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困ったときは自分一人で抱え込まないこと。
ようやくそれを学べた私は、ハロルドさんに話を聞いてみようと思って、翌日、久しぶりのオフに少し時間をつくって彼の執務室を訪れてみた。
というのも、今朝の彼の様子がいつもと違って少しおかしい気がしたのもあって、眉間の皺がいつもより深く、遠い目をして考え事をする回数がいつもよりも多いような気がして。
朝食の会話でも、心ここにあらずといった風でこんな彼は初めてだった。
気のせいと言われればそうなのかもしれない。
でも、そういう違和感がたくさん積もれば、やはり気になるもの。
せっかくの休日というのに特に一緒に過ごすという話もでないなんて。
やはり何かがおかしいと思わずにはいられない。
何かこう……ひっかかるというか、彼との間に距離を感じる。
その理由の手がかりを少しでもいい、得ることができたなら。
そんな思いで、ハロルドさんの執務室のドアをノックする。
以前まではものすごく緊張したし、何度もドアの前で逃げ出そうとしたものだけど、いつの間にか普通に訪ねることができている自分にちょっと驚く。
私もいつの間にか少しずつ変わっていけているのかもしれない。
ややあって彼の返事を受け、中へと入った。
来訪者が私と見るや否や、彼の表情に驚きが混じる。
「あのハロルドさん、少しだけいいですか?」
「何の用事ですか?
私に用事がある場合はミス・ユミを通すようにとお伝えしてあるはずですが」
相変わらずのつれなさにも、もうだいぶ慣れてきた。
以前に比べれば風当たりもだいぶ弱まってきて、そよ風くらいにしか感じない。
やっぱり随分と打たれ強くなったものだ。
朱に交わればという言葉があるくらいだし、まだまだ足下にも及ばないけれど陛下の強さを少しは分けてもらっているのかもしれない。
もっともっと陛下の朱に交わることができたら、自分のことだってもっと好きになれるような気がする。
「それに今日はせっかくのお休み。
ミス・ユミとグラン・アドリアーノへ食事に出かける予定のはずでは?」
そこまで知っているなんて。
さては友美が彼に伝えたに違いない。
いや、もちろん私と陛下の予定は世話役兼秘書として共有していてなんらおかしくはないことなのだけれど。
何かこうそれ以上のものを感じるというか……声色にわずかに嫉妬の色が混じっているというか。
こちらも怪しいけれど、今はそれ以上に気がかりなことがあるため敢えてスルーすることにして言葉を続けた。
「直接でないと、ちょっと話しづらいというか……きっと伝わらないと思うので。
陛下のことを一番ご存じなのはハロルドさんですし……少しお話を聞きたいなと思って」
「ええ、無論そうですが?」
間髪入れずにそう答えてきたハロルドさんのクールな面持ちがどこか得意そうで……つい私は吹き出してしまいそうになる。
って、そんなことをしてしまったらせっかくの機会が台無しになりかねない。
ようやく仕事の手を止めてくれた彼に私は尋ねた。
「陛下のことで一つ気がかりなことがあって」
「気がかりなこと?」
「なんだか最近ご様子がおかしくて。
特に昨日と今日はいつもと違う感じがして。
何かあったかご存じではないですか?」
私の質問にハロルドさんはその形のいい眉を寄せて渋面を浮かべる。
「……やはり、陛下は貴女にはまだ何も伝えていませんでしたか」
「ええ」
やはりという言葉に不穏なものを感じて緊張する。
できるなら気のせいだと思いたいという希望が潰れた。
形のよい顎に手を当てると、しばしハロルドさんは考えを廻らせてから執務机の椅子から立ち上がった。
そして、窓の外に目を凝らして遠い目をするとため息をつく。
いつもの苛立ちを滲ませたものとは違って、どこかやりきれない思いが滲み出ているような気がして私は黙ったまま彼の言葉を待つ。
「……やはりまだ……いや、今だからこそと言ったほうが正しいのか……」
ぽつりと洩らした独り言はとても苦しそうで、いつもの彼からは想像もつかないもので。
そのただならぬ空気に胸ぐるしさを覚える。
(まだ?
今だからこそ?)
意味深な言葉の続きが気になる一方で、その先は聞かないほうがいいという気もして。
相反する思いに苛まれる。




