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一回り年上な皇帝陛下に溺愛結婚されました  作者: アルケミスト


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「っ!?」


 崖上から突き落とされたような錯覚を覚えて、私は息を詰めた。


 なんだろう……ものすごく嫌な予感が胸にこびりついている。


 心臓が早鐘を打ち、胸は不安一色に塗りつぶされていた。


 何かとても不吉な夢を見ていたような……。


 でも、どういうわけかその内容までは思い出すことができない。


 はがゆいような思いと共に、どこかホッと胸を撫でおろすもう一人の自分がいた。


「……バク食え……バク食え……バク食え」


 悪夢が正夢にならないおまじないだったかなんだか忘れてしまったけれど、口の中で必死に呟く。


 と、そのときだった。


「眠り姫、起きたかね?」


「……っ!?」


 不意に彼に耳元で低い声で甘く囁かれて、とくんっと胸が高鳴り、凍り付いた心にあたたかいものが流れ込んでくる。


 彼のたった一言で、重く垂れこめていた不安の雲がちりぢりに吹き飛んでいく。


 安堵に胸を撫でおろしながら、改めて彼がいてくれてよかった、そう思い感謝する。


 が、「眠り姫」という言葉に違和感を覚えて、初めて我に返った。


(そうだっ!

 私……彼をベッドで待ってて……寝たフリをして……そのまま……)


「す、すみ……ません!

 私っ!

 い、今何時ですか?」


 ガバッと起き上がると、隣で横になっている彼へと尋ねる。


「朝の四時だが」


「っ!?」


 少しうたた寝をしていただけであればまだギリギリ挽回もなんとかと……一縷の希望を託すも彼の返事に絶望した。


 もう朝って……やらかしてしまったこれは完全にアウト。


 入社式当日に盛大に寝坊をしたとき以上の失態にも程がある。


 っていうか、死ぬほどくたびれていたにもかかわらずベッドで寝たフリをして彼を待とうとか……ちょっと考えればこうなるだろうことは明らかだったはず。


 それなのにどうしてあんな愚策を名案だと思ったのだろう。


 疲れすぎていて考えが回らなかったのか、一生に一度のことでテンションがおかしくなっていたか……いや、そもそも生来のドジのせいか。


 一生に一度の大切な日の締めくくりにまさかこんな落とし穴が潜んでいようとは。


 もっとも自分から頭を突っ込んでいったのだけれど。


 自己嫌悪と後悔の念に目の前が真っ暗になって今すぐ消えたくなる。


 なんでもう……いつもこうここぞという大事なときに、こういうとんでもない失敗をやらかしてしまうんだろう。


「……あ、あの……申し訳……ありません……」


 何よりも彼に申し訳なさすぎて。


 謝る声すら涙声になってうなだれる私に彼はいつもと変わらない穏やかな微笑みを差し向けてくれる。


「無理もない。

 疲れていたのだろう。

 むしろよく頑張ってくれた」


「……っ」


 私の失態を一言も責めずに、逆に労ってくれる彼に胸が締め付けられ、たまらず私は彼に背を向けてしまった。


 合わせる顔もない。


 すると、彼は黙ったまま背後から私を包み込むように抱きしめてくれた。


 どこまでも優しい彼に申し訳なさは募る一方だった。


 これならば、まだ責められたほうがいいような気までしてくる。


「……ど……して……いつもそんなに優しいんですか?」


「君にだけは特別だ。

 私がさほど優しくもない人間だということは、君もすでに気づいているはずだ」


 揶揄するような口ぶりから、きっと彼は私の辞職を勝ち取ったときのことを言っているのだと伝わってくる。


 確かに、あんなに情け容赦ない彼を見たのは初めてだった。


「で、でも……あまり優しくされてしまうと……かえって申し訳なくなってしまって」


「ならば、そういうときにはおしおきをしてあげよう。

 それなら君の気も済むだろう」


「っ!?」


 いきなり彼の声色が危険な響きを帯びた気がして、胸が怪しく掻き乱される。


「そ……そういうつもりで言ったわけでは……」


「嫌いかね?」


「い、いえ……」


 咄嗟に本音が口をついて出てきてしまいそうになって焦る。


 今までもたまにされてきた彼の「おしおき」は、どこまでも甘くて激しくて思い出すだけで、身体の芯が熱を帯びておかしな心地になる。


「朝になったらいくらでもおしおきをしてあげよう。

 だから、今はこのままゆっくり休みなさい」


「っ!?

 そ、そんなわけには……」


 もうすでに五時間近くガッツリ寝ておいて今更そんなことを言っても……という考えがちらりと頭をよぎったけれど、さすがに彼の厚意に甘えるのは気がひける。


「いいからもう寝なさい」


「うぅ……は、はい……」


 こんな風に論すように命令されては従う他ない。


 くすぐったい思いにはにかみながら、私は彼の手をぎゅっと握り締めて目を瞑る。


 すると、あたたかくて大きな手が私の手を握り返してくれた。


 もう大丈夫。


 安心するや否や、再び強い眠気が性懲りもなく襲い掛かってきて、私は彼に申し訳ないと思いながらもそれ以上抗うことはできなかった。


 こんなに甘やかされてばかりいて本当にいいのだろうか?


 そんな疑問すら、至福感に満ち満ちた眠りの前にはあまりにも無力だった。


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