(4)近江聖人と「知行合一」
「坂部殿は良い体躯を持っておるのう。武芸をたしなんでいるように見受けられるが?」
座敷牢の格子越しに、重蔵が坂部一馬に言った。重蔵は風邪から快復し、坐禅と書見の日常を取り戻していた。
「拙者、学問の方はからっきしですが、剣術にはいささかの覚えがございます」
「結構なことだ。人間、何かしら一芸を磨き育てることで、ようやく心胆を練り上げることができるというものだ」
「近藤先生は学問にも武芸にも深く通じておられ、ただただ驚嘆しております。拙者はせめて先生の爪の垢でも煎じて見習いたいと思っております」
「わしのような幽囚人を見習ってもらちはない。大溝藩内には、かつて近江聖人と言われた中江藤樹殿がおわしたと聞いている。聖人を見習うことだ」
「しかし、拙者には藤樹聖人の著書はむずかしくて、なかなか読むことができません」
「本など読まなくてもよい。その根本精神を見習えばいいのだ。聖人は陽明学を本邦へ広め、知行合一を説かれた。それを自分の中で体内化させるよう修練するのがよかろう」
「知行合一、ですか?」
一馬には分からない。
「知と行動は同じものである、ということ。加えて言えば、行動を伴わない知は用をなさない、という意味だ」
一馬の隣りにいた横田秋蔵が補足した。一馬も秋蔵も、重蔵の獄舎付きの定番士を勤めていて、この日は二人が勤番日であった。
「ほう、横田殿は存じておるのか」
「はい、拙者は藤樹聖人の著作をほぼ読んでおりますゆえ」
「それは立派なものだ」
「横田秋蔵は、陽明学の徒でございます」
一馬が重蔵に言った。
「公儀は陽明学を危険な学問であるとみている。何をしでかすか分からない不気味さがあると感じているようだ。だから、あまり大っぴらに陽明学徒であることを吹聴しない方がよいぞ」
「はっ、お言葉、十分に心得ました」
「ただ、陽明学は危険な学問ではない。実際、中江藤樹殿は聖人と言われるぐらいに居住まいが涼やかで人徳があり、その謦咳に接した者は終生にわたり行いを正したと聞いている。行動せずに空論ばかりの輩にはちと都合が悪い学問ではあるがな」
重蔵はそう言って、ははと笑った。
(知行合一か……いい言葉だ)
一馬は、陽明学については聞きかじりの概略程度の知識しかなかった。僚友の秋蔵が陽明学徒であることは以前から知っていたが、一馬では秋蔵の相手にはならないためか、突っ込んだ話をこれまでしたことがなかった。そのため、知行合一という言葉をこのたび初めて知り、陽明学の深奥に触れた気がした。
(これまでもやっとしていて、向かうべき場所を見い出せずにいたが、これで迷いが晴れた気がする。自分が目指すべき境地はこれかもしれない)
一馬は頭の中で、知行合一という言葉を何度も復唱した。
「わしが大坂御弓奉行として上方へ赴任していた折、大坂東町奉行所の与力で、大塩平八郎殿という御仁がおられた。大塩殿も陽明学徒であった」
「ああ、大塩殿のことなら拙者もかねがね噂は存じ上げております」
秋蔵が言った。
「そうであるか。大塩殿は近江聖人のことをとても尊崇していてな、いずれ大溝の聖人の旧跡を訪ねたいと言っておられた」
「さようですか。大塩殿が当藩にお越しになられたら、ぜひ拙者がご案内役を仕りたいと思います」
(当世は朱子学以外の学問は異学とみなされ、とりわけ陽明学は風当たりが強い。他郷の同学の士と交わる機会が少ないゆえ、大塩殿の来藩が楽しみだ)
秋蔵はそう思ったが、大塩平八郎は現職の大坂奉行所与力であるため、めったなことで大坂を離れることはできない。そのため、実際に平八郎が大溝藩領を訪れることができるのは、奉行所与力の職を辞してからになるであろうから、何年も先のことになる。楽しみにするにはちと気の長い話であることに気づき、覚えず苦笑した。
「わしもまた大塩殿に会ってみたいが……」
(口がすべった)
重蔵は口をつぐんだ。幽閉の身では、外部の人間と接触できる道理がない。言わずもがなのことを若い定番士二人の前で漏らしてしまったことを後悔した。
「でもそれは、まだだいぶ先の話でございましょう。大塩殿にはお勤めがありますゆえ、当藩を訪れるのは職を辞してからになりましょうに」
秋蔵は、重蔵がふと悲しそうな表情になったことに気づいていた。




