あきら兄妹の旅・浄化1
工場長であった羽川の家まで、歩いて十分程の距離である。
あきらとあけみは無言で進んだ。
二人にはいやが上にも、五年前の記憶がよみがえって来た。
真横に、五年前の幻影達が、記憶の奥深くから飛び出して来て、ピッタリと付き添って歩いて来た。
鉢植えが二つ入った手提げ袋を、あきらはあけみから取って、
「寒くないか?」と表情を確認した。
「うんん、大丈夫、ありがとう。」
あけみは微笑みで返した。
二人には、何の後ろめたさなど無く、街中を歩ける幸せがあった。
二人は後ろを歩く、幻影達を見た。
それ達は、人目を避けて歩いていた。
背中を丸めたそれ達は、絶望の中で顔を合わす事すらなかった。
それ達の両手に持つものは、残った全財産が入ったカバンであった。
やがて、どれも一緒の創りをしたサイディング貼りの住宅街に入り、一番手前の家の表札を兄妹は確認した。
「羽川」と書かれていた。
門屏から松の小枝がはみ出している。
五年前の新築記念に送った松が、立派になっていた。
兄妹はお互いに頷き、意を決してチャイムを押した。
数回押しても誰も出てこなかった。
兄妹は安堵と残念さが入り混じった気持ちで、誰にも気付かれないように、門を開け玄関まで来ると、サボテンの鉢の入った手提げ袋をドアの前に置いた。
五年前の幻影達は、玄関の郵便入れから封筒を落とした。
ガサッという音と共に、札束が入った封筒は向こう側に落ちた。
幻影達は深々と頭を下げた。
あきらとあけみは目の前にいる幻影達の後をうけ、頭を下げた。
「五年前と一緒だな。」
あきらは独り言のように、ボソッと言った。
あけみは手提げ袋を凝視し、
「でも、あの時は絶望しかなかったけど、今は違うわ。」
あきらは深くうなずいた。
「そうだな、あの時死ななくてよかった。」あけみはあきらを見つめた。
急に涙があふれて来るのをこらえられなかった。
「花を捧げに行こう。」
「うん。」
二人は羽川の家をさり、しばらくして振り返って再度、頭を下げた。
二人は駅に向かった。
途中で花屋で、白い菊とカーネーションを買い、献花用に包んでもらった。
風が弱まっていたが、雨は少し大ぶりになっていた。
いつの間にか、幻影達は姿を消していた。