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なんでもやるときはやる。
やらないときはやらないがモットーの友美。
私の不安を駆り立てる理由を探るべく協力してくれることになるや否や、私と彼のスケジュールを徹底的に洗い出してから、私のそれに早速余白をつくりだしてくれ、彼にうまくかぶせたのだ。
ちなみに彼のスケジュールの詳細はハロルドさんから入手したらしい。
友美にかかればあのハロルドさんもどうということはないのかもしれない。
友美恐ろしい子。
そもそも私の世話役への再就職も、もしかしたら友美が彼に仕掛けて勝ち得たものかもしれない。
そう思えてしまうほど、彼女の仕事ぶりは私の想像以上に徹底していた。
通常、皇帝のスケジュールは、二年以上も前から打診されて一年前にはその細部まで確定しているものであって、そう簡単に動かせるものではない。
無論、私のスケジュールもそこまでではないものの、結婚以降は細かに決められていて自由に動くことなんてまず不可能。
でも、友美はその不可能を可能にしてみせたのだ。
その日、私は福祉施設主催のチャリティーコンサートの視察で郊外へ出かけることになっていて、彼は宮殿で大臣たちを集めて会合を開くことになっていた。
郊外に出向くだけあって、移動時間は多めに確保してあったらしく、休憩時間を細かく削りに削ってなんとか全ての予定を三十分前倒しに調整し直してくれた。
たった三十分? と思うかもしれないけれど、されど三十分。
この三十分の自由時間を生み出すことがどれだけ難しいことか。
何せあらかじめ決められたスケジュールを元にほうほうに連絡を入れて許可をとりつけなければならないのだから。
しかも、それなりの理由なしでの説得は難しいはず。
しかし、友美はあのブラックな会社の部長づきの秘書をしていただけあって、その経験をフルに活かして秘密裏に時間をつくりだしてくれた。
三十分全ての予定を前倒しして宮殿に戻ってきて陛下の様子を窺う。
それが、彼女の立てたプランだった。
どうもこの会合というのが彼女の見立てだと「匂う」らしい。
何がどう匂うのかまでは分からないけれど……要は表向きは「会合」となっているけれどその実は別な予定を入れているのでは?
と、疑わしいとのこと。
友美、もしかしたら再就職先を間違ったんじゃないだろうか?
諜報機関とかのほうがその能力をフルに活かせるのでは?
そう思えてならないけれど、きっと私のことを考えて敢えて世話役の道を選んでくれたのだろう……そう信じたい。
彼女のことだからその本意の底は知れないけれど……。
そして、計画実行当日、私と友美の姿は使用人専用の小部屋にあった。
宮殿全体には使用人専用の通路や部屋が張り巡らされていて、ここかしこに隠し扉が存在している。
それを使って入口の警備にあたってくれているSPの目を盗み、部屋を抜け出したのだ。
もちろん、メイド服に着替えて目立たないように、という徹底ぶりで、彼女は「会合」がおこなわれる部屋を窺える小部屋へと難なくたどり着いた。
テロを警戒しているだけあって厳重な警備が敷かれているにもかかわらず。
「和、覚悟はいい?」
「……うん……大丈夫」
珍しく心配そうに尋ねてきた友美に、私は青ざめながらも頷いてみせる。
「ここから中を窺えるから」
「分かった……」
嫌な予感と彼への後ろめたさに心臓がぎこちない音をたてている。
今ならまだ引き返すことができる。
きっと敢えて知らないほうがいいことだって、世の中にはたくさんあるはず。
でも、ここまで来てしまったらもう今更退けるはずもなく、私は友美が教えてくれた隠し扉の隙間からそっと部屋の中を窺った。
どうか全てが杞憂で済みますようにと願いながら。
同時にそれを疑いながら。
果たして、部屋の中に彼の姿があった。
窓辺に立ち、物憂げに外を眺めている姿を目にした瞬間、胸が詰まる。
彼を疑いたくなんてない。
本当は無条件に信じていたいのに。
一体自分は何をしているんだろうと、罪悪感に押しつぶされそうになる。
やっぱりこれ以上はやめておいたほうがいい。
ほんの少しだけ彼の様子を窺うことができればきっと不安は拭えるはずだと思ってはいたけれど、それがまさかこんなにも後ろめたい行為だとは思いもよらなかった。
友美には悪いけれど……これ以上はとても耐えられそうにない。
そう思って隠し扉から離れようとしたそのときだった。
不意にドアがノックされて後ろ髪をひかれる。
「皇帝陛下、お招きにあずかり光栄ですわ」
艶やかな声を耳にした瞬間、その場に固まってしまう。
(誰!?
どういうこと?
会合……のはずじゃ!?
嫌な予感に胸を鷲掴みにされ、今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい衝動を必死にこらえて、声の主を確かめるべく目を凝らす。
すると、緩やかにウェーブかかったブロンドが目を引く美女が真っ赤なワンピーススーツという華やかないでたちで部屋の中に入ってきた。
(あれは……確かパリスの……ノア公爵の奥様!?)
女優だけあって、その圧倒的な存在感を忘れるはずもない。
パリス国での晩餐会で陛下の隣だった人。
でも、一体なぜ彼女がここに!?
理解が追い付かない。
「一度ゆっくり話をしてみたいと思ってお招きしました。
ノア公爵夫人」
「まあ、わたくしのほうこそ、願ってもないことですわ」
彼が恭しく彼女のしなやかな手をとると、その甲に口づけた。
ノア公爵夫人は優雅に会釈をすると、彼に促されてソファへと腰かける。
二人とも長身の美男美女で、こんな些細な行動一つとってみても絵になる。
私とは違って……。
とても正視できず、慌てて二人から目を逸らしてしまう。
黒々とした思いが胸を覆い尽くしていき、足下から震えが這い上がってくる。
そんな私の手を友美が励ますようにぎゅっと握り締めてくれた。
いつもつれないようでここぞというときにはそれとなく寄り添ってくれる友美。
本当にありがたい。
「それでわたくしにお話って何でしょう?」
艶やかな微笑みを浮かべると、公爵夫人はソファからやや身を乗り出してみせる。
豊かな胸の谷間を彼に見せつけるかのように。
耳に下げた大振りのピアスがシャンデリアの光を反射して妖しく輝く。
結婚しているにもかかわらず、他の男性にこんなにも意味ありげに接することができるなんて……女優の演技力の賜物?
それともまさか本気とか?
いや、そんなまさか……ありえない。
私は慌てて恐ろしい可能性を打ち消すも、心臓は警鐘を鳴らすかのように乱れた鼓動を打ち続けている。
まるで、このことこそがずっと直感が訴えかけていた不安の元凶だと言わんばかりに。
まだそうと決まったわけではない。
今にも崩れてしまいそうな心に彼のさらなる言葉が追い打ちをかけた。




