絆7
この言葉には、不動の決意の力があった。
赤ちゃんに、物語を語るようにして発せられた言葉は、あくまで静かで優しかった。本当の決意の溢れる言葉とは、アジテーションなどの罵声の真逆にあると真由美は思った。華奢な女の品のある声には、圧倒する説得力があった。
その時、女の腕に赤ちゃんの手がしがみついた。足をバタつかせて、天使の輪から「あう!あう!」と生まれて来た喜びがまた躍動しだした。
「あら!戻って来たのね!」
女は人工呼吸器を外し、
「すみません、ちょっと抱っこしていただけませんか?」
と赤ちゃんを真由美に差し出した。
「は、はい!」
と真由美は赤ちゃんを抱いて席に着いた。
両手を脇の下で支えて、ゆっくりと膝に座らせた。
赤ちゃんはずっしりと重かった。母親以外の人間に抱かれても泣く事はなく、「こんにちは。」と優しく語りかける真由美に対して、「あわ!あわ!」と笑いかけてくれる。嬉しさのあまり手足をばたつかせる。真由美の膝の上の天使は、紛れもない健康体であった。
真由美は久しぶりに触れる、乳飲み子の感触に懐かしさを感じた。
女は丁寧に人工呼吸器をバックに仕舞うと、あるものを代わりに取り出した。
長い棒の先に、崩れないように丸くアクリル板で保護されている物である。
棒の部分は色とりどりのテープが斜めに巻かれている。女はアクリル板を取った。
それは風車であった。
風車にも色の配置があった。
女の小さな口が、風車に近寄って「フー!」と優しい風を送った。
「シャリシャリー」という音が起こった。
赤ちゃんは敏感に音を察すると、身体をよじり、真由美はそれに応えるように、股の上に座り直させた。
女は風車の回転を速めて、赤ちゃんの前にかざす。
赤ちゃんは興奮して、身体を持ち上げ「あっあ!あっあ!」と真由美の股の上に、お尻を落とす。手を叩いては「あー!あー!」と天使の輪はバラの花弁の色となって形を変える。
女は慈愛を注ぎ、真由美も天使の躍動に愛子のリサをダブらせた。
風車に塗られた色は回り出すと、中心から外に向って青い波が弾き出るようにして廻っている。中心に力が凝縮されていて、エネルギーが外に弾き飛ばされているかに観える。
数回、風車を回した後、女はウェイトレスに頼んでカウンターでミルクを作った。
抱きかかえてミルクを頬張る天使の輪は、すぼませながら懸命に身体に命の源を送る。
真由美はこの子の元気な姿に隠れた宿命に、再度天を恨んだ。