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ラセン  作者: 天咲賢治
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手紙、一

その夜、誠は都心近くの下町の安いビジネスホテルに宿を取った。


部屋は和室になっており、入ると四畳半の畳みの真ん中に、布団がすでに敷かれてあった。


誠は全裸になった。


毛布を剥ぎ取り、身体に巻き付けてみた。


「しばらくは、この感触ともサヨナラだな。」


慈しむように、頬で感触を確かめた。


日に干された、陽光の残り香の臭いがした。


それは、生まれた時から嗅ぎつづけた臭いであり、どの人生のステージに於いても、自然から与えられ続けた温もりであった。


「当たり前の中に入っている、自然からの贈り物。」


切羽詰まらなければ分からない、自然かの賜物。


誠は思った。


死ぬ前に嗅ぎたい臭いは?

と聞かれたら、なんの躊躇もなく


「日に干された布団の臭い。」


と答えるだろうと。

確信した。


誠は竹崎から渡された、お客からの手紙のコピーを、鞄から取り出した。


最初は布団の臭いと共に、布団の中に包まって読んでいた。


しかし、一通目の後半からは、知らないうちに正座をしていた。


剥き出しになったモモの上に、大量の涙が流れ、モモを伝って敷布に流れて行った。


時は静かに過ぎ、誠の啜り泣きを、深夜の凛とした空気が、吸収して行った。


宿の外では酔っ払い達が騒いでいた。





手紙・一


突然のお便り、失礼致します。


私は先日、夫をガンで亡くしたものです。


私が二十歳の時、二つ上の夫と結婚をして、そろそろ金婚式(五十年目)を迎える前の、夫の他界でした。


夫は無口でした。


これといって何も取り柄もなく、定年を迎えた後も、嘱託として長年仕事一筋に頑張った人でした。


そんな矢先、夫はガンに侵されました。


苦しい闘病生活のそんな中、去年の私の誕生日に、夫から小さな、盆栽の鉢をプレゼントされました。


「これ!」


と言っていつも渡されるプレゼントですが、毎年楽しみな行事でした。


そしてこの鉢植えが、夫からの最後のプレゼントになってしまいました。


その時には、ガンは末期でした。


三ヶ月後、夫は息を引き取りました。



最後は苦しみを伴っていましたので、その喘ぎ声のうちに他界しました。


最後の言葉は、聞き取れませんでした。


夫を失ってからの生活は、あの人の笑顔や仕種を回顧しながの日々。


私も早く向こうに行きたいという気持ちでいっぱいでした。


そんな寂しい日々を送っていたある日。


あの奇跡の日を、私は向かえました。


私に生きる希望を与えてくれた日。


それは、生きていれば、金婚式の当日でした。


朝食を済ませて、一人でお茶を飲んでいました。


午前八時でした。


いつも夫が出勤する時間でした。


そうしますと、突然リビングの窓辺の方から、夫の声が聞こえて来たんです。


窓辺には生前、夫からプレゼントされた盆栽の鉢植えしか置いてませんでした。


夫は私の名前を呼びながら、


「○○子、今までありがとう。」


と繰り返しているんです。


驚いて鉢を見ますと、横の膨らんだ所の先端が開いていて、中に封筒が入っているではないですか!


その封筒を取り出すと、録音は止みました。


恐る恐る、また封筒を戻すと、懐かしい夫の声がまた再生されました。


私は咄嗟に、


「あなた!」

と叫び、涙が溢れました。


夫が、最後に伝えた言葉だったと理解出来ました。


さらに、封書を見ますと、私の名前が書いてありました。



裏には夫の名前が書いてありました。


私は涙で濡れた手でハサミを使い、綺麗に封筒を切って、中を開けました。


中には夫が生前書いた手紙が入ってました。


こう書いてありました。


それもあの人の字で。


「○○子、金婚式ありがとう。


そして、今までありがとう。」


夫らしい短い文章でした。


タケザキ様


この度は、このような素敵なプレゼントをありがとうございました。


寂しくなったら今では、あの人の声をいつでも聞けます。


あまりにうれしく、どうしてもお礼の一言を申し上げたく、一筆したためました。


これからもどうか、皆様へ夢をお与え続けますこと、

お祈り申し上げましてお礼とさせていただきます。


−札幌市より−



誠は次の封筒を開いた。



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