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ラセン  作者: 天咲賢治
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川夫と川子の旅・3説法

寺の開け放たれた観音門を潜ると、白い玉石の道が庵まで続いていて、その脇に手入れされている垣根が、雨で濡れた葉を緑に輝かせている。

その向こうに颯爽と立つ松が、光を遮り、全体に薄暗い空気を孕んでいる。

前を歩く住職の草履が、カシャカシャと石の上を流れるように進み、雨傘を外しながら、

「どうぞお上がり下さい」と夫妻を庵に案内した。

夫妻は恐縮しながら上がり戸を超え、躊躇していると、奥から笑顔を称えながら一人の女性が小走りに走り寄った。

住職はその女性を確認すると、夫妻に対し合掌してから、奥へ退いた。

「さあ!どうぞ!お上がり下さいませ!夏なのに寒いですね!今、お茶をお出ししますね!」。

年の頃、二十歳前位であろうか?夫妻に対し、まじまじと顔を近づけながら小声で「住職は着替えをしてまいります。」

その女性は夫妻に対し、微笑んだ。

次に女性は、手にしていたタオルを夫妻に渡し、「お濡れになりましたでしょ、今、温かいお茶をご用意いたします。」

と言うと、深々と頭を下げ、笑みを称えながら奥に小走りに消えていった。

庵は畳にして、二十畳はあるだろうか、床の間には、平均的な男性の等身大と一緒位の、如来の姿の掛け軸がじっとこちらを見ている。黒光りした廊下の奥にあるガラス窓が外の雨音を遮断している。静寂のその向こうに見える庭園は、小石に弾ける雨が薄い霧のように漂い、まるで水墨画を見るようであった。

夫妻が座布団の端に正座をしていると、小走りに躍動する若い女性の足音が近づいてくる。

満面の笑みが夫妻に注がれる。

女性は「朝早くからご苦労様です。」

と言うと、夫妻にお茶を注ぎ、「どうぞ」と頭を下げ振舞った。

夫妻はこの女性が私たちの事を知らないと思った。

また、もし私たちの事を知ったら、お茶を飲む姿を慈愛の表情で眺めるこの女性は、すかさず拒否の表情を表すと思った。

夫妻は下を向きながら、振る舞いに応じた。

しばらくの間があり、住職が現れた。

歩く姿は正しく、黒の布袍が高貴さに色を添えていた。

女性は住職の分のお茶を注ぐと、手を付いてお辞儀をし、奥へと退いていった。

住職は夫妻に微笑みながら着座すると、

「お久しぶりですね、お元気でしたか?」

と言う住職の言葉に夫妻は驚いた。こうやって住職と夫妻が対面するのは初めてであったからだ。

「あの日、あなた達が夜中に墓参りに来た時、私は後ろで共に祈ってました。」

夫妻の口から続けざまに「申し訳ございません」という言葉が発せられた。

夫妻が頭を床に付けるのを住職は制して、「いやいや、そんな意味で言ったのではないのです、さあさあ頭をお上げください。」と二人の手を取り、非礼を詫びた。

「さあ、お茶を召し上がって下さい。」

と言うと三人はお茶を口にした。

夫妻の手が、微かに震えている。

しばしの沈黙の後、住職は語り出した。

「私は仏の心を述べ伝えるのが仕事ですが、これが非情に難しい。」

住職は手のひらを托鉢した頭を掴むようにして夫妻に微笑みかけながら、更に続けた。

「何せ、神様に会った事がない。」

言うと、手は膝の上に置かれ、先ほどのおどけた仕草から、一瞬にして背筋が伸びた凛とした姿になり、慈愛を含む眼が夫妻に向けられた。

「仏教にも色々と宗派がありまして、拝む大将も違っておりましてな。」

住職は言うと、庭に目線を向け、言葉を重ねた。

「私たち坊主は悟りを開くために、出家したわけです。」

ゆっくりとした口調が、夫妻に安心感を与える。その住職から発せられる言葉や仕草からは批判や告発などの波動は微塵も感じられない。

住職が身にまとった衣体から、特に首から、すっと下げられている輪袈裟からは、夫婦に対して安堵の波長を出しているように、まるで温かい母に抱かれた乳飲み子に帰った感がしていた。

「その悟りの度合いで、如来、明王、菩薩、天とランク付けされます。」

住職は夫妻に目線を再び向けると、

「私など、まだまだ餓鬼ですね。」

と頭を撫でながら、大きな声で笑い声をあげた。

美しいほどの姿勢から、素早く背を丸めて言う言葉とその姿勢が、夫妻に自然と笑みが湧きあがる所作となった。




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