんにも与えた。
不幸になるとわかっていた。
それも、どうでもいいと思った。
俺はもう、ここから居なくなるのだから。
でも、結局戻ってきた。
いや、戻りたくは無かったが。
それから、五人に能力を与えても、その五人以外、俺が能力者だと理解しなかった。
それは、俺が与えられる能力が本人にしか、わからないから。
信は、独りにならなかった。
誰にも言えない事があるのに。
俺は能力を与えて、同類を増やそうとしたんだ。
なのに、信も青柳さんも普通だった。
いや、同類が欲しかったんじゃない。
俺は、独りが嫌だったんだ。
俺は廊下を歩く。
「結局、奢ったのに教えてくれなかったじゃないか」
「ごめん、ほら、私も何か奢るよ」
「うーん」
クラスの奴の会話が聞こえる。
前に青柳さんがいる。
自分のクラスに戻ろうとしているのだろう。
それなら、俺の横を通る。
(話さなきゃいけない。話さなきゃ)
青柳さんは歩いて、俺の横を通った。
俺は何もできなかった。
振り返ると、青柳さんは教室に入った。
青柳さんは俺の方を一度も見なかった。
「どうした? 考斗」
信の声だ。
「ああ、なんでもない」
俺は、教室に入った。
少し、短いです。
すみません。
良い区切りがここだったもので。
ココロドールは少し、遅いのですが良かったら読んで下さい。