第一章・セバスチャン
そこは、罪を犯して死んだ霊魂たちの、償いの場所であった。
その場所には、多くの霊魂たちがあった。
その霊魂たちは人間の型をしていたが、男でも無く、女でも無かった。
霊魂たちは、個々に与えられた、黒い球の中にいて、孤独であった。
その球は、光が完全に遮断された、ゴムのような膜であった。
霊魂たちがどのようにあがいても、出ることは出来なかった。
球は、魂たちの、怨念の深さに応じて、廻り続けていた。
ゆっくりと廻る球もあれば、破裂しそうに廻る球もあった。
霊魂たちはその速度に応じて、歩き、また走らなければならなかった。
その球は大きくなく、直径が等身大であった。
霊魂たちは圧迫の恐怖にもいた。
聞こえるものは、外の球の呻きの声だけであった。
それらが球の中で、自分の呻きと共に、共鳴していた。
外の呻きも、決して休息する事はなかった。
球の回転に追いつけずに、足を取られ、バランスを崩して転がる霊魂たちがあった。
転がると突然球体は、内側に鋭いの刃を突起させた。
霊魂たちを立たせるためだ。
地面に横たわる事すら、許されなかった。
その刃の数も、怨みの数に比例していた。
霊魂たちはその度、強烈な痛みを受ける。
鈍い音を発てて、霊魂体に、強烈に突き刺さる。
臭うものは、霊魂に突き刺さる、刃の摩擦の焦げた臭いだけであった。
さらに、玉の中の気温は、灼熱と極寒が交互にやって来た。
地獄とは”永遠に救われない”と思う認識の中にあった。
そのような玉が、その場所には数えきれないほどあった。
常に新しい玉が、川底ヘ沈んで行くクラゲのように重なりあって行った。
それは一つのもの、また二つにくっついたもの、などがあった。
苦しみだけに集中させられる世界。
そこは神が完全に見捨てた、爬虫類の卵のように、薄暗い平面に置き捨てられた世界であった。
幾年分の時が流れただろうか、その中の一つの球に、変化が起った。
ここにある霊魂達は、球に入ったとたんに前世の記憶は無くなる。
しかし、その球の一つの霊魂に、前世の記憶が、突然沸き起こった。
「ごめんなさい」
と霊魂体が叫んだ瞬間、球が真っ二つに割れ、光が溢れる世界が現れた。
その光り輝く世界には、二本の木が、並んで立っていた。
輝きの源はその木であった。
現れた空間は、平面が無く、木も霊魂も宙に浮いていた。
木が放つ光は、下にも上にも、前にも後ろにも四方を輝かせていた。
その木の大きさは計り知れなかった。
四方に伸びた枝々は、放つ光の眩しさで、どこまで伸びているのか、分からなかった。
その幹は、常に伸び続けていた。
霊魂は、その輝く木の前に平伏した。
その霊魂はなぜ、自分があの玉の中に入ったのか、地上界で犯した罪の記憶が完全に蘇った。
「セバスチャン」
輝く木が語った。
「私は命の木であり、善悪を知る木です。
またアルファであり、オメガでもあります。」
セバスチャンと呼ばれた霊体はその時、地上界を去って直ぐに、この輝く木と対面した事を思い出した。
その時に言われた言葉を思い出した。
「罪深い霊魂よ、
あなたを私の国に、迎える事は出来ません。
あなたの魂に相応しい世界に、行きなさい。
再生は、今は許されません。」
と言われたのを、思い出した。
再度対面した今、霊魂は、輝く木の前で懺悔した。
「木よ、おゆるしください。」
輝く木は、霊魂に言った
「再度の試練です。
あなたの未来から、私に言葉が届きました。
その言葉とは、あなたの来世が、私に「許しの言葉」を叫びました。
ゆえにあなたの球を私は、今割きました。」
(その霊魂はずっと球の中にいて、なぜ未来から声がしたかは、その英知を解明出来る人間はいない。)
霊魂は感慨に答えた。
「ご慈悲ありがとうございます。」
輝く木は、さらに続けた。
「あなたは、前の世で、二つの過ちがあります。
一つは、人間を殺したこと。
もう一つは、天命に背き、あなた自ら、命を絶ったこと 。
浄化するためには・・」
輝く木は、セバスチャンに全てを語った。
そして輝く木は、最後に語った。
「セバスチャンよ、行きなさい。
次の世で、罪を浄化するのです。」
というとセバスチャンは、この会話の記憶を奪われた。
セバスチャンはその場に倒れて深い眠りについた。
輝く木が与えた救いの場に、セバスチャンは旅発った。
次元を幾つも超えて、新たな救いの人生が始まった。
人間には、到底理解しえない「神の許しの身業」がここに現れた。
輝く木はセバスチャンの再生のため、その霊魂を再び地上に蘇生させた。
セバスチャンの生まれ変わりである「井上佑一」は、もちろん前世の記憶などなく、完全に人間として生きていた。
輝く木は、彼を蘇生させ、再び自由を与えた。
自由を獲得出来たセバスチャンは、また何をしてもいい権利を獲得した。
前世の時のように人を殺し、自らの命を絶つ事も自由である。
セバスチャンは自由を獲た替わりに、輝く木は、口出しする事も無くなった。
「神の沈黙」
という地上界の摂理がセバスチャンに入った。