(5)一馬の縁談
「一馬殿、夕餉のしたくができましたぞ」
一馬は自室で正座し、黙想していたが、母のみつが自分を呼んだので、目を開けた。
(思い切ってやるぞ。いや、やはりまずいか……)
先刻から考えが逡巡して決心がつかず、苦慮している。
「一馬殿、どうなされましたか?」
「……はい、ただいま」
ようやく一馬は立ち上がり、居間へ向かった。
「お体の具合でも悪いのですか?」
みつが心配して一馬に言った。
「いえ、別に。ちょっと書き物をしていましたので」
「そうですか。それならばよいのですが」
お膳は三つ。一馬と、みつ、それに一馬の二つ下の弟、正二郎の分である。
「ほう、小鮎ですか」
「甘露煮にしました。一馬殿の好物ゆえに、腕をふるいました」
「いただきます」
一馬は、お椀にこんもりと盛られた飯の上に小鮎の甘露煮をのせて、ご飯ごとかき込んだ。
「兄上、何もそのように慌てずともよいでしょうに」
正二郎はみつと顔を見合わせて苦笑した。
「このようなごちそうを前にして、おぬしのように冷静でおられるか。わしはおぬしと違って、武骨者だからな」
「いくら好物だからって、逃げるわけではなし、もっとゆっくり召し上がりなさいませ。甘露煮はたんとつくりましたから」
「分かりました。確かにちとせわしないですな」
そう言うと、一馬は箸を動かす速さをゆるめた。
一馬の父、修吾は、三年前に病で亡くなった。一馬は家督を継ぎ、坂部家の当主となったが、まだ書生っぽさが抜けず、自他ともに当主としてはやや頼りなく見られていた。
「一馬殿もそろそろ嫁を迎える年頃です。先程、組頭の上田様が、生前の父上と同役の中井一忠様のご息女はいかがかと縁談をお持ちになられました。私はご息女を何度かお見かけしたことがありますが、特に異存はございません。一馬殿はいかがですか?」
(中井殿のご息女か)
みわというその娘を、一馬は見たことがある。ごく普通の下級武士の息女であり、一馬としては可もなく不可もなく、というのが正直な感想であった。
「そう言われましても、なにぶん唐突なお話ですので、即答できかねますが」
「もちろん、今すぐに決めよとは申しません。ただ、上田様からのお話ですから、むげには扱えません。きちんとした結論をもって返答する必要があります」
「それは分かっておりますが、相手側の意向も聞かなければなりませんぞ。中井殿はこの縁談を進めたがっておられるのでしょうか?」
「上田様が言われるには、ぜひにとのことらしいです。ご息女も、剣術に秀でた一馬殿のことを気に入っておられるとのことです」
「はあ……」
(あの娘はわしのことを知っているのか)
悪い気はしない。剣術道場での稽古か、試合のときにでも見られたのだろう、と一馬は思った。
「一度もお会いせずに決めるのもなかなか難しいかと思いますので、明日以降、機会をうかがってこっそりとご息女を見てきたらどうですか? 露骨に会いに行くのは失礼にあたりますから」
「分かりました。しばしの猶予を下さい」
以前みわを見たことはあるが、そのことには触れずに一馬はそう言うと、再びお碗を手に取って、小鮎の甘露煮で飯をかき込んだ。
「兄上、また箸の動きが速うございますが」
「分かっておる」
正二郎の指摘を聞き流して、一馬はせわしく箸を動かし続けた。




