誠に入った夢
その夜、誠に記憶に残らない夢が入った。
夢の主は、ベッドに横たわっていた。
口に酸素吸入機が付けられていた。
口に入る空気は、冷たい水分を多く含んでいた。
回りには沢山の機具があり、それぞれが甲高いセンサー音を響かせていた。
夢の主は、横に少年が立っているのを見つけた。
その少年は、泣きじゃくっていた。
黄色い帽子を被り、幼稚園の制服を着ていて、胸に「井上祐一」と書かれた名札をしていた。
涙がポタポタと、黄色いバッグに落ちていた。
(あっ、お兄ちゃんだ。
僕はなぜ、起き上がれないの?
今すぐにでも、お兄ちゃんと遊びたいのに!)
と思った瞬間、夢の主は、
その現場を斜め上の空間から見ていた。
センサー音も、急に足の下に移動した。
横にいたお兄ちゃんも、下に行ってしまった。
しかしすぐに、夢の主は、魂が横たわった肉体から飛び出して、宙に浮いている事を理解した。
お兄ちゃんの後ろで、抱き合うパパとママが見えた。
二人とも泣いていて、パパがママを抱きしめている。
(パパ、ママ、お兄ちゃん!僕はここにいるよ!)
と夢の主が宙から叫んだが、聞こえていないようだ。
すると白衣を来た男が入って来て、さっきまでの夢の主を、じっくりと触っていった。
しばらくして、ゆっくりと、口に嵌められた酸素吸入機を外した。
そして手を合わせて、頭を下げると、部屋から出て行った。
高みから見ていた、夢の主は、何度も何度も家族に叫んだ。
突然、目を開けていられないほどの、眩しい光りの世界が現れた。
その光りは、総ての空間を支配した。
夢の主の回りも、光りの世界に覆われた。
すると、先ほどまで下に見えていたものが、幻影のように消えようとしていた。
夢の主は、パパ、ママ、お兄ちゃんが、段々と平面の写真のようになって、小さくなり、そしてとうとう、点の中に吸い込まれて行ったのを、悲しく確認した。
光りの源は、二本の木であった。
その輝く木の前に、一人の真っ白な一重の服を着た男が、ひざまづいていた。
その男も、少しばかりの光りを放っていた。
夢の主は、男のすぐ後ろにいた。
「サンチェス、あなたの魂を向上させます。
あなたには、蘇生した後、また数多くの苦難が待ってます。」
と輝く木が言った。
すると輝く木、サンチェスと呼ばれた男、夢の主を、覆う透明な球体の輪が出来た。
それからその輪の外で、黒色、灰色、白色の無数の玉が現れ、透明な球体の輪にぶつかって、割れて行った。
中から、人間の型をした裸体者が現れた。
決して透明な球体の輪は、それらの侵入を許さなかった。
裸体者達は、男でもなく、女でもなかった。
多くの球が現れ続け、花火のように、輪に衝突し弾け、あっという間に裸体者達が、ウジ虫のように沸き上がっていった。
裸体達は、無言であった。
いつの間にか、裸体達が、輪を囲ってしまった。
二重にも、三重にもなってあふれた。
サンチェスと呼ばれた男は言った。
「ありがとうございます。」
輝く木が言った。
「苦難の後、私はあなたに、多くの人を救う指命を与えます。
サンチェス、見てみなさい。
輪の外には、あなたに救われたい魂たちが、溢れています。
行きなさい。
行って魂を救い、勇気を与えなさい。」
と言うと、二つの木は一体となり、輝きを増した。
「ありがとうございます。」
とサンチェスは言うと、振り向いて、夢の主に向かい、歩き出した。
ゆっくりと、穏やかな眼差しとともに歩いて来た。
大きく手を広げ、夢の主を抱きしめようとした。
男が、夢の主の中に入った。
夢はそこで終わった。
誠は味わった事のない充足感に満ち、目覚めた。