祐一へ入った夢
その夜、佑一は不思議な夢を見た。
仕事の疲れとワインの酔いから、熟睡しているのだが、夢が向こうから強引に入りこんだ。
入り込んだ夢は「神」が与える「救いの身業」である。
内容は佑一には覚えさせず、前世で犯した罪の「心理的感情」だけを残させ、そこから、再生させた現世で、救いの行動を起こさせる「神」が与える償いの業である。
神が人間に持たせた「潜在意識」に働きかける業である。
佑一は冬であるのに、汗を流しながら目覚めた。
「この悲しさはなんなんだ。」
虚脱感で目覚めた。
男は木々の間から、ある家族を観察していた。
男は、その日の早朝に、馬に乗った家族の主が山を越えたのを確認していた。
山越えは、帰って来るのに半日はかかる。
一時の時が流れ、主の妻が髪を束ね、川で夫の服を洗いだした。
名前はアンナと言った。
この国のこの地方の人々の服は、一重の襦袢のような衣を、腰に紐で結んだだけの出で立ちであった。
男とこの家の主は兄弟である。
男は長男で、早くに他界した両親の財産を、ほとんど受け継いだ。
この男の名はルドルフといった。
働かなくてもいい程の、財産の相続であった。
ルドルフは独り身であった。
さて弟の方であるが、親から受け継いだ唯一の財産は、町外れのこの土地だけであった。
しかし、堅実な弟は結婚し、妻と二人、質素に生活していた。
子供はいなかった。
弟の名はセバスチャンといった。
貧乏であるのに、兄に頼って来ない弟。
兄はそれが気にくわなかった。
「何かあるはずだ!」
兄は、その為にほとんど毎日、弟家族の不思議を探るべく、観察していた。
しかし、そこには何の特別はなく、平穏に過ぎる日常だけがあった。
それを見続けて行くうち、男は徐々に、嫉妬の念に駆られて行った。
嫉妬という悪魔が正当な視界を困惑させつつあった。
そして、とうとうその日、
「羨ましいだろう」
と誰かが、兄の心に囁いた。
うなずいた瞬間、悪魔が兄に入った。
兄は女の前に行くと言った。
「あなたの家で弟を待ちたいのだが。」
女は微笑んだ。
「親愛なるお兄様
さあ、どうぞ。」
女は自分の家に兄を迎えた。
女の本心は、夫を軽蔑していた。
「私は貧しい生活はいやです。
せめてお兄さんみたいなお金持ちの妻になりたい」
そう思っていた。
若くて美しい女の自由を、夫が奪っていると思っていた。
そこに゛独り身゛で裕福な兄が来たのだ。
男の首には、金のネックレスが光っていた。
女にも、平穏の中に潜む、惰性の油断という業が入り込んだ。
女は胸の前の服を少しはだけて見せた。
兄が動揺したのを、女は見逃さなかった。
女がわざと見せる、かがんだ胸の膨らみ。
そこから上目遣いに見せる誘惑の瞳。
女は一瞬、きらびやかな宝石を纏った自分の姿を想像した。
全てが入ってきたものの策略が進んで行った。
食べ物が女によって運ばれた。
「弟は毎日、この女を抱いている
お前は兄
あの女はお前を待っている。」
男は女を押し倒した・・
女は抵抗するふりをした。
男は女のばたつかす腕、脚を全身で受け止め、制止させた。
唇で女の露出している肌を舐めまわした。
女は感じ始めた。
憧れの男の胸は厚かった。
抵抗が徐々に弱ってきた。
女は裸にされた。
二人に入りこんだもの達は、笑っていた。
女はその男に身を任せた。
二人は互いの身体を貪りあった。
行為は絶頂に達した。
そこに弟が帰って来た。
星座がきらめく夜空であった。
弟はそれらを眺めながら、家路を急いでいた。
家の近くまでくると、呻き声が聞こえる。
徐々に近付くことに、それが鮮明に耳に入る。
その声に合わせるように、木が揺れてゴトンゴトンとリズミカルに歩調している。
弟は、まさかそこに、自分の信ずべき者達の、不貞が織り成されているとは、夢にも思わなかった。
弟は、飼っていた牛の出産だと思った。
扉を開けた。
弟の落胆は、言葉にならない。
神も弟の人生を哀れんだ。
行為は遮断され、女は泣いた。
男は、その震えながら立ちすくむ弟に笑いかけた。
二人の間に沈黙があった。
信じていた者が、裏切りに走った現実に、弟は正気を無くした。
その後に弟は激情のまま、無意識に、包丁で兄を刺した。
一刀で血が脇腹から溢れだし、下にいた女に垂れ流された。
女は恐怖で上に乗っていた男を跳ね除けようとばたつかせたが、男は女を抱き締め、放そうとはしなかった。
血が跳ね退ける力を滑らせ、男の脇腹には、女の手跡が幾線も赤く書き込まれた。
呻きと叫びが家の中、また家の周りの草原に木霊した。
弟は三回、男を刺して外に出た。
初冬のきらめく星座の下で、弟は全身に返り血を浴びた姿で、その場に崩れ落ちた。
全てが終わった。
オリオンが極めて輝いていた。
幸せから絶望へ。
悟った瞬間、刃を自らの腹へ、一刀に突き刺した。
弟は、神を罵倒して息絶えた。
その時に祐一はハッと目覚めた。
しかし夢の内容は隠されていたため覚えていない。
恐怖心と虚脱の気持ちで目覚めたのだ。