孤児院
日焼けして色の薄くなったドアを通り、たかしは部屋の中を見渡した。部屋は見渡すという表現が合うほどの広さはないのだが、子ども達が動き回っているので全体を把握しようとすると見渡すという言葉が似合う行動になってしまう。
「たか兄、大魔王レンジャーが一人足りないから入ってよ」しゅうがたかしのお腹を叩きながら言った。小学四年生で生意気盛りだ。大魔王レンジャーというのは正義の味方を倒すために大魔王が悪の組織から選抜した五人からなるチームらしい。
「レンジャーか。今日は悪の味方は足りてるのか?」
たかしはそう言い、子ども達の輪に入った。
「今日は大学早く終わったのか?」しゅうが言った。
「違う。お前らと早く遊びたかったから、授業をさぼってきたんだ」
「たか兄、不良だ。不良。園長先生に言ってやろ。」しゅうはそんなつもりもないのに、わざと言う。かわいいやつだ。
「冗談だよ。俺が授業を休んだのでなく、授業が休みになったんだ。」拳銃と突きつけられたかのように両の手のひらをしゅうに見せながら言った。
散乱したおもちゃ。子ども達の屈託のない笑顔。一列にかけられた布袋。いつも通りであった。たかしの体は子ども達の相手をしていたが、頭は異なることを考えていた。これはいつも通りではない。
うしろ姿はくっきりとたかしの脳裏に刻み込まれていた。後ろ姿ばかりみていたからだ。彼女は最前列の中央の席に陣取り、授業を受けていた。後ろ姿しか見ることはできないが教科書と黒板に意識を置き、集中している様子がみて取れた。長く黒髪が耳からぱらぱらと垂れている。凛とした雰囲気が漂っている。
後ろ姿しか分からず、学部も異なっているあの人。たかしにはきっかけもなく、話しかける勇気はなく、正体を知ることも知り合うことも到底不可能なはずだったが、あることがきっかけでたかしがボランティアで通っている孤児院に来ていることが分かった。
黄色で赤いベストを着た熊のような体型をした院長に自分の意図がばれないよう、爆弾処理班のように細心の注意を払って遠まわしに彼女の情報を引き出そうとすると、ふっと口の端をあげ「見る目あるねぇ、たかちゃん」と言い彼女について目を輝かせながら教えてくれた。院長には敵わない。
二か月ほど前に、紙飛行機飛ばし大会をしたことがあり、その時の一等賞をとった紙飛行機が孤児院の屋上から行き着いた先が高松御殿と呼ばれる屋敷である。彼女は竹内 咲といい高松御殿から、不定期でこの孤児院に来ているそうだ
「ところで、あんたこれからもここにきてくれるのかい?」孤児院は子供の生活の世話のための職員はいるのだが遊び相手まではなかなか手が回らないことも多い。
「そのつもりですよ。大学に行くよりも得るものが多いですから」
「子供たちが喜ぶからね」
扉の軋む音がする。誰かが入ってきたようだ。院長が目くばせをする。期待に胸を高鳴らせ、たかしは振り返る。
「咲ちゃんよく来たね。」院長がたかしの背後の扉から入ってきた人に言った。
緊張で顔をこわばらせながら振り返ったたかしはその人を見て、目を見開き、脱力した。
「あっ、名前を呼び間違えっちゃったわ。田口君、いらっしゃい。」
院長には気を抜けない。たかしは田口さんと雑談する院長をにらむ。