1話 転移
視界が真っ赤に染まった瞬間
脳裏に響いたのは観客の熱狂的なコールでも僕が心血を注いで書き上げた新曲の旋律でもなかった
――グシャリ
湿った生木を叩き折ったような不快な音が俺の内側から響いた
地下鉄のホーム
滑り込んできた電車の凄まじい風圧
身体が浮き上がり鉄の塊に激突する直前
俺を突き飛ばした彼女の顔が見えた
「ごめんねアサヒ あなたの曲は死んだ方が価値が出るから」
数分前まで僕の肩を叩いてこれからも最高の曲を書いてねと囁いていた口が
今は三日月のように歪んでいる
如月アサヒを殺したのは俺が命を削ってプロデュースし日本の頂点へと押し上げた最推しの歌姫ルナだった
暗転
意識は急速に冷え切った宇宙へと溶けていく
最後に感じたのはアスファルトの冷たさと裏切りの虚しさだけの
……はずだった
「……湊くん? あ違う朔くん! 起きなさい現場に遅れるわよ!」
耳元で響く怒鳴り声に僕は跳ねるように飛び起きた
目の前に広がるのは見覚えのない安アパートの汚い天井
そして鏡の中に映っていたのはかつての僕とは似ても似つかない鋭い眼光を持つ十九歳の少年だった
名前は神代朔
芸能界の底辺を這いずる弱小事務所スターダストリンクの見習いマネージャー
それが僕の新しい人生だった
カレンダーに目をやる
僕が死んでから三年の月日が流れていた
スマホで如月アサヒと検索すると即座にあの女の顔が出てきた
『歌姫ルナ 亡き天才作曲家如月アサヒの追悼公演を開催 チケットは即完売』
記事には悲劇のヒロインを演じきり瞳を潤ませるルナの写真が躍っている
彼女は僕を殺して手に入れた未発表曲と神格化された僕の死を燃料にして国民的スターの座に君臨していたのだ
喉の奥からドロりとした熱い塊がせり上がってくる
怒り? 憎しみ? そんな綺麗な言葉じゃない
あいつは俺の音楽を汚した
俺が音楽に込めた祈りをあいつは金と名声のための道具に成り下がらせた
それが何よりも許せなかった
「朔くん聞いてるの!? 今日はルナさんのドーム公演のヘルプなんだから! 粗相があったらうちの事務所ごと消されるのよ!」
先輩マネージャーの叫び声に僕は分かっていますと短く答えた
鏡の中の神代朔が冷酷な笑みを浮かべる
いいだろう
神様がこの身体をくれたというのなら僕は喜んで悪魔の調律師になろう
あいつが一番愛している虚飾のステージの上であいつが一番信じている自分の才能を木っ端微塵に粉砕してやる
復讐劇の幕は今上がったばかりだ
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