42
一日全ての予定を今日もかろうじて終えて、シャワーを浴び終えた私が寝室に戻ると、珍しく彼が揺り椅子に腰かけてうたた寝をしていた。
スーツのシャツの胸元を緩めた格好で、太ももの上には開かれたままの分厚いスケジュール帳が伏せられた状態で置かれている。
その革の表紙は飴色の光を帯びていて、長年大切に使い込まれてきたものだということが伝わってくる。
その手帳と共にいつも持ち歩いている年季が入った万年筆ともどもとても大切なものなのだろうということが伝わってくる。
私はブランケットを手にとると、そっと足を忍ばせて彼を起こさないように揺り椅子へと近づいていった。
そして、幅広の逞しい肩へとブランケットをかけた。
いつもの油断ない厳しい表情が消えた無防備な寝顔につい見入ってしまう。
私以上にたくさんの仕事に加えて、全ての責任を負っている彼。
結婚してから、よりいっそう彼の大変さを身に染みて感じる機会が増えた。
だからこそ、少しでも休んでもらいたいし、できるものなら彼の重荷を軽くしたいし、彼にとっての癒しの場でありたいとも思う。
私は彼を見つめながら考える。
本当はベッドへ運べたらいいのだろうけれどさすがに難しい。
かといって、このままだと風邪をひいてしまってはいけないし。
起こそうか起こすまいか迷っているそのときだった。
彼が身じろぎをして揺り椅子が動いた拍子に手帳が床へと滑り落ちてしまう。
「ッ!?」
手帳が落ちたはずみに、中に挟んでいたと思しき写真がひらりと舞い降りた。
かなり古い写真を拾い上げて見るや否や、心臓が大きく脈打った。
(これはもしかして陛下のご家族の写真?)
まだ若く凜々しい青年が中央に立ち、その左には彼によく似た紳士の姿が、右には柔らかな微笑みを浮かべた淑女の姿があった。
紳士は礼装用の白い軍服を着ていて、胸元にはたくさんの勲章が並んでいる。
女性は空色のドレスにダリアを模したリボン細工をあしらった帽子をつけている。
青年も白い軍服姿で、やや緊張した面持ちをしていた。
もう写真の端は擦り切れてボロボロになっている。
彼が肌身離さず身につけ、折に触れて眺めていたことが窺える。
きっと二十年前に亡くなられたという彼のご両親に違いない。
そんな写真を彼がひそかに肌身離さず持っていたなんて。
なんだか胸がいっぱいになって、私は涙ぐみながらしばらくその写真に見入ってしまう。
これは彼がいくつの頃だろう?
たぶん私よりも若い。
日本に留学する以前の写真だろうか?
完璧な紳士である彼にも子供時代、青年時代があったのだなあとなんだか不思議な感じがしてならない。
誰にも子供時代があるなんて当然のことなのに。
優しそうなお母さんに、頼り甲斐がありそうなお父さん。
どんな方々だったんだろう?
もっともっと彼のことを知りたい。
彼のご家族のことを知りたい。
そう思う。
彼が顔合わせのときに私の両親や愚弟たちに私の子供の頃の話を聞きたがったのと同じように。
でも、顔合わせのときもそうだったけれど、こういった類の話になるたびに微妙に話を逸らされているような気がしてならない。
まるで自分の家族のことには触れられたくないとでも言うかのように。
そして、私はその理由すらいまだに知らないことに今更のように気づいて愕然とする。
(少しずつでもいい……もっと彼を知っていけたなら)
そう思いながら、私は彼の手帳を拾い上げて写真を挟み直すと彼の膝上へと戻しておいた。




