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彼の車の助手席に私は座っていた。
友美はハロルドさんの車に乗ったので、私と彼の二人きり。
二人きりでのドライブは本来喜ぶべきもののはずなのに、彼は私が車に乗りこんでからずっと黙ったまま、車内は気まずい空気と緊張感に満ちている。
なぜ急に迎えにきたのか、その理由すら話してくれない。
今までにない展開に私は戸惑いを隠せない。
私は膝の上にのせたダリアの花束へと目を落とした。
せっかくお土産にと思ったのに、とても渡せる雰囲気ではない。
すると、信号で車を停めた彼が鋭いまなざしを向けてきた。
「その花束はどうしたのかね?」
「さっきお花を売っていた女の子から買ったんです……陛下にって思って……」
「きちんと安全確認はしたのかね?」
「……いえ」
私のこわばった返事に彼の深いため息が重なった。
「念のため後でハロルドに調べさせよう。
軽々しく他人からものを買ったり受け取ったりしてはならない。
もう君は王室の人間なのだから」
「……は、はい、申し訳……ありません」
確かに安全面を考えると、彼の言うとおりに違いない。
あまり考えたくはないことだけど、いつ危険に晒されるか、分からない身の上だからこそSPの護衛が必須であって。
それを思うと私の行動はあまりにも軽率すぎた。
そう頭では分かっていても胸がずきりと痛む。
私が肩を落として俯いてしまうと、彼は唐突とも思える質問をしてきた。
「……ハロルドに聞いたのかね?」
「……」
いつも以上に重く響く声には苛立ちと失望が滲み出ていて、私はハッとする。
続く言葉に、胸が押しつぶされそうになる。
「写真を見たのだろう?」
「っ!?」
なぜそれを?
驚きのあまり息が詰まって、一瞬言葉を失う。
恐るおそる彼を見ると、彼は憂いを帯びたまなざしを前に向けたまま、再び車を発進させた。
胸がぎしりと軋んで、どう答えたものか分からずに慌てふためく。
「挟んでいる場所が違っていたものでね」
「そのっ……手帳が落ちてしまって、その拍子に……けして故意にでは」
しどろもどろになって、まるで言い訳をしている感じになってしまって焦る。
別に嘘をついているわけではなく本当のことを言っているだけなのに。
彼に誤解されてしまったらどうしよう!?
半ばパニック状態になった私は必死に誤解を解く言葉を探すも、それよりも早く彼がさらなる追い打ちをかけてきた。
「それで、ハロルドに私のことを詮索したのかね?」
「っ!?
そ……そんな……つもり、では……」
心臓が乱れ打ち、その脈動がこめかみにまで伝わってくる。
詮索だなんて。
そんなつもりはなかった。
ただ相談してみただけで。
でも、そう受け止められてしまうのも無理はない。
全ては受け手側の問題なのだから……。
少なくとも、私がいくらそのつもりではなかったとしても、彼はそう受け取ったことは間違いない。
返す言葉もなく私はきつく目を瞑ってうなだれる。
すると、ややあって彼はいつもと変わらない口調で小さな子を諭すように言った。
「私の知らないところで、私の過去の話をされるのはあまりいい気持ちのするものではない。
分かるかね?」
「……す、すみ……ません……」
「聞きたいことがあれば、直接私に聞きなさい」
「……は、はい」
最後の言葉に少しだけ救われたような気になる。
きっと彼が私のために用意してくれた逃げ場に過ぎないのだろうけれど。
逃げ場もないほど人を追い詰めてしまってはならない。
何をしでかすか分かったものではないから。
いつだったか友美がそうこぼしていたような気がする。
そのときはその意味がよく分からなかったけれど、今なら身に染みて分かる。
それにしても……彼の言葉に頷いてはみせたものの、どこか納得していないもう一人の自分がいた。
(直接聞けるものなら聞きたかった)
胸の内で、そのもう一人が独りごちる。
そう、とてもそれができる雰囲気ではなかったから、ハロルドさんに話を聞きにいく他なかった。
不満が胸を渦巻くも、とてもそれを口に出す勇気まではなくて私は唇を噛みしめる。
彼との間に、目には見えない壁を感じて胸が苦しくなる。
「ナゴミ、君の気持ちはありがたいと思っている。
ただ方法を間違えただけで。
私を思ってのことだとは承知している」
「……」
私の様子を気遣っての彼の言葉もどこかむなしく聞こえてしまう。
素直に受け取ることができない自分がもどかしい。
きっと彼のことだから、そもそも私の行動原理なんて全てお見通しのはずで、言い訳すら必要ないに違いない。
そう分かってはいても、やっぱり胸は潰れたまま。
なかなか元通りにはなりそうにもない。
新婚早々、前途多難。
そんな言葉が私の脳裏をよぎった。




