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「和、あんなすごい方に見初められたんだから、いい加減にもっと自信を持ちなさい」
「……う、うん」
「まあ和の言い分も分からなくはないけれど」
「え?」
不意に友美がぽつりと呟いた言葉にぎくりとする。
勇気づけられてあたたまってきた胸に冷や水を浴びせられたかのよう。
「ど、どういうこと?」
「うん……少し気になることもあって」
ようやくスマホを机の上に置き直すと、友美は顎に手を当てて空中を見据えた。
これは何か考え事をしているときの彼女の癖で、口を挟めば本気でキレられることを身を以て思い知っている私は黙ったまま待つ。
聞きたくないような、聞いておかねばならないような。
相反する思いに苛まれながら。
「……そもそも男の本能は狩人のようなものだし、狩りそのものに価値を見出している場合、手に入れてしまえば後は興味を失うケースも大いにあるわけで……だとすれば……もしかしてもしかするかもだし、まさかとは思うけれど万が一ということもあるわけで……」
友美がぶつぶつと独りごちる内容は耳に痛い。
でも、そうであればあるほど耳を傾けたほうがいいに違いない。
耳に痛いということは少なからず思い当たる節があるということだから。
やはり完全に私の思い過ごしというわけにはいかないか。
そうであればどんなにいいかと思っていたけれど、やっぱり直感が鳴らす警鐘みたいなものを「気のせい」で済ませるには無理がある。
私は手を固く握り締めると、友美の言葉を受け止める覚悟を決めた。
ややあって、友美がようやく私のほうに向き直った。
「まあ、どうしても気になるようだったら、『気のせい』 で済ませるのもさすがに強引すぎだし、少し調べてみる?」
「えっ!?
そ、そんなことできるの?」
「私を誰だと思っているの?」
「……友美……様……」
このやりとり……学生時代から今まで何度繰り返してきただろう。
久しぶりに耳にして懐かしく思う。
それにしても、あらかじめ決められた公務の合間を縫って彼の様子を窺うなんてこと、本当にできるのだろうか?
いや、友美が言うのならできるのだろう。
彼女のモットーは「できもしない約束はそもそも口にしない」だし。
ただ、仮にそれができたとして、本当にしてもいいことなのだろうか?
なんだか彼に対して後ろめたい気がして……何もそこまでしなくてもいいのでは?
と、たちまち弱気になってしまう。
「で、どうするの?
やるの?
やらないの?
こっちとしてはノロケじみた愚痴はもうお腹いっぱいごちそうさまって感じなんだけど」
「ノロケじみた愚痴って」
そんなつもりはまったくないのだけれど、他の人たちの目にはそう映っているんだと思うと急に恥ずかしくなる。
恋は病とはよく言うけれど……かかっている本人はまったくと言っていいほど自覚なんてないのかもしれない。
「不安の原材料は無知。
人は知らないものをいたずらに怖がる生き物なの。
だから、逆に知ってしまえば怖くなくなる。
不安を拭うには分からないことを知ろうと動くのが一番よ」
友美はそう断言すると、眼鏡のブリッジを中指で押し上げてクロージングにかかる。
「で?
どうするわけ?」
「どうしよう」
「それは貴女が決めることです」
なんか口調変わってるし。
嫌な予感がして友美をじっと見つめ返すと、友美はいつも以上にツンとした態度かつ無表情で目を眇めてみせた。
(どうしよう彼を疑うような真似をすべきではないって分かってはいるけれど、やっぱりどうしても気になる……ただの気のせいとは思えないし)
気になることがあれば直接尋ねればいい。
彼の言葉が脳裏をよぎるも、そもそもその機会がないのだからどうしようもないのでは?
という憤りが背中を押してくる。
ものすごく迷いに迷った挙げ句、私は友美の言葉に少しだけ甘えてみることにした。
こうやっていつまでも悩んでいてもどうしようもないし。
動いてみないことには何も変わらない。
むしろ悪化する一方な気がして。
「陛下を疑っているわけではないけれど、何もないならないで安心できるし……私に落ち度があるならそれはそれで改善していけるだろうし……お願いできる?
って言っても本当に少しだけでいいから……」
「それは業務命令でしょうか?」
「う、うん?」
「承知いたしました」
聞き覚えのある抑揚のない機械的な口調。
昔流行ったドラマを彷彿とさせる。
どうやら不用意に友美のやる気スイッチを押してしまったらしい。
その在りかはいまだに謎すぎて、「えええっ!? こんなとこにまで!?」と何度驚かされてきたことか。
どうか友美がやりすぎませんように。
私はそう祈る一方で、彼に対する罪悪感を拭いきれずにいた。
写真の一件のように、また彼を失望させてしまうのでは?
と考えるだけで逃げ出したくなってしまう。
それでも、やっぱりどうにかしてこの状況を脱したいという思いは変わらない。
何があっても彼のことだけを信じて動じない強い心が欲しい。
自分の弱さにつくづく嫌気がさす。
本当は分かっている。
こんな風にちょっとしたことで思い悩んでしまうのは、私が自分に自信がないからだってこと。
少しは強くなれた気がしていたのに、まだまだ彼には遠く及ぶべくもない。
きっとこれこそが分不相応な結婚にずっとつきまとってくる大きな問題に違いない。
そんなことに今更のように気づいた自分の鈍さを恨めしく思いながらも、自分の選んだ道なのだから、やはりやれるだけやってみる他ないと腹を括った。




