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(まさかハネムーンまで延期に……しかもいつになるか見通しが立たないとか……何の説明もないし聞けるような雰囲気でもないし)
何度ため息をついてもつき足りない。
どうもオフの日以来、明らかに何もかもがうまくいかなくなった気がしてならない。
あれから約二週間が経とうとしていた。
ここ最近の陛下は、どういうわけかどこかひりついた空気をまとっていて、声をかけることすら躊躇われるほど。
聞きたいことがあれば直接聞くようにという話だったけれど、とてもそんな雰囲気ではないし、そもそもその機会すらなくなってしまった。
公務も敢えて私を遠ざけているのでは? と思えるほど別々のものばかり。
帰りも夜遅くなっていて私が寝入ってから。
逆に朝は私が起きるよりも早い。
今までとは打って変わっての見事なまでのすれ違い生活に、さすがの私も違和感を感じずにはいられない。
やっぱり私のせいだろうか?
私が彼の気持ちも考えずに、土足で彼の禁忌を踏みにじるような真似をしてしまったから?
ただ単に忙しいだけかもしれないけれど、なんだか故意に避けられているようにも思えてならず、つい気持ちが塞ぎがちになってしまう。
とはいえ、王室の問題はトップシークレットで、私がこんな風に悩んでいることが下手にマスコミにでも洩れたら大変なことになってしまう。
また内容が内容だけに、そんな悩みをおいそれと周囲にこぼすわけにもいかず、悩みを一人で抱え込んだまま悶々とした日々を送らざるを得ない。
とはいえ、さすがに一人で悩み続けるのもそろそろ限界だった。
私は友美が淹れてくれた紅茶に口をつけると、勇気を振り絞って悩みを彼女に打ち明けてみることにした。
「友美、あの……ちょっとだけいい?」
「……和、アンタ気持ち悪い」
「えええっ!?
何それひどい……」
話を振るよりも先に、友美からドSな突っ込みを受けてたじろぐ。
「だって、ここんところずーっと何かやたらモジモジしてるでしょ?
話聞いてほしいオーラがすごいんだけど?」
「あ……うん。
えっと……実はそのとおりなんだけど……」
相変わらずの毒舌に苦笑すると、気づいていたのなら逆に声をかけてくれてもいいのにと、友美のサドっ気を恨めしく思いつつ、気を取り直してずっと相談したかったことを切り出してみた。
「なんだか……最近、陛下が冷たい気がするんだけど……どう思う?」
「そう?」
思い切って深刻な相談を持ち掛けたというのに、友美はスマホをチェックしながら適当な相槌しか打ってくれない……つれなすぎる。
「あの……そんな風には見えないかもしれないけれど、これでもすごく悩んでるんだけど。
公務も別々のものばかりになってしまったし、生活もすれ違って話をする機会すらなくなってしまったし……さすがにおかしくない?」
「そんなの、ただ単に少し落ち着いたというだけじゃないの?」
手をひらひらさせながら、やっぱりどこまでも軽い返事。
「もう真剣に悩んでるのに」
私の抗議に友美はジト目になると鼻で笑った。
「あのね?
言わせてもらうけど、正直、前までがやりすぎだったっていうの!
あんなテンションを一生ずーっと続けられるほうが疲れるわよ!
今くらいが正常なの!
ちゃんと分かってる?」
「……そ、そう?」
「あれがデフォルトって……和の感覚がマヒしてるっていうの!
ぶっちゃけると、会社に保護者よろしく乗り込んできたときにはさすがにドン引きしたもの。
そこまでやるっ!? って、過保護すぎ!」
「……う、そ、それは……その……」
確かに友美の言葉は正論すぎてぐうの音もでない。
口ごもる私に彼女は呆れた風に肩を竦めてぼやいた。
「本当に陛下のことが好きで好きでどうしようもないようね。
そんなとるに足りない悩みを真剣に悩むなんて」
とるに足りない悩み。
友美の目からすればそんな風に見えるんだと思うと、なんだか肩にのしかかっていた重荷が少し軽くなった気がする。
「でも、ちょっと陛下のご機嫌を損ねてしまってそれから避けられているような気がしてならないんだけど……ほら、オフの日、いきなり陛下が迎えにきたことだって普通じゃ考えられないことだったし」
「それこそ気のせいでしょ。
すれ違いって言っても、皇帝陛下ほどの過密スケジュールならそうならざるを得ないことは多々あって当然。
オフの日の一件はパリスでテロ事件があったでしょ?
あれの余波みたいなものだって話だし。
あれ以来、明らかに警戒レベルを引き上げてるみたいだし」
なるほどそう言われればそうかもしれない。
パリスのテロ事件は連日世界各国の報道番組がとりあげていたし、その件で陛下もパリスの首相と電話会談に応じていたし。
友美の説得力に救われたような気になる。
でも、それでもやはりこうなんというかしっくりこないのはなぜなんだろう?
もっとも、そんな直感的な理由、非科学的だって友美には一蹴されてしまうだろうけど。
「でも、ハネムーンを延期してしまった理由も教えてくださらないなんて」
「あのね、和だってあんのブラック企業にいたんだから分かるでしょ?
本気で仕事で手一杯のときには他のことを気にしている余裕はまるでなくなるものだって。
いかに完壁超人な皇帝であったとしてもそれは同じじゃない?」
「……うん」
「好きになればなるほど、ちょっとしたことでもものすごく気になってしまうものだってだけよ。
どうでもいい人の行動なんてさして気にならないもの。
例えば、和なら出山哲夫にそっけなくされてもどうでもいいでしょ?
私ならものすごくショックだけど」
「うん、それはもうものすごくどうでもいい」
「……っく、あの出山のよさを分からないなんて」
恨めしそうにこぼす友美に、つい笑いを誘われる。
そういえば、こんな風に笑えたのっていつぶりだろう。
彼女のお気に入りのお笑い芸人を引き合いに出されて、ようやくなんだか彼女の言うとおり私が細かいことを気にしすぎて勝手に悩んでいただけという気がしてきた。
だけど、よりによってそんなイロモノを引き合いに出さなくたって。
相変わらず友美の感覚は少しいい感じにズレていて……まあ私が言うなって怒られてしまうかもしれないけれど飽きない。
「いや、てっきり私、何かまずいことでもしちゃったのかなって悩んでて。
陛下も結婚してみたはいいけれど、やっぱり違ったみたいに思っていたらどうしようって……」
「だーかーら、考えすぎだって!
そもそも陛下みたいに頭の切れる人がそんな失敗を犯すように思える?」
「……あ、確かに」
友美の飾らない率直な言葉に勇気づけられる。
彼女みたいに一つの出来事でもさまざまな角度から見て、客観的に考えられたらいいのにとうらやましくも思う。
ただ単に恋は盲目というだけのことかもしれないけれど。
こう彼のことになると、普段以上に視野が狭まってしまう気がしてならない。




