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ラセン  作者: 天咲賢治
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あきら兄妹の旅・頼みの綱3

あきらの誘導により、車は活気ある県道へ入って行った。

風が弱まり雨は小降りとなったが、道の所々では排水が間に合わずに湖となっていて、慣れない車たちがライトを照らして、朝のラッシュ並みに恐る恐る進んでいた。

大きな店舗が建ち並び、その間の向こう側には長く幅のあるビニールハウスが連なっている。

さらに次には、古い大きな家々が一つの街を形成したかと思うと、急にモダンな新築の固まりもあったりしていた。

平衡の秩序を持った大きな器が、不規則な新興の強引さを受け入れている、というような都市近郊のありふれた街であった。


「次の信号を右に曲がっていただけますか。」

あきらは恐縮しながら竹崎に言った。

「分かりました。」

竹崎は笑顔で応えた。


指定された信号の角には大きな書店があり、それを過ぎるとコンビニストアがあった。

皆に断わり、竹崎はコンビニに入ると、ビニール傘を数本買った。

はす向かいにファミリーレストランがあった。

「皆さん、お茶にしましょう。」

竹崎は皆を促した。


店内は平日の昼過ぎを超えた時間であるにもかかわらず、繁盛していた。

一様に外を眺めている。

初老の夫婦、幼稚園帰りの母と子などが水溜まりの雨量を測り、出て行く頃合いを見計らっているようだった。

パフェを椅子に立膝を抱えて食べている子供たち。それを目を細めて見守る老人たち。

微笑ましい会話が聞こえそうなのを、心地よいビージーエムがかき消していた。


奥の窓ぎわのテーブルに腰掛ける時、あけみは大事そうに、手提げ袋を膝に抱えて座った。

猛暑が続いていた最中の暴風雨が、長袖でもいいくらいの温度を呈していた。

皆温かい飲み物を注文した。


「会長、お礼を言いたい人の家は、ここから歩いて十分位の所です。」

あきらは竹崎に言い、あけみは皆に目線で了解を取った。

皆も頭を下げ、目で了解した。

「その羽川さんという工場長さんですね。」

道中、聞いた名前を竹崎は口にした。

「はい、彼は最後まで、僕たちに付き合ってくれました。

いや、付き合わせてしまった、というのが事実です。

銀行から融資が断られた時に、僕は気が狂う一歩手前まで行きました。

手作業で新製品を作り出したんです。

誰が考えても追いつく訳がない…」

あきらは笑顔で語った後、下を向き、膝の上で手のひらを握りしめた。

「その時も彼だけが手伝ってくれたんです。

その時、彼は大怪我をしました。

万力で金属を挟んで溝を掘っていた時に、金属元が外れて頬をかすめ、15針も縫ってしまいました。

今でも傷は残っているはずです。」

「私は工場長の奥さんから、励まされました。」

あきらに続いてあけみが、膝に乗っている紙袋を大事そうに、抱えるようにして言った。

「私は会社では専務で役員でした。」

あけみは皆を笑顔で見つめて言った。

「私も兄と一緒で、とばっちりが来る前に捨てられました。」

皆、窓の外に目を向け、水溜りに出来る雨の輪の波動を見つめた。

波動は完全な円を描く前に、次から来るもの達から崩されて行った。


あきらとあけみは見つめ合い、大きくうなずいた。

そして作業帽を深々とかぶり、深呼吸をした。

そして、

「会長、行っできます。」

と、目に決断が宿る確かな輝きに光りながら言った。


「分かりました。」

と竹崎は言うと、立ち上がりビニール傘を手渡した。

「会長、ありがとうございます。」

あきらは手を差し出した。

あけみは深々と頭を下げた。

竹崎は力強くあきらの手を握り返し、肩をゆっくりと叩いた。

「行ってらっしゃい!」

それは気を込めた大きな声であった。


突然の大きな声に、近くの席の人たちの会話が途絶えた。

深呼吸を促す竹崎の次の大きな声と笑い声に殺気が全くないことに気付くと、周りは安堵して会話に戻った。


竹崎から出された積極を促す気が、あきらとあけみの体内に再生されて染み渡って行った。


兄妹は五年前も二人で歩いた道を進んで行った。

今、兄妹が手にしているものは、昨日社員寮で書いた非礼の手紙と、感謝の録音を収めたサボテンの鉢である。

五年前に手にしていたものは、生命保険から捻出した工場長への退職金と、大きなカバンであった。

そしてその日は、兄妹がこの地を去った最後の日であった。

もう二度とこの道を歩く事は無いと思った道を、二人は皆から見守られ、寄り添うように進んで行った。









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