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ラセン  作者: 天咲賢治
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川夫と川子の旅・2

セミが「ミーン、ミーン」と墓前を前にして手を合わせる夫妻に、その背後の雄大なピラミッドの形をした樹木全体から聞こえて来る。

それは三年前、道行く人々から放たれる夫妻に対する、"物言わない抗議の音"のようであった。

ネットで顔写真を晒された夫妻に対して、あからさまに言葉を発する者は無かった。しかし、夫妻の心の中では、明らかに「人殺し犯人の親だ」と責めているように目線を感じ取っていた。

「ミーン、ミーン」というリズムが「きえろー、きえろー」と言っているように聞こえた。

夫妻は降りしきる雨の中、交互に花を捧げ、膝まづいて祈る相方に傘をかざしながら、息子が犯めて亡くなった、当時十七歳の交際相手の女性に祈り続けた。


その折、墓地に通じる石段を、下駄の音が徐々に近づいて来ていた。

下駄のリズムは、一縷の乱れなく自然と同調しており、その音は川の流れの清涼の残影を、石に打ち据え進んでいるかのように品があった。

傘は雨傘として、その頭に冠し、僧侶の出で立ちである衣体は、襟元から全くの乱れ無く、純白の襦袢から伸びた白い両手の先には太玉の数珠を挟み、正面を対峙しながら手を合わせ夫妻に近づきつつあった。

祈りに無心になり、気づかない夫妻と下駄の本人が顔を合わせたのは、ちょうど祈りが終わった直後であった。

夫妻が墓前に一礼し、帰ろうと横を振り向いた時である。

下駄を履いた主は手にした数珠を指に押さえ、手を合わせて夫妻に深々と頭を下げた。

起きた顔は柔軟であった。

また姿勢が凛として、襦袢の袖口に入り込む風の仕業で丸くたなびき、夫妻はまるで芸術品を見ているように思えた。

目は二人に労わりの感謝を称えていた。

夫妻は共に身長は低く、痩せていたが、対峙した人も夫妻と変わらず、痩せた身長が低い、老年の住職であった。

しかし、夫妻にはとてつもない大きな人として映った。

夫妻と住職は、この時が初対面である。


住職は夫妻に近づき、「朝早くからご苦労さまです」と言うと、また二人に手を合わせて深々と頭を下げた。

夫妻は俯いていた。

次に住職は墓前に一礼すると、短いお経を唱えた。

終わったあと、住職は墓前に対してひとこと言った。

「真理さん、今日は良かったね」

言い終わるや、手にした数珠を、その甲から外した。

そしてゆっくりと円形の数珠を、外側から掴み、上から下にサッと引き下げた。

山全体に響き渡る「ジャリッ!」という音が、力強く木霊した。

その音は凛としていた。

数珠から多くの雨露が飛び散った。

山に一瞬に浸透し、セミが恐れを抱いたように鳴り止んだ。

強く石に打ち付ける、雨音だけになった。

夫妻は別次元に誘われた感覚になった。

住職は山を凝視していた。

しばらく山は沈黙し、木霊の残音が過ぎ去るのを見て、セミの一匹の煌めきと共に、また山は鳴り響き出した。

住職はそれを確認すると、再度、手を合わせて深々と頭を下げた。

夫妻はその音の大きさにびっくりした。

しかし、なぜかその音で不安が消されたようでもあった。


住職は振り返って夫妻を見つめると、

「夏なのに少し寒いですね。さあ、お堂に入りましょう。お茶で温まって下さい。」

と夫妻を案内して行った。

夫妻も再度の墓参りを実現出来たことに、満足していた。


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